04 懇親会










 神級魔法を再び皇族が継承できることとなり、皇宮内は静かに沸いていた。


 世間には神級魔法が途絶えたことは公表していなかったようで(実際リオンも知らないようだったし)ひっそりと、ただ事情を知る者は涙を流しながら智希と光莉に握手を求めてきた。


 あとから聞いた話だが、ロブルアーノは198代皇帝の妹の子(ナジュドの父の従弟)らしく、長年198代皇帝に仕え、前皇帝亡き後はナジュドの世話役として懸命に従事していたそうだ。

 そのためのあの涙だったのだと思うと、智希も光莉も胸が痛くなった。


 早速ナジュドへの引き継ぎを…と思ったが、トゥリオールからの呼び出しが入ってしまった。


「私への引き継ぎは、急ぐことはない。

 元の世界に戻るまでに時間を取ってもらえると、ありがたい」

「そんなこと言わずに、時間あったらすぐにでも来るね」

「心強いな。ありがとう」


 光莉の言葉に、ナジュドはほっとしたように笑った。









 トゥリオールからは、魔法陣の『遠隔交信』で連絡が来た。

 突然トゥリオールの声が聞こえて驚き、応答の仕方がわからず困惑しているとロブルアーノからそのまま話せばいいと言われ、ようやく会話を始めることができた。


 「終わったら連絡してくれ」とのことだったため、智希と光莉は皇宮を出てトゥリオールに連絡を入れる。

 するとすぐに、トゥリオールが『転移』してきた。


「すまなかった。陛下との話の最中だったか」

「いえ、だいぶ落ち着いたところだったので…」


 何が落ち着いたのかはわからないが、智希は曖昧に返答する。


 トゥリオールは砂漠地帯で戦闘にあたっていたのか、頭も服も砂まみれだった。

 『浄化』と呟くと、髪や服についた砂埃が綺麗になくなる。


「ロブルアーノ様から聞いたぞ。5番目の属性が見つかったってな」

「そうみたい!

