09 恋と色欲







 その後も図書館に残り、大型ドラゴン対策や魔族の移住計画について2人で話し合う。

 大型ドラゴン対策は概ね方向性が見えてきたが、魔族の移住計画についてはやはり人間の協力者が欠かせない、という話になった。

 約束の時間になったので、金星通り商店街へ転移する。


「こんばんは」

「ワオ!親父の命の恩人たちがいらしたぞ!!」


 到着一番、大歓迎の拍手喝采だった。

 2人が昼間助けたのは、ゼルコバ・ウッドという男。

 先祖代々続く土建屋の主人で、家族や親族も含めた従業員100人近くの大きな会社だそうだ。

 今日は親父の快気祝いと称して、男ばかりの5人兄弟とその家族が勢ぞろいしている。


「いやー!昼間は本当に助かった。

 痛みで少々記憶が飛んでいるが、君たちがいなかったらと思うとぞっとするぜ」


 ゼルコバはすっかり元気になった様子で、改めて2人に頭を下げた。

 テーブルには肉料理を中心に、豪華な食事が並んでいた。ゼルコバの奥さんと、長男・次男の奥さんが用意をしてくれたそうだ。

 不吉だからと、今日は魚料理は作らなかったという。


「俺からも礼を言う。親父の命を救ってくれて本当にありがとう。

 食事を奢るくらいじゃとても足りないから、何か俺たちにできることがあったら礼をさせてくれ」

「いえいえそんな、できることをしたまでですから…」

「そうそう!お互い様だよ~」


 智希と光莉はそう言ったが、長男は納得がいっていない様子だった。

 食事をご馳走になりながら、これまで会社が行ってきた仕事の数々を語るゼルコバの話を聞いた。

 この商店街の創始者のひとりがゼルコバの祖先だとか、帝都の移転時にはうちの会社も皇宮の建造に関わっただとか。


 一通りゼルコバの話が終わると今度は、2人が質問攻めに合う。

 元の世界はどんなところかとか、他にどんな魔法が使えるのかとか。

 そして話は、現在検討中の魔族の移住計画に及んだ。


「……なるほどな、魔族の村か。

 そいつらは本当に、安全なのか?」

「今のところ大丈夫そうです。

 その辺もこれから見極めていくつもりですが…あと数人名付けをして、しっかり統率していきたいと思ってます」


 あわよくば、土木建築の専門家であるゼルコバやその息子たちから何かアドバイスをもらえないか、という狙いもあった。

 光莉は息子たちの奥さんや子供たちと、デザートを囲んでいる。


「……こちらの世界の人の考えはわからないけど、やっぱり魔族と敵対したままじゃ戦いは終わらないと思う。

 それならどこかで、和解の道を探っていく必要があるのかなって」

「和解、なぁ。

 魔族に家族を殺された奴らは、そう簡単には魔族を許せねぇぜ?」


 ゼルコバの言う通りだ。

 だからこそ今回は、被害を最小限に戦闘を終わらせたい。


「当事者はそれでも仕方ないと思う。

 個々のそういう感情は受け止めつつも、社会全体の利益を鑑みて方向性を決めることは大事だ。

 魔族を味方に取り込めば、魔族に傷つけられる人間が減る。

 敵対し続けるよりも人間にとって利益となる方法があるなら、それを選ぶべきだ」

「例えばだ。お前たちが8年後、元の世界に戻るとする。

 そうなったら奴らは、ここぞとばかりに反撃をしかけてくる…そんなことはないか?」

「そうならないよう、俺たち2人以外の人間がしっかり魔族と関わる必要があると思う。

 それを後世に引き継ぎ、ちゃんと魔族との関係性を保っていく。相互努力なくしては、平和はないと思うから。

 それは、この世界の人が担うべき責任だとも思う」

「はっはっはっ、それもそうだ。その通りだな」


 話しながら智希は、自分の頭が整理されていくのを感じる。

 漠然と描いていた目標や理想がしっかりと形作られていくような、そんな感覚だった。


「……よし、乗った。

 魔族の村作り、俺に手伝わせろ」

「…え?」


 ゼルコバの思いがけない言葉に、智希は目を丸くした。


「俺も手伝うぜ。

 どうせこの“後退の8年”は暇なんだ。こんな時に家建てるアホはいないからな」


 続いて長男も、手を挙げた。

 願ってもない提案に、智希は内心歓喜した。


「場合によっちゃ、商売仲間を巻き込むこともできる。

 まずは様子見で俺たちが参加させてもらうとしよう」

「あ…ありがとうございます!心強いです」


 ただひとつ、心配な点もあった。


「ただ、土木建築を整えてほしいのもあるけど、魔族たちが自立して生活できるようにしてやりたいので……

 教育とか指導とか、そういうこともお願いするかもしれません」

「やる気のある奴がいるなら、いくらでも教えるさ」

「ありがとうございます」


 智希の言葉に、ゼルコバはふふんっ、と鼻を鳴らした。

 抱えていた問題のひとつが解決し、智希はほっと胸を撫でおろす。


「あの、何か困ってることありませんか?

