02 陽だまりとお布団
トゥリオールからの連絡待ちとなったので、ひとまずマリアの朝食を食べて過ごした。
朝から大量の魔力を使ったせいか、ご飯がいつもより美味しく感じた。
「朝から2人ともいないから、びっくりした。何かあった?」
「パジャ島の森でイフリートが見つかった。
とりあえず捕えたけど、また目を覚ましたらいかなきゃならない」
智希は、昨日のエリアルとの会話をふと思い出す。
「リオンは大丈夫か?氷の大地は大変なんだろ」
「んー、寒さとの戦いって感じかな…
あ、でも昨日メルヒオールさんに寒冷耐性の結界の魔法陣を渡してくれたんだろ?
かなり助かったよ」
「わー、よかった!
なんか、他にも使えそうなのないかな?」
光莉はノートを取り出し、リオンに差し出した。
昨日図書館ですべての神級魔法の確認を終えた後、今後の作戦を立てながら手書きで魔法一覧を作成した。
結局どの魔法がいつ必要になるかわからないので、全ての魔法を攻撃魔法、防御・状態異常魔法、生活魔法に分類してすべて書き出した。
「わぁ、すごいね。量も質も、ケタ違いだ…」
ナジュドからは、必要に応じて臣民のために神級魔法を利用することは承諾してもらっている。
が、神級の攻撃魔法については門外不出であるべきなので一覧はすべて日本語で記載し、ナジュドにもすべては話していない。
その他の魔法についてはシュメール語で記載し、必要に応じてこの世界の人にも読めるような一覧を作っていた。
「『特殊結界・砂塵耐性』はいいね!『特殊結界・物理攻撃耐性』も欲しいなぁ。
俺らの張る普通の結界だと、細かい砂粒とか高威力の攻撃は突き抜けて来ちゃうんだよ」
「わかった。また魔法陣に書き起こしておくよ」
その他にもリオンから助言を貰い、主に防御強化のための魔法陣を作成することになった。
「そういえば、リイナは?」
「あ、屋上で布団を干してくれてるんだった。手伝ってくる」
「俺も行くよ」
初めにこの家に来た時は気付かなかったが、2階には外に繋がる出入り口があり、外階段で屋上に行けるようになっていた。
朝食の片付けを終えると智希と光莉も自分の部屋の布団を持ち、屋上へ上がる。
「リイナー……あれ、いない」
「ふふっ、いるよ。ほら」
屋上へ上がると、布団が数枚転がっていたがリイナの姿は見えなかった。
…と思ったら、布団とブランケットに埋もれるように眠っているリイナの姿を、光莉が見つけた。
「かわいい。気持ちよくて寝ちゃったんだ」
「昼寝したくなるのもわかるな」
屋上は板張りになっていて、智希も布団を下ろして横になった。
サンシェードが張られ日陰になっているので、程よく暖かく、風が気持ちよく感じられる。
光莉、リオンはロッキングチェアにゆったりと腰かける。
たたみ6畳ぶんくらいの家庭菜園には、トマトやきゅうりなどの夏野菜がみずみずしく植わっている。
「今って、夏なの?」
「確かに。今日って…何年何月何日?」
「魔導歴4610年の1月6日。
…2人が来てからまだ1週間もたたないのか」
「ん?あったかいのに1月?」
「北半球では1月から3月頃が夏で、南半球は今は冬だよ」
α地球とは季節が真逆になるようだ。西暦もばらばらで、いまいちピンとこない。
西暦についてはα地球ではイエス・キリスト誕生を西暦の開始としていたので、噛み合わないのは当然だが。
「魔導歴ってのは、いつが始まりなんだ?」
「ラティア神が初めて降臨された日と言われてるよ」
教科書には、ギルガメシュは紀元前2600年頃に王として君臨したと書かれていた。
ラティア神の降臨とギルガメシュの存在がほぼ同時期とすれば、魔導歴0年=紀元前2600年頃、つまり現在の魔導歴4610年=西暦2010年頃といえる。
智希たちが元々いた世界と数年のズレはあるものの、大幅な年数のズレはないようだ。
「こうやって話してると2人とも普通の子たちなのに…やっぱ召喚者なんだよな」
「えー、なになに急に」
「正直、怖かったんだ。
“後退の8年”がどんなものなのか想像もつかなかったから。
でも2人がいたら大丈夫って思える。ほんと、俺らの救世主だよ」
はにかむように笑うリオンに、智希と光莉もつられて笑う。
見えない恐怖と不安を抱えていたであろうリオン達に、少しでも安心を与えられたなら本望だと2人とも感じていた。
「元の世界にいた俺らからすると、リオン達のほうがずっとずっとすごい。
若いのに世界のために働いて、戦って」
「そうだよ。
私達なんて、自分の生活で精一杯で……地球を守ろうとかそんな気持ち、正直カケラもなく生きてた」
学校や社会の中の、守られた安全な空間で。
歩くための道筋は大体用意されていて、そこに乗るか乗らないかの違いで。
その道筋に沿って生きるうちに生きる目的や目標を見失い、怠惰に生きてしまう若者も少なくはない。
α地球とβ地球、どちらの住人が幸せなのかという比較は難しいが、少なくとも智希と光莉はβ地球の住人の方が生き生きと生きていると感じていた。
リオンは、ロッキングチェアに胡坐をかきながら言う。
「…俺たちは幼い頃から、力のある者はその力を自分の利益のためじゃなく、人々のために使うよう教えられてるんだ。
洗礼の言葉もそうだし魔導学校の校訓にもそう書かれてる。
学校に通ってた頃は毎朝校訓を読み上げる時間があって、もう骨身に沁みついてるんだよ」
だから当然だ、とばかりにリオンは笑った。
確かに、洗礼の言葉にも『人々のために尽くす』とあった。
「2人はこの世界でそういう教育を受けてきたわけじゃない。
だけど2人は既に、世界を守るために戦ってくれてる。俺は2人を誇りに思うよ」
リオンの真っ直ぐな言葉が、むずがゆかった。
「んー……」
「あ、リイナ。起きちゃった?」
「……??」
寝ぼけた様子で身体を起こすリイナ。
智希と光莉に見つめられてようやく状況を把握したのか、ぱっと顔を赤らめる。
「ね、寝ちゃった……」
「リイナ、かわいい!!」
光莉は耐えられなくなったのか、リイナにがばっと抱きついた。
微笑ましい姿に智希が目を細めると、リイナは恥ずかしそうに光莉の腕の中に隠れてしまった。
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