第4章 触れ合ったそのさき

01 金星通り商店街







 翌日。

 午前中、服や下着などの生活必需品を買いに行くことになった。


 エリアルの家のある住宅街から石畳の大通りに出ると、様々な商店が軒を連ねていた。

 昨日はなかった垂れ幕には、『金星通り商店街』と書かれている。


 普段は平日も賑わう通りのようだが、“後退の8年”で軍人や魔導師の多くは戦地に赴いているため、しばらくは週に何日かだけ開店する店が多いとのことだった。


「きゃー!すごいすごい、お店がいっぱい!」

「ヒカリ、前見ないと危ないよ」


 人通りも多く、通行人とぶつかりそうになる光莉をリオンが庇う。


「リオン、とうとう敬語なくなったな」

「ヒカリがしつこいんだよ!呼び捨てしないと帰るとか言い出すから…」

「イヤじゃん、いつまでも壁があるみたいでさ」


 昨日光莉に散々絡まれたようで、リオンが怒った様子で答える。

 あんなに真面目そうなリオンの壁を崩すなんて、光莉は底知れない。


「じゃあヒカリも、『トモキ』って言わなきゃ」

「え?」「え?」


 リイナに言われ、智希と光莉は同時に声をあげる。


「トモキも、『ヒカリ』って」


 リイナが、ずいずいと2人に顔を寄せてくる。

 光莉はリイナから逃げるように言い放った。


「う…うちらはいいの!壁があるの、まだ!」

「はぁあ~????」

「……」


 光莉の言い分に、リオンが訳が分からないという様子で声を上げた。

 光莉の気持ちもわかるので、智希は何も言わずに黙っていた。






「ここで友達と待ち合わせてるんだ」


 商店街の中央の広場のような場所で、リオンがきょろきょろと辺りを見回す。


「あ、いた。ニナ、メイサ!」

「おはよ~!」

「おはよう、2人とも朝からありがとう」


 リオンが声をかけたのは、背の低いふわふわとした可愛らしい女の子と、背の高い美人なお姉さんだった。


「2人は俺たちの魔導学校の同期なんだ。

 1級魔導師のニナ・ベルナールと、メイサ・レオミュールだ」

「初めまして、ニナです。よろしくね」

「メイサだ。お会いできて光栄だ」


 可愛らしいのがニナで、背が高く大人っぽいのがメイサのようだ。

 メイサは見た目通り、きびきびとした口調で2人に握手を求めた。


「僕とリイナは仕事があるから、買い物はニナ達に案内してもらって。

 お金は皇室から出してもらえるから、気にせず使っていいってトゥリオールさんが言ってたよ」

「ありがとな、何から何まで」

「とんでもない」


 4人を残して、リオンとリイナは転移していった。





 商店街には食品や生活用品、衣料品など様々な商品が売られていた。

 魔導具の専門店なんてものもあり、特に賑わいを見せていた。


「これ、なんて言うの?すごくかわいい!」

「寄木細工。この地域伝統の工芸品よ」

「これは?これもかわいい!」

「飾り絵皿。釉薬を特殊な方法で載せて作る焼き物だな」


 伝統的な工芸品のお店もあり、光莉は次々と目移りしながら目を輝かせている。

 ニナはあらかじめ頼まれていたのか、用意してくれていた買い物リストを見ながら呟く。


「絶対買わなきゃいけないのは、下着と衣類と…靴もだね」

「私、新しい歯ブラシ欲しいな~。

 鞄に歯ブラシセットは入れてあったけど…」

「歯ブラシってなに?」


 光莉が言うと、ニナが不思議そうに聞き返した。

 確かに、リオンやリイナが歯磨きをしているところを見たことがない。


「え、歯磨かないの?でもみんな歯キレイだよね?」

「あ、そっか。『浄化』」


 ニナが唱え、智希と光莉の口元を指さした。なんだか、口腔内がすっきりしたように感じた。


「えー!歯磨きも浄化魔法でやっちゃうの!」

「ふふ、スッキリしたでしょ」

「うんうん、ありがと~」


 光莉が驚いた様子で言うと、ニナは得意げに笑った。