 魔族のこと手伝ってもらうなら、俺の方もお礼を返さないと気が済みません」

「困ってること……あぁ、そうだ。

 これから暑い時期になると、人がバッタバッタ倒れていくんだ。中には、倒れて死んだ仲間もいる。

 日陰でできる作業ばっかじゃないからよ、何とかなんねぇかな?」


 ゼルコバは腕を組み、うーんと首を捻る。


「…それは熱中症っていう症状です。俺たちの世界でも、毎年夏に亡くなる人がたくさんいました。

 一番の対策は、涼しくすることと水分摂取ですが…」

「風起こしの魔導具はあるが、屋外じゃ熱風が来るばかりで役に立たねぇな」


 温暖化は進んでいない様子だが、それでも夏場には熱中症患者が増えるようだ。

 それこそ氷魔法を組み込んだ魔導具なんかがあれば解決するようにも思うが、現状無いということは作るのがかなり難しいのだろう。

 『特殊結界・温熱耐性』という手もあるが、魔法陣を発動し続ける人員が必要になるので効率的ではない。

 となるとやはり、魔導具が必要か。


「……涼しくする道具については、考えてみますね。

 皆さんは、仕事中の水分摂取は何を飲まれてますか?」

「大抵、水か茶だな」

「水やお茶だけでは濃度が薄いので、摂取した水分はそのまま尿として排出されます。

 大事なのは、体内に水分を保持することです。…『生成・経口補水液』!」


 智希は、以前光莉に飲ませた経口補水液を生成した。

 野球部時代に自分で作れるように、監督から作り方の指導を受けていたのだ。


「この飲み物は、体内の水分と同じくらいの濃度で作られているので、すぐに尿として排出されず体内に保持されます。

 しっかり摂取することで、熱中症は防げます」

「へー!魔法の水ってやつか」

「いえ、今は魔法で生成しましたが、家庭にあるもので作れると思います。

 後で分量を伝えるので、作っておいて仕事中に飲まれるといいと思います」


 経口補水液の原料は、水、砂糖、塩、レモン水。

 魔法でたくさん『生成』しても良いが、自分たちで作れるようにしておいた方が長く使えて便利だろう。


「試しに飲んでいいか?」


 ゼルコバの言葉に、智希は頷く。

 ゼルコバは瓶を手に取り、くっと喉に流し込んだ。


「うーん、そんなに美味くはないな」

「そうです、元気な時に飲んでもあまり美味しくないのが特徴です。

 その代わり、熱中症になりかけてる…脱水になりかけている時に飲むと、美味しく感じるそうです。熱中症に気付くきっかけにもなると思います」

「へー!そりゃいい。

 母ちゃん達にレシピを伝えといてくれ」


 喜んでもらえたようで、ほっとした。

 快気祝いの食事会は夜遅くまで続いた。帰り際、ゼルコバの奥さんに経口補水液の作り方を伝える。

 元の世界とは重さの単位が違うので、計算しながら教えるのに少し時間がかかった。







 帰宅後トゥリオールに連絡し、今日は重傷者がいないことを確認した。

 光莉、智希の順に風呂に入る。

 リオンとリイナは既に寝ているようで、エリアルは外で飲み歩いているようだった。


 智希が風呂から出た時、光莉はダイニングテーブルの椅子に座り、今日追加で書き出した神級魔法一覧のノートを見ていた。


「なんだか、頭に入ってるんだか入ってないんだかわかんないね」

「そうだな。やっぱ単語帳作るか」


 光莉は、先日ノア達の買い物の時に購入したらしい寝巻を身に着けていた。

 クリーム色の柔らかい生地に、光莉らしいフリルやリボンの装飾が特徴的だった。


「さあて、今夜もあれやって寝ますかっ」

「はは、言い方」


 光莉が椅子から立ち上がると、椅子の脚に爪先が絡まったようで、大きくバランスを崩す。


「わ、わ」


 そのままよたよたと後ろに下がり、後方の壁にぶつかりそうになる。

 智希が慌てて手を伸ばし光莉の腰を支えたお陰で、壁にぶつかる寸前で止まった。


「……っと、大丈夫?」

「はは、うん。足がもつれた」


 智希が腰に回した手を外すと、そのまま光莉は壁にもたれかかる。


「これ、壁ドンだ」

「え?あー……そう、な」


 勢いを止めるために智希が壁に手をついていたので、ちょうどそれに近い形になっていた。


「ん」


 このまましよう、ということなのか、光は「お手上げ」のような形で両手を挙げ、手をぐーぱーと開閉する。

 それに合わせるように、智希は正面から手を添えた。

 自然と、指が絡まる恋人繋ぎのような形になった。


 爪先を合わせる。

 重心の関係で、光莉の手が智希の手によって壁に押し付けられるような姿勢になる。

 まさに、《壁ドン》状態だった。


「……朝倉さん、顔あげないと、できないよ」

「……うん」


 光莉はいつのまにか、俯いていた。

 さすがにこの体勢に恥ずかしさを感じるのか、赤らんだ顔をゆっくりと上げる。


(あー、もう…)


 血液が全身を巡るのが感じられる気がするほど、身体が熱い。

 光莉を見下ろしながらやはり智希は、苛立ちを覚える。


(こんなに近いのに、触れてるのに、)


 キスできないなんて。

 唇に触れたい。もう、我慢したくない。


「あまの…くん…?」


 理性と戦うために、目を閉じた。

 そっと息を吐き、額を合わせた。


(これは好き、なのか、欲情してるだけなのか……)


 智希には判別がつかなかった。

 ただ、こんな感情を他の女性に抱いたことは一度もない。それだけは確かだった。













智希と光莉のβ地球メモ【4日目】

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/dsnUODy7zpXxZyYXd9ylnMJlEsBXVoal


カクヨムコン8参加中です。

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