 ほっとしたよー、使える魔法も増えたから頼りにしていいよ」

「ははっ、期待している」


 光莉の言葉に、トゥリオールは嬉しそうに笑った。


「さて、懇親会を開催しようじゃないか」


 突然のトゥリオールの言葉に、智希と光莉は首を傾げた。






 懇親会とはその名の通り、魔術師、軍人、神官、研究者、その他本国魔導協会の重鎮との交流会…という名の飲み会だった。


 場所は定かではないが、皇宮からいくつかの転移装置(『転移』の魔法陣が床に刻まれていた)で転移を繰り返し、数十人が集まれるバーのような場所で行われた。


 リオンにリイナ、それにイオ、ライルも来ていた。

 エリアルとルートヴィヒは懇親会には来ていなかった。


「大丈夫なんですか?こんな重鎮みたいな人たちが一挙に集まって…」

「魔族どももまさかこの戦況下に、帝都に大勢が集まって飲み食いしているとは思わんだろう。

 2人も、共に戦う者たちがどんな奴らなのか知っておきたいだろうと思ってな」


 コミュ力の高い光莉はあちらこちらと呼ばれては、会話を楽しんでいる。

 「こっちの世界は15歳で成人らしいよ」とニヤニヤ笑っていたので、もしかしたらお酒も飲んでいるのかもしれない。


 こういう場が苦手な智希は居場所もなく、トゥリオールの傍に座っている。


「リオンから、聞いたぞ」


 トゥリオールの言葉が何を指しているのか一瞬わからなかったが、今朝リオン達と話したドラゴンの話か、とすぐに思い出す。


「概ねトモキの読み通りだろうな。帝都の守備も更に強化せねばな」

「俺と朝倉さんで結界張りますか?」

「いや、ひとまず2人は臨機応変に動けるようにしておきたい。

 次どこにドラゴンが出現するかわからんからな」


 帝都にだけは進軍させてはならない。その想いはトゥリオールも一緒のようだった。


「大型ドラゴンが同時に現れる…って可能性も、ありますかね」

「在り得るだろうな」

「前世紀の時は……魔族は帝都には来なかったんですか?」

「一部魔族の侵入はあったが、ドラゴンの襲撃はなかった」


 ドラゴン1体を捕まえても、まだまだ先が不透明すぎて見通しが立たない。


「情勢としては…どうなんですか?」

「今は我々が優位だ。“マナの混和”で魔力が回復する我々と違って、魔族側の魔力はいずれ必ず尽きる。

 魔族は魔力を大量に蓄積できるが、魔力の回復は人間より遥かに遅いと言われている。

 時間はかかるが、耐久戦ならこちらが有利なんだよ」


 トゥリオールは余裕の表情で話した。

 なるほど、過剰に攻める必要はなく守備がメインの戦いなら、こちらに利があるということらしい。


「しかし、準備期間は100年以上あったのだ。

 魔族側が何を仕掛けてくるかは未知数。気を抜くことなく当たらねばな」


 確かに、耐久戦で勝機がないことは魔族側だってわかっているはず。


「…この魔族側の戦いは、誰が取り仕切ってるんですか?」

「今のところは解っていないが、この戦いをまとめている者が必ずいるはずだ。

 陛下も仰っていたように、私もこの戦いを私たちの代で終わらせたい。なんとしてでも、首謀者を引きずり出さねばな」


 トゥリオールが、語気を強める。

 それを聞いて智希はなんだか急に、気が重く感じてしまった。


「…図書館、見てきました。神級魔法が3000近く眠ってましたよ」

「はははっ、やったな。陛下もロブルアーノ様もさぞ喜ばれただろう」


 トゥリオールは嬉しそうに言った。

 トゥリオールもきっと、神級魔法を失って苦しむ2人を近くで見てきたのだろう。


「ヤバい魔法もいっぱいありました。使ったら地球が滅ぶような魔法とか」

「《神級》と言うくらいだからな。

 神をも超越する魔法があってもおかしくはないな」


 智希は話しながら、あぁ、この気の重さの原因はこれか、と思う。


「……俺たちの世界では、人間同士が戦争をしていました。俺がいた国も昔は戦争を繰り返したけど、敗戦して…。


 それからはとにかく平和、平和っつって武器も捨てて…俺が生まれて育った時代は、武器を持つだけで逮捕されるような平和な時代だった」


 よその国で戦争が起こっても、まるで対岸の火事を見るように。

 自分たちの生活には関係しないとタカをくくって、外見の見物をしていた。


「そういう中で生きてたから、やっぱり俺は戦うのは嫌です。

 でも、 《神級魔法》っていう武器を持ってしまった。それがすごく怖い。

 町中を巨大な爆弾背負って歩いてるような気分です」


 いつか判断を間違える日が来るのではないか。いつか誰かを傷付けてしまうのではないか。

 それが、ただひたすら怖い。


「そうだな。

 お前たちの年齢に対して、背負うモンがでかすぎるな」

「はい。身に余ります」


 トゥリオールは智希の言いたいことを理解したのか、がしがしと智希の頭を強く撫でる。


「俺もまぁ、皇級魔導師になったときは、似たような気持ちだった」


 意外な言葉に、智希はゆっくり顔を上げる。


「でもその時、ラティア神に言われたんだ。

 『皇級魔法も、神級魔法も、選ばれた者しか扱えない魔法だ。お前は神に選ばれたのだから、何ひとつ不安に思うことはない』って。

 あぁ、神に選ばれたなら間違いないか、ってやけに納得したのを覚えてるよ」


 ラティア神らしい言葉で、トゥリオールが納得するのもわかるような気がした。


「トモキもヒカリも、神は『この2人になら神級魔法を伝えても大丈夫だ』って思ったから、2人を召喚し魔力を与えたんだろう。

 信じればいい。神に選ばれた自分と、自分を選んだ神を」


 簡単な言葉だったが、やけに胸に響いた。

 自分が選ばれた人間だと考えたことは、一度もなかった。

 神に選ばれたのだと思うと、妙に安心してしまう自分がいた。


「なんか、勇気湧いてきました」

「そうだろう?」


 智希が言うと、トゥリオールは少年のような笑顔を見せた。


「ラティア神ってそんなに頻回に地上に来るんですか?」

「1年半に1回くらいだな。

 金星と太陽の内合の頃…その時は“蝕”はないのだが、大体その周期に合わせて地上に降りてこられる。

 それに合わせて我々魔導師は進級の儀式を行うのだ」


 “蝕”のない《金星と太陽の内合》というと、地球・金星・太陽が直線に並びはするが、角度のずれなどがあって“蝕”、つまり太陽面の通過はないということだろう。

 …つまり、次にラティア神が来るのは約1年半後、ということになる。









 宴会はその後も、かなりの盛り上がりを見せていた。


「リオン、いつまで敬語なの?年近いんだし仲良くしようよ!」


 光莉が、肩を組むような形でリオンにのし掛かる。


「い、いえ、滅相もない…!」

「メッソーモナイってどういう意味?

