03 百花繚乱











 それから智希と光莉は手分けして、蔵書ぞうしょを1ページずつ確認していった。

 特に重要そうな魔法については、記録することにした。


 リオンにもらった魔法陣の中から『模写』『転写』の魔法陣を使用し、智希が持ってきていた授業用のノートに写していった。


「『折れ曲がった紙のしわを伸ばす魔法』…

 こんなの、いる?」

「バカみたいな魔法ばっかで心折れるな…

 『庭の草木を根絶やしにする魔法』とか、便利だけどいらねーよ……」

「『正座の後の足のしびれを治す魔法』…」

「『湿った木を乾かす魔法』…」


 初代皇帝は本当に一体、何者なんだろうか。

 使えそうな魔法ももちろんあるが、くだらない魔法が大半を占める。


 こんなに魔法を量産して、初代皇帝は何がしたかったんだろう。






 確認作業は夕方まで続けたが、結局半分くらいしか終わらなかった。

 おやつに買ったお菓子を食べるひますらなかった。


「ちょっともう限界なんで……残りは今度でもいいですか……」

「えぇ、もちろんです。いつでも連絡をください」


 ロブルアーノやナジュドは何度か部屋を出たり入ったりしたが、2人の作業を見守るのに多くの時間を割いてくれた。


「4属性の魔法は威力が強すぎて使う場面ないな…」

「『収納』『解析』なんかは便利だし、生活魔法に近いね。『特殊結界』も使えそう。

 『解呪かいじゅ』『状態異常無効』とかは使いどころ難しいな」

「あとはこの辺の魔法か。

 ……これ、試しにやってみていいですか?」


 ピックアップした魔法を光莉と吟味ぎんみしながら、智希がおずおずとロブルアーノに尋ねる。


「もちろんです。そのためにお見せしたのですから。

 早速行きましょう」


 そう言うとロブルアーノは智希と光莉の肩に手を置き、訓練場に転移した。歩く数分すら、しいらしい。


 数秒もたたぬうちに、ナジュドも転移してくる。

 ぱらぱらとノートをめくりながら、使えそうな魔法から試していく。


「『収納』…おぉ、すげえ。四次元ポケットだ」

「え、すごい!荷物持たなくていいね」


 『収納』はいわゆるアイテムボックスのようなもので、宙にぽかりと空間が現れ、そこに荷物を入れられるようになっていた。


「『特殊結界・温熱耐性』…

 うーん、うまくいってるのかわかんない」

「『火壁(ファイアウォール)』。熱い?」

「熱くない、ぬるい!」


 光莉から少し離れたところに、智希が炎の壁を作る。

 離れていても熱気を感じるが、『特殊結界・温熱耐性』のおかげで光莉はなんともないようだ。


 どちらも消費魔力はそれほど多くない。

 個人や数人を相手にかけられる『温熱耐性』はトゥリオールも使っていたので、魔法陣として残されているんだろう。それの範囲拡大版、といったところか。


「あとはこの辺か…。なんか俺、できない気がする」


 ほとんどの魔法は読めば理解できすぐに使えるような気がしたが、なぜか一部の魔法は全く使える気がしなかった。


「『稲妻(ライトニング)』……

 うん、やっぱだめだ。使えない」

「……なんか、私はできそうな気がする」


 そう言って光莉が、『稲妻(ライトニング)』と叫んだ。

 訓練室の真ん中に、轟音ごうおんと共に雷が落ちた。

 皆驚き、言葉を失う。


「すっげー! 雷!! かっけー!!」

「わーいわーい」


 光莉は魔法がうまくいったことを、素直に喜ぶ。


「でもなんで、俺は使えなかったのかな?

 属性が合わないってことか?」

「……まさか……」


 智希たちの様子を見守っていたロブルアーノが、青ざめた顔で言う。


「……これこそまさに、5番目の属性ということか……!!」

「……金星の魔法だな」


 ロブルアーノが言うと、ナジュドが深々と頷いた。

 智希は属性の一覧の五芒星を思い出す。頂点だけがすっぽりと、欠けていた。


「ヒカリ様は《属性なし》ではなかったのだ……

 《光属性》…そう、金星の天恵をたまわっていたのだ……!」


 ロブルアーノは、膝から崩れ落ちた。

 それがどれほどのことなのかわからない智希と光莉は、その様子を見守るしかできなかった。







「…つまり、この辺の…俺が使えない魔法が光属性で、朝倉さんはその属性に適応してるってことか」


 あれから『閃光せんこう』『光線』などの光属性らしき魔法をいくつか試し、確信を得た。


「そういうことですね」

「じゃあ、こっちは?

 明らかに《光》っつーよりは《闇》だけど…」


 光属性と思われる魔法以外に、『暗転』などの魔法も智希は使えず、光莉のみが使うことができた。


「《闇》とはつまり、漆黒しっこく、無です。

 五芒星が表すものが惑星だとしたら、《闇》は宇宙の空間そのものの天恵と言えるかと思います」

「なるほどねぇ」


 ロブルアーノの解説に、智希は半分くらい納得しながら頷いた。

 ロブルアーノは未だ、興奮冷めやらぬ様子だった。


「噂というか……もはや伝説のような存在として、5番目の属性についてはこれまで議論されてきました。

 まさかこのような形で見つかるとは…」

「でも良かった!

 属性なしだとやっぱ寂しいもんねぇ」

「やはりこの蔵書は、召喚者のために作られた蔵書だったのだろうな」


 光莉の言葉に、うっすらと笑みを浮かべてナジュドが言う。

 ナジュドもこの蔵書について、智希と同じ認識を持っているようだった。


(初代皇帝は、いつか言葉のわかる人間がこの蔵書を見つけるとわかっていた…ってことか)


 それにしてはあまり使いどころのない魔法も多いし、この一覧にもまとまりがない。

 やはりいまだに初代皇帝がどんな人物でどんな目的があったのか、見えてこない。


「この中に…皇室に伝承されてる魔法はありましたか?

