03 首謀者と精霊王









 屋上で少しの間のんびり過ごしていると、トゥリオールからイフリートが目覚めたと連絡があった。


 智希と光莉はパジャ島のキャンプ地へ転移する。

 パジャ島は夕暮れに近かった。トゥリオールとポッポが2人を出迎えた。


「抵抗する様子はないが、気を付けろ。

 ファイアドラゴンを操作し、リザード族やオーガ族を取り纏めていた奴だ。油断はするな」

「わかった」


 檻の中に入れられたイフリートを、アウグスティン、それにリズとオニキスが見張っていた。

 他にも数人、軍人が警護に当たっている。


 イフリートの正面に、智希と光莉が座り込む。

 ポッポは智希の肩に止まり、心配そうにイフリートを見つめている。


「傷は大丈夫か?」

「……あぁ」

「翻訳魔法をかけさせてもらうぞ」


 智希の言葉に、イフリートは何も反応しない。智希は『翻訳』と併せて『洞察』の魔法をかける。

 意識を失い寝ていたおかげか、少し魔力は回復しているようだった。


 洞窟の壁にもたれ、体育座りのように座っていたイフリートは、ふ、とひとつ息を吐き口を開いた。


「……助かった。

 あのまま『服従』が解かれていなければ、私は連れ戻され殺されていたかもしれない」

「……どういうことだ?」


 イフリートは表情を変えずに言う。


「ドラゴンを奪われ、使役していた魔族も人間に寝返った。《クイーン》は怒り狂い、私を容赦なく攻撃した。

 しかし私には、『不死鳥の加護』があった。瀕死のところでなんとか命を繋いでいたが、『服従』されたままでは私の居場所が《クイーン》に知れてしまう」

「……そうか。『服従』を解いたことで、相手はイフリートの居場所を探れなくなったってことか」


 智希の言葉に、イフリートは頷いた。

 《クイーン》とは恐らく、イフリートに服従魔法をかけた者のことだろう。

 『不死鳥の加護』とは命を守るなんらかの魔法だろうか。


 瀕死になるまで執拗に攻撃するとは、《クイーン》は同じ魔族に対しても容赦がないようだ。


「《クイーン》とは、何者だ?」

「……世界の魔族をまとめ、戦いを率いるおさだ。

 エルフクイーンなので、《クイーン》と呼ばれている」

「エルフクイーン?」


 イフリートの返答に、光莉が首を傾げる。


「エルフ族の中でもハイエルフより更に強いというだろうな」

「俺がこの前話した長寿のハイエルフのことだと思うっスよ。ハイエルフじゃなくエルフクイーンだったんスねぇ」


 リズ、オニキスが続けて答えた。

 オニキスは以前、『初代皇帝の頃から生きているハイエルフがいる』と言っていた。


「……まさか、何千年もの間そのエルフクイーンが戦いを仕切っているというのか…!?」

「そうなるな。

 名を与えられ長寿となり、特別な力を得たエルフだ」


 トゥリオールの言葉に、イフリートは落ち着いた様子で答える。


「誰が名を与えたんだ?」

「それは知らぬ。

 …が、名付け程度でただのエルフをエルフクイーンに成長させられる魔族は存在しない。

 強大な魔力を有する人間か、神か。そのどちらかだろうな」


 イフリートが言うと、トゥリオールの表情が一気に青ざめていくのがわかった。

 イフリートにかけられた《クイーン》による服従魔法は、光莉、智希、リズ、オニキスの魔力を合わせてようやく『解呪』できるほど強力な魔法だった。

 単純に計算しても『服従』させるためにMP18億が必要ということになる。


 つまり服従魔法をかけた《クイーン》は少なくとも魔力容量が18億を超えている、ということになる。

 そんな魔族に名を与えた者、となると。


(現状ありえる線は、召喚者か、皇族か、神…だろうな)


 どのパターンでも、人間的には最悪だ。

 自分たちの敵を作ったのが、自分たちの仲間ということになるのだから。


「こ……これは我々の手には負えん。すまん、一度神官長へ連絡を取ってくる」


 トゥリオールは青ざめた顔のまま、行ってしまった。






  アウグスティンはひとつ息を吐き、ようやく口を開いた。


「……そもそもお前は、なんのために戦ってるんだ?」

「……我々は捕えられた王を、解放するためだ」

「王?」

「精霊王だ。

 元々、王と《クイーン》とは旧知の仲だったがどういうわけか《クイーン》は精霊王を捕えた。

 そして王の使者である我々に『服従』の魔法をかけ働かせ、更には私を瀕死になるまで蹂躙した。

 《クイーン》はもはや正気を失っているとしか思えん」


 精霊王。

 ヤバい名前が出てきた、と思った。


 そんな強そうな者が関わっていることも、そんな強そうな者を捕えるほどの敵を相手にしていることも…総じて嫌な予感しかしない。


「精霊王っていうのは、どういう人なの?」

「すべての事象には精霊が宿る。自然と共に、人と共に在るのが我々精霊だ。

 精霊王はそれを取り纏める王。

 つまり精霊王がこの世界の均衡を保っているといえる」


 似たような考えは元の世界にもあったのではないかと思う。

 日本でいうときっと、八百万の神様なんかもそういった類のものだろう。

 しかし、その王が世界の均衡を保っている、となると。


「精霊も精霊王も、通常は永劫回帰の輪廻の中にいる。死んでは生まれ変わり、永遠に存在する。そうして世界を守っている。

 しかし今、精霊王も精霊たちも《クイーン》によって実体を与えられ捕えられている。

 だれか1人でも死んでしまったら…実体のある状態で死ねば、輪廻には還れない。

 世界の均衡は崩れ、人類も魔族も地球そのものも一度終わりを迎えることになる」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!今えらいヤバいことを言わなかったか…!?」


 不穏な展開に、智希は思わず口を挟んだ。


「精霊というのはそういうものだ。本来人間にも魔族にも不可侵な存在だ。

 だからお前たちが私を救ったことは、地球を救うのと同等のことをしたと言えるな。

 《クイーン》はその辺りを理解しているんだかいないんだか……」


 迷わず助けて良かったと安堵した半面、一歩間違えれば世界が終わっていたと思うとぞっとした。


「その…服従させられてる精霊ってのは、何人いるんだ?」

「私以外に、水、木、地の精霊が服従させられている。

 …光、闇の精霊も大気中に反応がないので、どこかに捕えられているのだろうな」


 ここに来て新たな課題の山積。

 強敵を相手にしながら、何人いるかわからない精霊たちと精霊王を無事に解放すること。

 そんなことが本当に可能なんだろうか……?


「あの…すごく基本的なことを聞くんだけど。

 あなたは…イフリートは、私たちの味方なの?それともこれからまだ敵に回る可能性もあるの?」


 控えめだがストレートな光莉の質問に、イフリートはふん、と鼻を鳴らす。


「私の目的は精霊王と同朋の解放だ。お前たちの目的は世界の安寧だろう?

 であれば、利害は一致している。

 その目的が変わらない限り、私はお前たちの味方だ。協力は惜しまない」


 その言葉を聞きながら智希は、心強いような、むしろ大きな爆弾を抱えたような複雑な思いで一杯だった。









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