05 同世代の魔導師
会場は地上1階と地下1階の2フロアの店で、地下から一旦外に出ると店内の喧騒は全く感じないほど、周囲は静かだった。
この世界には時計がないのか、今まで一度も目にしたことがない。体感では、既に23時を回っている頃ではないかと思った。
1階の店の外にはテラス席があり、そこに控えめに腰かける。
(夜も、静かなもんだなぁ)
帝都の歓楽街ということでレストランやバーが立ち並ぶ通りではあるが、“後退の8年”が始まったためか臨時休業の札がかかっている店もちらほらあった。
こちらも初夏の季節だろうか。
日中は少し暑かったが、今は夜風が涼しく感じられる。
「トモキ」
声をかけられギクッとした。
抜け出してるのを諌められるかと思いながら振り返ると、声の主はリイナだった。
「リイナか、びっくりした」
「…酔っ払った?」
「酔ってないよ、酒飲んでないから」
そう言うとリイナはほっとしたように笑って、智希と同じようにテラスに並べられた椅子に座る。
「ヒカリはすごい。元気で、明るい」
「ほんとにね、見習わなきゃって思うよ。
朝倉さんも気晴らしになってたらいいけど」
光莉の涙や、葛藤する表情を思い出す。
そして、自分と同じように《居場所のない仲間》としても。
「トモキはどう? 少し、元気になった?」
「そうだな。目まぐるしく色々あって…ちょっと気はまぎれたかも」
召喚初日の気の重たさは、なくなったように思う。
漠然とした不安は今でも続いているが。
「心配してくれて、ありがとな」
それでもこうして自分たちのことを気遣ってくれる人がいることは、ありがたかった。
向けられる優しさはあまり慣れないものでもあり、くすぐったくもあった。
「エリアルさんはまだ仕事?」
「今日は戦場の指揮官だから、ルートヴィヒさんと前線にいる」
「そっか…大変だな」
「お師匠様なら大丈夫。強いもの」
リイナは少しずつ智希に慣れてきたのか、最初の頃よりもよく話してくれるようになった。
「あ、そうだ。
リイナ、コーヒー作ってみようか」
「飲んでみたい…!」
「おっけー。あ、でも眠れなくなるかも」
「いいよ。帰ってまだやることあるから」
リイナとコーヒーの話をしていたのを思い出し智希が提案すると、リイナも嬉しそうに返答する。
「お、トモキにリイナ」
「なに~? 2人で何してんの?」
そう言って絡んできたのは、イオとライルだった。
グラスを片手に、ほろ酔いの様子だった。
「2人にちゃんとお礼言えてなかったな。最初の時、ドラゴンから助けてくれてありがとう」
「いーのいーの、これが俺らの仕事だから」
「要人を助けたっつって昇格できるかもしんないしな」
ざっくばらんに笑いながら、イオはどかっと空いた席に座った。ライルも隣に腰かける。
「2人も飲んでみる? コーヒー」
「コーヒー?」
「元の世界の飲み物で…リイナと飲もうって」
「へー! 飲む飲む」
智希は、『生成・コーヒー』と唱えた。
コーヒーの原料は、コーヒーチェリー。
種子の皮を取り除き、熟成、焙煎、粉砕。沸騰したお湯で濾しながら、カップに注ぐ。
そうイメージすると、カップに注がれたコーヒーが4つ、テーブルに並んだ。
本当に本当に、魔法ってのは便利だ。
「いい…香り…!!」
「すごいな。
紅茶やハーブティーとはまた違う…ショコラにも似た香りだけど……」
「うげぇ、にが!