 なんか、神級魔法っぽくない魔法も多くって…」


 どの魔法も消費魔力量はバラバラで、いまいち判別が付かなかった。

 智希は控えめにナジュドに尋ねたつもりだったが、ナジュドは難しい顔のまま何も答えない。代わりにロブルアーノが口を開く。

 

「……『百花繚乱ひゃっかりょうらん』、という魔法は、その中にあったかね?」

「えーと…?」

「あったよ!やってみようか?」


 あまり実用的でないと思い智希は読み飛ばしていたが、光莉はしっかり覚えていたようだ。

 光莉の言葉に、ロブルアーノは静かに頷いた。


「『百花繚乱(フルブルーム)』!」


 光莉が詠唱すると、光莉の足元からにょきにょき、と草が生え始める。

 それらは一気に一面にひろがり、成長し、色とりどりの花を咲かせた。


 訓練場内は花畑となり、花の香りに満ちた。

 木属性の魔法ではないようで、光莉にも問題なく発動できた。


「すごい、素敵ー!!」

「………」


 光莉は感激した様子で、声をあげる。

 ロブルアーノはその魔法を見届けると、ゆっくりと口を開いた。


「間違い……ありません。

 これは、前皇帝が…生涯愛した、魔法でした……」


 ロブルアーノの目には涙が溢れていた。

 堪えきれない様子で俯き、涙の雫がぼろぼろと床に零れ落ちた。

 光莉は驚いて、ロブルアーノに駆け寄る。その拍子に、『百花繚乱』の魔法がスッと解ける。


「ど、どうしたの?大丈夫?」

「……すみません。

 唯一、先代が私達にもよく見せてくれた神級魔法で……久しぶりに目にして、つい……」


 どういうことだか、智希も光莉もさっぱり状況が掴めなかった。

 その様子を見ながら、ナジュドが深くため息をつく。


「私から…説明しよう」


 ナジュドは重々しく、語り始めた。







「……198代皇帝には、2人の皇子がいた。

 第一皇子は大変優秀だった。次の継承者となる息子も無事生まれ、問題なく皇位継承されると誰もが思っていた。


 …しかし、不幸な事故により第一皇子は亡くなってしまった」


 ナジュドが199代なので、198代は前皇帝ということになる。


 話の流れでいくと第二皇子=ナジュドかと思って聞いていたが、そういえばナジュドは3歳で皇位継承をしたとリイナが言っていた。それでは、計算が合わない。


「通常、皇帝に引き継がれる神級魔法は第二皇子にも継承される。皇帝や第一皇子に何かあった時のための、保険としてだ。


 しかし第二皇子には、魔法の才がなかった。

 幼い頃から魔力が弱く、訓練を重ねても神級魔法を扱うことはできなかった。しかも第二皇子には、子が出来なかった」


 ナジュドは光のない目で語り続ける。


「第一皇子の嫡男ちゃくなんは生まれつき魔力が高く、神級魔法を引き継げるだけの才はあると考えられていた。

 前皇帝は、既によわい80を超えていた。


 皇位継承は、第二皇子か、まだ幼い第一皇子の嫡男か…選択を迫られた皇宮は、結局まだ幼児である第一皇子の嫡男…つまり私に皇位継承をすることを、決めたのだ。


 ……神級魔法とは、それほど途絶とだえさせてはならぬものと考えられていた」


 そこで初めて智希は、ナジュドの立場を理解する。

 3歳にして、どれほど重い運命を背負わされたのか、ということも。


「しかし、私への皇位継承が決まったその夜……前皇帝は、第二皇子によって殺されてしまった」

「えっ……」


 光莉が小さく、声をあげた。ロブルアーノは目をつぶり、かぶりを振る。


「第二皇子は、暴魔化ぼうまかした。

 突然の出来事に宮内きゅうちゅうは混乱し、そのまま取り逃がしてしまった」


 暴魔化、とは魔力が溜まりすぎると人が魔物になる、というものだったか。

 第二皇子がなぜ暴魔化したのかは、いまいちわからなかった。


 ナジュドは、「皇室の者が暴魔化など、前代未聞だった」と震える声で言う。


「…こうして、今私がここにいる。

 つまり、この世界にはもうたったの一人も、神級魔法を使える者はいなかったのだよ。

 今、この時までは…な」


 ようやく話が繋がった。

 198代皇帝は、皇位を引き継ぐナジュドに神級魔法を見せることなく、この世を去ってしまったのだ。


 つまり、初代皇帝の頃から引き継がれてきた神級魔法が、数千年の時をてとうとうついえてしまったと思われていた。


「光莉。私にその魔法の術式を、教えてくれないか」

「……っ!う、うん!」


 光莉はナジュドにノートを見せ、術式を説明する。

 ナジュドは理解した様子で姿勢を正し、構えをとる。


「『百花繚乱(フルブルーム)』」


 ナジュドが静かに唱える。

 先ほどと同じように、ナジュドの足元から草が生え始めた。それらは徐々に成長し、同時に拡がり、花を咲かせる。


 光莉の時とは違い、一面青々とした可愛らしい花が、訓練場を埋め尽くした。

 ナジュドが無事に神級魔法を発動できたことで、ロブルアーノは再び嗚咽おえつをあげ泣き出した。


「よかった」


 ナジュドは、絞り出すようにたった一言、そう言った。

 唇は震え、涙をこらえているかのように、ただ一点を見つめていた。













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