 ほらほら、呼び捨てでいいから」

「ヒカリ…様……」


 光莉は完全に絡み酒の様相だった。

 光莉のコミュニケーション能力の高さには本当に驚かされる。


「あなたがトモキね。ほんととんでもない魔力ね」


 トゥリオールがトイレで席を立つと、それを狙ったかのように智希の隣の席に腰掛ける女性がいた。


「ヴァイオレット・プリマヴェラよ。

 特級魔導師。よろしくね」


 ブロンドの毛に、スタイルの良い身体つきを前面に見せているような女性だった。

 年齢は、エリアルと同じくらいだろうか。


「天野智希です、よろしくお願いします」

「もう1人はヒカリ…だっけ?

 魔力が大きすぎて、リオンに絡むと大獅子がダンゴムシに話しかけてるみたいね」


 言い回しは明るいが、笑っていいのかわからず智希は首を傾げる。


「ごめんね、嫌な意味ではないの。

 リオンが年齢にしては物凄いってことはわかってるけど、ヒカリが桁違いに強すぎるっていうだけ。やっぱり召喚者ってのは桁違いなのね」


 その返答を聞き、この人は嫌な人ではないなと智希は思う。


「それにしても、あの対の儀式は良かったわ。

 2人とも初々しくて、ほんと可愛かった」

「やめてくださいよ…もう思い出したくないです、恥ずかしい」

「やっぱり2人は恋人同士じゃないのね」

「違います」


 智希が怪訝な顔で答えると、ヴァイオレットは嬉しそうに笑う。


「聞いたけど、あと8年は元の世界に戻れないんですって?」

「あ…はい、ラティア神にはそう言われました」

「だったら、長い休暇と思って楽しめばいいじゃない。

 こっちの世界にも、いいところはきっといっぱいあるわよ」


 ヴァイオレットはなぜかウキウキした様子で言った。

 こんな感じでもエリアルと同じ特級魔導師というのだから、相当な実力を隠し持っているのだろう。


「召喚者サマー!飲んでるかー!?」


 エールのジョッキを片手に智希の肩に腕を回してきたのは、アイザックだった。


「あー…はい、いいえ」


 勢いに負け、智希は曖昧な返事をする。


「自己紹介してなかったか!?

 アイザック・ウォトリー!最年少特級魔導師だ!!

 乾杯しようぜ~って、酒じゃねぇの!?」

「アイザック、いらっしゃい。今日非番だったの?」


 不躾に絡まれ驚いたが、ヴァイオレットがすぐに返答をしてくれて助かった。


「違うけど変わってもらった。

 タダで飲めるのに来ないわけにはいかないっしょ!」

「ちょっと、アイザック」


 するとアイザックの後方から、アイザックの首根っこを掴む女性が現れる。

 アイザックと同じくアジア系の女性で、背は低いが身体つきはがっちりとしている。


「最年少はアタシだ。勘違いするな」

「クソ、ミーシャ邪魔すんなよ!」

「虚言が過ぎるぞ、召喚者様に嘘を伝えないでくれ。

 ミーシャ・ティンワース。30歳と1ヶ月、私こそが最年少の特級魔導師だ。

 こいつは30歳と6カ月だから、準最年少特級魔導師だ」

「何が準だ!あぁ!?」


 ミーシャはアイザックを引きずり、空いた席に座らせる。


「仲は悪いけど、2人は対を結んでるのよ~」

「利害の一致だ」「こいつしかいなかったからだ」


 ヴァイオレットの言葉に、2人は同時に反論する。

 また言い争いが勃発して、ヴァイオレットがまぁまぁ、と宥める。


「最年少での魔導学校卒業を狙ってたから…魔力強い奴つったら他にこいつしかいなくて」

「こっちも同じ。

 さっさと現場に出たかったから、対を結ぶしかなかった」

「でもアイザックはアホよね。

 最年少で卒業したいのに、自分より後に生まれた子を対の相手に選んじゃうんだもの」

「ヴァイオレットさん、それは言わないでって!!」


 3人は元々仲が良い(?)ようで、先輩のヴァイオレットが程よくアイザックをいじるという展開が何度かみられた。


「でも最年少での魔導学校卒業の記録は、リオン達にすぐ塗り替えられたけどな…」

「あの子たちは別格。

 2人とも確実に皇級まで到達するわ」


 アイザックが肩を落として言うと、ヴァイオレットが気遣うように言う。


「2人って、そんなに凄いんですね」

「一応皇族の家系だから、素質はあるんでしょうね」


 皇位継承者ではないが、親が皇室出身ということだろうか。

 エリアルの弟子になるくらいだから、やはり年齢の割に魔法の能力が高いということだろう。


「……それにしてもリオンもリイナも、久々に楽しそうな姿が見られてよかった」

「そうっすね。リイナなんか特に、ずっと塞ぎこんでたから…」


 ヴァイオレットとアイザックが、光莉に絡まれるリオンを見遣って言う。

 聞くべき話じゃないのかなと思い、智希はヴァイオレットに断って席を立った。











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