03 はぐれないように







 着いたのはイージェプトの北東。

 元の世界で言うエジプトのカイロの辺りで、王国の端ではあるものの国の中心地だという。


「すごーい!建物がいっぱい…!」

「なんか、帝都より賑わってるな…」


 重鎮とやらに連絡をとっているトゥリオールを横目に、光莉と智希はイージェプトの街並みに目を輝かせていた。


「返答が来るまで2人で散策してきて構わんぞ」

「わーい、行こう行こう!」


 2人を気遣うように、トゥリオールが言った。光莉は素直に喜んで、街の中に駆け込んでいった。


 コンクリートや石造りの建物が多い帝都の街並みに比べると、イージェプトはうす茶色っぽい壁の建造物が多い。

 いわゆる日干しレンガなどで作られているのだろうか。


 建物の前には日よけが張られ、その下で出店が開かれている。

 カラフルな野菜や果物がたくさん売られていた。


「アラジンの宮殿みたいなのもあるね。屋根が丸っこい」

「アラビアンナイトとかのイメージだな」


 世界史の教科書を開くと、エジプト文明は紀元前5000年頃からあったようで、魔導歴が始まるよりもはるか昔からこの辺りの文明は発展していたと思われる。

 いくら初代皇帝が世界を統一したとはいえ、当時既にあった文化などは現在でもある程度残っているのだろう。


「このお店、すっごい良い香り!香水屋さんかなぁ?」

「瓶もカラフルで可愛いな」

「ねぇ、あっちも可愛い!ランプ屋さんみたいなの、キレイ!」


 民芸品店の並びで、光莉はあちこちに目移りしながら観光を楽しんでいた。

 香料や金属製の雑貨、絨毯、水タバコなど、趣向を凝らした名産品の店が立ち並んでいる。

 帝都の金星通り商店街とはまた違った様相で面白い。


「しかし、すごい人だな…って、光莉?」


 人混みに紛れて一瞬目を離した隙に、光莉の姿を見失った。

 周囲を見回すと、光莉は離れた店の前で地元の男らしき者に絡まれていた。


 近付きながら見守っていたが、光莉が困った表情を見せたのですぐに『追跡』で転移し間に割って入った。


「何か用ですか?」

「うお、どっから来た?!」


 縦にも横にも大きく、智希の3倍は筋肉があろうかと思うような男2人組だった。

 突然現れた智希に、2人は驚いた様子だった。

 魔法で人を傷つけてはいけない、と自らに言い聞かせ、智希は光莉と男たちの間に立つ。


「可愛いな~と思ってデートのお誘いしてただけだよ」

「それぐらいの権利、俺たちにもあるだろうがよ。話すくらいいいだろ」


 可愛い、というのは賛成だし、確かに彼らにもそれくらいの権利はあると思った。

 だが、それを認めてしまうとおかしな展開になることくらいは智希にも分かっていた。


 こういう相手にはたぶん強行突破が最善手だ。

 光莉の手をとり、くるりと踵を返す。


「ダメです、すみません。行こう」

「え、あ、わっ」


 戸惑う光莉を引き連れ、智希は2人のもとを離れる。


「ちょ、待っ…!」


 当然相手は追いかけてくるが、智希は光莉を連れ市場の入口辺りまで転移した。

 転移魔法さえあれば、安全にこの世界を生き抜けそうだ。

 十分に離れたことを確認し、ようやく智希は光莉に声をかけた。


「ごめんね、俺が目離したから。見たいとこあったら、一緒に行こ」

「うん、あの…ありがとう」

「またはぐれたら困るから……このままでいい?」


 手を繋いだままで、とはっきり口にするのは憚られ、なんとなく誤魔化した言い方になってしまった。

 恥ずかしさを隠すように、智希はわざと目を逸らした。

 光莉は嬉しそうに笑って「うん!」と頷き、智希の手を握り返した。







 それからしばらく2人で市場を見て回っていると、トゥリオールからの『遠隔交信』がきた。

 「連絡がついた、会いに行くぞ」とのことだったので、指定の場所に2人で向かう。


 市場を抜けるとひらけた場所に出た。

 先ほど遠目に見ていた宮殿のような建物に近付く。

 周囲の建物に比べ新しく、立派な造りだった。


「よーう!トゥリオール。元気にしてたか」


 建物の2階に繋がる正面階段から、色黒で黒髪の男性が手を振りながら下りてくる。

 トゥリオールに笑顔を向け、2人は握手を交わす。


「あぁ。砂漠地帯の戦闘では世話になってる。大変な時にすまんな」

「いや、今のところは小康状態というところだ。こちらこそ増援してもらって助かっている。

 ……と、挨拶が遅れたな」


 男性は智希と光莉、そしてイフリートに向き直って言う。


「王国イージェプト所属の皇級魔導師、スィラージュ・アスカリーだ」


 3人も自己紹介を返しながら、それぞれ握手を交わす。

 爽やかな笑顔の、快活そうな男性だ。


「話は聞いてるが……

 ドラゴンにリザードマン、オーガを手なずけたうえに火の精霊まで味方に付けているとは……召喚者ってのはすごいもんなんだな」

「あぁ、私も驚かされてばかりだよ」


 スィラージュは智希の肩に乗ったイフリートを見遣りながら言う。

 イフリートは、ふん、と鼻を鳴らした。


「それで、リザードマンとオーガを旧帝都に住まわせる…という話だったか」

「見てきたが、やはり旧帝都の辺りは今は住めない。

 住むとしたら、南部の高地と沿岸部だろう」

「せっかく話すならと思ってな、組合のモンも呼んだんだ。もうすぐ来ると思うが…」


 そう言ってスィラージュが階段を上ろうとしていると、後ろから声をかけられる。


「スィラージュさん、来たぜ」


 スィラージュと同い年くらいの、長い髭を生やした背の低い男性だった。


「産業組合長のマイヤ・カフターニだ。

 こちらは皇帝補佐官で皇級魔導師のトゥリオール、それに召喚者のトモキとヒカリ、火の精霊イフリートだ」

「よろしく」


 スィラージュと違い、マイヤは言葉少なにそれぞれと握手を交わす。

 スィラージュに案内され、階段を上がる。

 ここは王国イージェプトの王宮の離れのようなところらしく、広い応接室に通される。








 トゥリオールと智希は、スィラージュとマイヤにこれまでの経緯と今後の計画を説明した。


「……話は大体わかった」


 腕を組み難しい顔をしたまま、マイヤは言う。


「反対の大反対だ!!

 何が嬉しくて海挟んだ向こう側に魔族を迎えいれなきゃいけねぇんだ」


 当然の反応に、智希は唇をぎゅっと結んだ。






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