第5章 男子と女子

01 イフリート






 明け方近く、パジャ島キャンプ地にいるはずのリザードキングのリズの声で、目が覚める。


『…トモキ!すまない、聞こえるか?』

「……あぁ、どうした」


 使役した魔族とは、『念話』でのやり取りができるらしい。

 よほど緊急の用事なのか、声を落としながらもやや緊張した様子でリズが言う。


『森の方から、イフリートの気配がする。追うか?』

「…っ!すぐ行く」


 リズとオニキスの元主人で、行方のわからなくなっていた火の精霊、イフリート。

 もし見つけたらすぐに報せるよう、リズとオニキスには伝えていた。


 手早く着替えて、パジャ島のキャンプ地に転移する。こちらは昼過ぎのようだった。

 リズとその仲間のリザードマンが、警戒した様子で薄暗い森を見つめている。


「いるか」

「あぁ。衰弱しているようだが、何をしてくるかわからん」


 リズは目を細め、被りを振る。

 リズがこれほど言う相手だから、恐らくそれなりに強い精霊なのだろう。


「了解。軍の上官に伝えてきてくれるか」

「わかった」


 静かに駆け出したリズの背中を見送り、智希はリザードマン達に動かないよう合図を送る。

 自分に、『透過』『隠密』『結界』の魔法をかけた。

 さらに『探知』で相手の居場所を探る。距離は1kmほどあり、動く気配はない。


 警戒しながら気配の傍まで『転移』すると、大木にもたれる少女の姿があった。

 全身は傷だらけで、息も絶え絶えの様子だった。

 一瞬人間かと思ったが、頭には角が生え、尖った耳。手や足の指からは鋭い爪が伸びている。


(逃げはしなさそうだな……)


 念のため、イフリートの周囲に『特殊結界・監禁』を発動。これでイフリートは、結界の外に出られなくなる。

 そのうえで静かに『解析』を発動する。


(火の精霊イフリート、魔力容量は2億……)


 だが、MPは1000も残っていなかった。

 イフリートはこの戦いの首謀者に使役されているはずだ。

 リズからは、使役されている魔族は一晩眠れば魔力が回復する、と聞いていた。


 MPが回復していないということは、ここまで休むことなく逃げてきたということだろう。

 逃げてきた?一体、何から?


(命名者は……あれ、わからん)


 名付け親はいるようだが、情報がわからないようになっている。

 そこで智希はハッと気付いて、自身に『隠匿』の魔法を掛けた。『解析』を不能にする神級魔法だ。


(名付け親が自分自身に『隠匿』の魔法をかけてるんだろうな……神級魔法が使えるってことか?

 ……いや、そもそも魔族に神級だのなんだのいう階級の区別はあるのか……?)


 とりあえず間違いなく、イフリートの名付け親は用意周到なやつだということはわかった。

 イフリートの解析で得られた情報の中に、『状態異常:服従』というものがあった。あまりにも不吉なワードだ。


 すると、遠くからキュキュ~ッという声が聞こえた。

 その声に反応するように、イフリートの尖った耳がぴく、と動く。


(やべっ)


 智希は慌てて『捕縛・曲水(ウォーターバインド)』を発動させた。

 開眼し動き出そうとしたイフリートは、流れるような水の縄により捕縛された。

 …と同時に、後方から智希は何者かに激突される。ポッポだった。


「ほ、解け……!!」

「ポッポ!急に出てくんな、ビビるだろうが」


 イフリートが声を漏らしたが、智希はまずポッポに言い放った。

 ポッポは尻尾を下げ、キュウゥ~と声をあげる。


「すまん!