…こんなの飲んでるのか、トモキの世界では…」
リイナ、ライル、イオの反応は三者三様で、それが面白くて智希は表情を緩めた。
「慣れると苦みも美味いし…砂糖とかミルクを足して飲むこともあるよ」
「俺のに足してくれ~」
イオが渋い顔のまま言ったので、智希はリクエスト通りイオのコーヒーに砂糖とミルクを足した。
「お、旨くなった!」とイオが目を見開いた。3人とも気に入ってもらえたようで、良かった。
高校ではたまに科学部に出入りしていたが、顧問の先生がコーヒー好きで科学室でよく焙煎していたのを思い出す。
「トモキは博識だな。
『生成』も、物の成り立ちを知らないと難しいって聞くぜ」
ライルはずず、とコーヒーを啜りながら、感心の目を智希に向ける。
「俺たちの世界では、魔法がない代わりにそういう…液体や固体がどういう仕組みで成り立ってるのかとか、物がどうやってできてるのかとかを学校で学ぶんだよ」
「え、魔法がないの?どうやって生活すんの?」
「いろんな方法でエネルギーを発生させて物を動かしたり…燃料になるものを集めて火をつけたり。
魔法がなくても、色々工夫して便利に暮らしてたよ」
智希の返答にイオは「へ~!想像つかねぇなー」と声をあげた。
「そのぶん、人間同士の争いは多かったかもな。
それこそ、エネルギー源となる燃料を奪い合うような戦争がずっと続いてる」
「ふーん。じゃあやっぱ魔法の方が優秀ってことだ」
「ははっ、そうだな、魔法の方が平和だ。
まぁ、元の世界には魔族はいなかったから、平和な国は平和だったけどな」
イオの言葉に智希が答えると、リイナが呆れたようにイオに言う。
「魔族がいない方がいいに決まってるじゃない。イオはバカなの?」
「あぁん?年下の癖に生意気言うなよ、リイナ」
「年下の私より魔力容量低いくせに」
「むかつくなー!そのうち追い付くっつーの!!」
リイナとイオは友人同士のようで、じゃれ合いのような言い合いを見せる。
「トモキ、ゆっくりでいいから色々教えてよ。
俺らの世界でも取り入れられることがあるなら、どんどん聞きたい」
ライルは一見チャラそうだったがその言葉は真っ直ぐで、智希が感じていたよりも誠実で真面目な青年なのかもしれないな、と思った。
「わかった。まずは美味いモンからな」と智希が言うと、イオが「やったー!」と両手を挙げた。
「2人は、軍人…なんだよな」
「そう。
帝国軍本国新帝都支部第9隊所属、1級魔導師イオ・アインホルン」
「同じく新帝都支部第9隊所属、1級魔導師のライルだ。
リオンやリイナとは魔導学校の同期なんだ」
「おぉ、そうなんだ」
軍人でも魔導師の階級はあるようだ。
そういえばアウグスティンは帝国軍総長であり、皇級魔導師でもあると名乗っていたような気もする。
「リオンとリイナは俺らより2つ下だけどな。
俺らが17歳で2人が15歳」
「俺らも飛び級したけど、2人は12年制の学校を4年で卒業だぜ?バケモノだよ」
「バケモノ言うな」
「いててて、やめろリイナ、冗談だろ…!」
イオの言葉に、リイナが怒った様子でイオの頬をつねった。
やはり皆、かなり優秀な人材らしい。
ライルはいいとして、イオは背が低く幼い顔立ちなので、まだ15歳にもならないと智希は思っていた。
…言うと怒りそうなので、黙っておこう。
「明日からはまた前線だぜー。死なないように頑張んないと」
イオは最後のコーヒーを啜りながら言った。
自分とそんなに年も変わらない子が戦争に赴くということが、未だに実感が湧かなかった。
「…そうだ、リイナに聞きたいことがあったんだ。暴魔化って、何?」
ナジュドとの話の中でも出てきた、暴魔化という単語。
リオンは『魔力が溜まりすぎると暴走する』というような説明をしていたが、智希はまだいまいちよくわかっていなかった。
しかし、リイナは表情を曇らせ答えを迷っている様子だった。
代わりに、ライルが智希の問いに答える。
「魔力が溜まりすぎると魔力が暴走して、暴魔化するんだ。
そうならないように、対の相手と定期的に“マナの混和”をすることでみんな魔力を安定させてる」
ふんふん、と智希は頷く。そこまではなんとなく理解できている。
「それとは別で、魔法による他者への悪意的な攻撃や殺戮を行うことでも、暴魔化するケースがある」
ナジュドの言っていたのはそれか、と合点がいく。
ナジュドが話していた第二皇子は、198代皇帝を魔法で殺してしまったから、暴魔化してしまったのだ。
ふと、神殿の床の魔法陣に書かれていた言葉を思い出す。
『蛮行に及んだ者は生涯に渡り天恵を除する』とあった。
「暴魔化すると、魔法が使えなくなるってことか?」
「みたいだな。暴魔化した時点で大体無条件に捕縛されて、生涯禁錮されるけどな」
「え、やば」
智希が小さく悲鳴をあげる。
「暴魔化すると、人間じゃない、魔物と同じ扱いになるんだよ。
だからこそ、意図的でなくても魔法で人を傷つけることがないよう、みんな細心の注意を払いながら魔法を使ってる」
なんとも恐ろしい話だが、勧善懲悪という考えでいけば必要な仕組みともいえる。
「じゃあ俺、一歩間違ったら暴魔化してたってことか…?」
「だな。まぁ実際に暴魔化した人間なんてそう多くはいないから、気付ければ大丈夫だろ」
誤って人を傷つけることがないように注意しないと、と智希は肝に銘じた。
しばらくして、懇親会はお開きとなった。
翌日からは仕事に当たる者がほとんどだったので、皆そのまま帰路へと就いた。
「天野くん、楽しかったー?」
「そこそこ。朝倉さん大丈夫?酒飲んだの?」
「え、飲んでないよ。しらふしらふ」
シラフであれだけ盛り上がれるって、コミュ力の天才か?と智希は思ったが黙っていた。
智希と光莉のβ地球メモ【3日目】
https://kakuyomu.jp/shared_drafts/tRP74ISK28h3sDDhuUseFBG7fbenXxnP
カクヨムコン8参加中です。
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