 衣服や靴の専門店をいくつか回り、最低限の生活用品を取り揃えた。


 併せて店の案内もしてくれたので、足りない物があれば後で買い足しに来れそうだ。

 休憩がてらカフェに立ち寄り、早めの昼食を摂ることになった。


「へー!ニナは研究所で働いてるんだ」

「魔導師としての仕事もするけど、研究がメインかな。

 所長が2人に会いたがってたよ~」


 各国にある魔導研究所のうち、世界の中心となる皇立魔導研究所でニナは働いているらしい。あのノヴァが所長を務める研究所だ。

 智希がニナに尋ねる。


「研究所って、何するとこなの?」

「いろんな部門があるけど、魔法に関する研究…過去の文献や歴史の研究をする部門もあれば、魔導具開発の部門もあるよ」


 聞く限り研究所は、考古学、史学、理工学など、様々な要素がそろった大学や大学院のような機関らしい。


「魔導師の中でも、特に地頭の良い秀才が集まるところだな」

「へー!ニナは頭いいんだ」

「違う違う、私は単純に研究とか開発が好きってだけ」


 メイサの言葉に光莉が感心の声を上げると、ニナは謙遜して言った。


「メイサは魔導師として働いてるの?」

「あぁ。私もニナも皇宮付きの魔導師なので、国の保安に関わる仕事をしている。

 リオン、リイナも同じくだな」

「皇宮付きって、エリートっぽい響きだな」

「まぁ、そう言われたらそうかもな。

 私とニナはヴァイオレット様の弟子なんだ。昨日の懇親会でトモキと話したと聞いた」

「おぉ、そうなんだ。あの人も強そうだったな」


 1級魔導師になると、皆必ず上の階級の魔導師の弟子につくことになっているらしい。


「魔導師は…ほかにどんな仕事があるんだ?」

「様々だな。

 我々のように国や都市に所属して公務にあたる者、軍隊や研究所に所属する者、民間企業に所属する者、自営で店を開く者…魔法が使えれば仕事はいくらでもあるので、皆能力に応じて働いている」


 智希の問いに、メイサは思いつく仕事をつらつらと並べる。


「じゃあ民間企業だと、『こんな仕事ができる魔導師を募集!お給料はいくら!』みたいに魔導師を募集するってこと?」

「その通りだ。

 募集は魔導協会を通して行うので、求職中の魔導師に魔導協会が仕事を斡旋したりもする」


 その辺りのシステムは、日本と大きくは変わらないようだ。

 昼食のセットに付いていたフルーツを頬張りながら、ニナが言う。


「イオとライルも皇宮付きになれって言われてたけど…結局軍隊に入っちゃったんだよね」

「え、そうなんだ」

「イオは『せっかく“後退の8年”の年に生きてるんだから最前線に出て軍で昇級しまくる』って言ってたな」

「へー、かっけーなぁ」

「イオはただのアホだ」


 メイサは呆れた様子で言うが、イオとライルもなかなか優秀な人材だったようだ。

 しかし、エリートの道よりも戦うことを選ぶなんて、多くの日本人には考えられない思想だろうな、と改めて考えさせられる。









「…ねえねえ、ヒカリとトモキは付き合ってるの?」

「そ、そんなんじゃないよ~!ほんと、全くただのバイト仲間」


 智希がトイレに席を立つと、ニナがひそひそと光莉に尋ねる。


「大変だな。

 知らない土地にたった2人で連れて来られて…辛くはないか?」

「んー、今んとこ大丈夫。1人だと心細かったかもしれないけど、ね」

「そうか。辛いことがあったら、遠慮なく言ってくれ。

 微力だが、食事に付き合うくらいはできる」


 メイサは優しく言いながら、光莉の頭をそっと撫でる。

 光莉は思わず固まってしまう。


「…ねえ、メイサってかっこ良すぎない?」

「でしょ!私の自慢の対の相手だよ~」


 ニナはにこにこ笑いながら答えた。











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