 ドラゴンがトモキの気配に気付いて飛んでいっちまった!大丈夫か?」

「リズ、大丈夫だ」


 駆けつけてきたリズにポッポを引き渡し、ようやく智希はイフリートを見遣る。


「縛って悪いな、念のためだ。なんでここに来た?」

「……」


 当然ながら、答えない。

 『服従』させられているので、答えられないのかもしれないが。


 森の入り口の方から、駐在していた軍人や魔導師が駆けつける足音がする。

 同時に、光莉も転移してきた。智希のいなくなった気配に気付いて、追ってきたのだという。


「この子、どうしたの?大丈夫なの…?」

「イフリートだよ。『服従』の魔法がかけられてる。

 この『服従』は、解けないのか?」


 リズに尋ねると、腕を組みうーん、と唸る。


「かけた術者より強い魔力でなら『解呪』できるだろうが、ちと厳しいかもしれんな」


 つまり、イフリートに『服従』の魔法をかけた人物は、智希や光莉よりも魔力が高いということだろう。


「やるだけやってみようよ。『服従』なんて、かわいそう」

「そう、だな」


 光莉の言葉に、智希も同意した。

 確かに、『服従』されたままのイフリートを解放するわけにはいかない。

 『服従』魔法を解除することが、先決だった。







 智希より魔力容量の高い光莉が、『服従』を解くための『解呪』を試みることになった。

 集まってきた軍人や魔導師、リザード族、オーガ族は静かに見守っている。


「『解呪』……やっぱりダメみたい」


 光莉のMPはほぼ満タンだったが、『解呪』は発動すらしなかった。これは、予測していたことだった。

 続いて光莉と智希は、自分たちより強い魔族に対抗するために立てていた作戦を実行することにした。


 まず、自分たちの周りに再度『特殊結界・監禁』を張り直す。何かあった時、周りに被害を拡げないためだ。

 それから光莉は『容量制限解除』を自らにかける。魔力容量の制限を一時的に解除する魔法だ。

 そして“マナの混和”で魔力を満タンにする。


「やろう。何かあったら天野くん、よろしくね」

「……オーケイ」


 智希は光莉の背中に手をあて、少しずつ魔力を流し込む。

 既に満タンの光莉の魔力が、追加で更に充填されていく。

 「まだまだ」「もっと」と言う光莉の言葉に合わせ、智希は供与する魔力を増やしていく。


 まだ光莉の手元がぼんやりと光っているだけで、『解呪』は発動しない。

 『服従』の強さに、魔力量が追い付いていないということだろう。

 智希の魔力の9割ほどを供与したところで、智希にも限界がきていた。


「……っ、朝倉さん、そろそろ限界かも……」

「あとちょっと……!リズ、オニキス、手伝って!」

「お、おう!」

「はいよォ!」


 額に汗を浮かべながら『解呪』の発動を試みる光莉の声に、リズとオニキスもすぐ反応し、光莉の背中に手を当てた。


「もっと……もうちょっと……いける!『解呪』!!」


 その瞬間、光莉とイフリートを繋ぐように光線が走り、イフリートの身体が光に包まれた。

 光莉と智希はその場に崩れ落ちる。

 イフリートも、ふっと意識を失い地面に倒れた。


「あまの、くん、混和……」


 光莉と智希はリズとオニキスに身体を支えられながら、なんとか“マナの混和”を行う。


「死ぬかと思った……」

「……またトゥリオールさんに怒られるな」


 地面に座り込んだまま、2人はまだ息を荒げていた。







 それから2人は、イフリートに治癒魔法をかけた。

 傷が治り一度は目を開けたが、魔力が枯渇しかかっているせいか再び眠りについた。

 そして2人は、報告を受け駆けつけたトゥリオールにこっぴどく叱られた。


「お前らは無茶をしすぎなんだ!!

 使役しているとはいえ魔族から魔力を受け取るなど前代未聞!!

 無茶をするならせめて俺のいるところでしろ!!!」

「「すみません……」」


 項垂れる2人を心配したのか、ポッポが庇うようにキュキュ!とトゥリオールに向かって火を吐く。


「しかしトモキ、ヒカリ。それにリズ、オニキス……よくやった。

 イフリートが目を覚ましたら連絡する。それまで休んでおけ」


 トゥリオールに肩を叩かれ、智希と光莉はエリアルの家に転送された。

 展開の速さに脳がついていかなかったが、最終的にトゥリオールに褒められたのは確かだった。

 2人はパンッとハイタッチを交わした。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る