02 初代皇帝の蔵書







 家にこもってばっかいないで散歩でもしてきなさい!…とマリアに追い立てられ、光莉と智希は家を出た。


 家を出る間際まぎわ、リオンが2人に新しい魔法陣の束を渡してくれた。


「名前を書くのを忘れないで。必要なくなれば処分してもらって構わないから」


 それからリオンとリイナは慌てて準備を済ませ、仕事の続きと言ってエリアルの元へと転移していった。


 皇宮に呼ばれたのは『午後』という曖昧あいまいな指定だったので、散歩をして外で軽食を食べてから皇宮に向かうことにした。 


「天野くんって、頭良かったんだね。あんなに色々考えられるなんて」


 結局歩くのに飽きて、商店街の広場のベンチでだらだらと時間を過ごす。


「頭は良くないよ。俺の成績、知ってるでしょ」

「うん。現代文45点、英語32点、世界史38点」

「はは、なんで点数覚えてんの?

 そう、文系科目はボロボロ」


 智希が言うと、光莉はくすくすと笑う。

 バイトの前後で時々一緒に試験勉強をしていたから、お互いの成績はなんとなくわかっていた。


 光莉は文系、智希は理系だったので、互いの苦手分野を埋め合うように教え合っていたのだ。


「でも理系は得意じゃん。

 だから色々、論理立てて考えられるんだろうね」

「うーん、理系も結局理解したあとは暗記がほとんどだしなぁ。文系科目より覚えやすいってだけで。

 朝倉さんは、勉強嫌い?」

「言ったでしょ。私はピアノ以外なーんもないって」


 智希が聞くと、光莉は口を尖らせる。


「そんなことないよ。取り得ある。

 俺、こっちに来て朝倉さんにはかなわないなって何回思ったかわかんないもん」

「えー!?うそだぁ」

「ほんとだよ。

 コミュ力高いし、対応力も高いし、明るいし、元気だし、か…」

「ん?」

「……感情豊かだし」

「それって取り得?」


 智希は危うく、可愛い、と言いそうになり寸前で飲み込んだ。あぶねー、と思わず息を吐く。

 同級生に対してそういう言葉を言ってしまうことには、気恥ずかしさがある。


「でも、朝倉さんのピアノ聞いてみたかったな。こっちの世界にはないのかな」

「ニナが言ってたけど、そもそも音楽っていうものがないんだって。

 だから当然、楽器もない」

「へー!元の世界じゃ考えらんないな」

「ね。きっとこの世界を作った神様は、音痴おんちなんだよ」

「ふはは!ラティア神、音痴なのか」

「きっとそう」


 何気ない会話をしながら、徐々に昨日の気まずさが消えていくのを感じた。

 元の世界にいた頃から智希は、光莉とのこういうやり取りに安心感を覚えていたのをふと、思い出した。







 早めの昼食は、商店街の出店で買ったバゲット。

 おやつ代わりにラスクのようなお菓子を購入し、覚えたての転移魔法で皇宮まで飛んだ。


「あれ? 詠唱せずに来れちゃったね」

「そういや『しゅっぱーつ』としか言ってなかったね、朝倉さん…」


 アイザックは、詠唱なしでの魔法発動はありえない、と言っていた。魔法も案外いい加減なものだな、と智希は思う。


 ロブルアーノがどこにいるのかわからなかったが、皇宮に足を踏み入れると神官らしき人に声をかけられた。


「ロブルアーノ様が図書館でお待ちです」


 そういえば昨日トゥリオールが、「古代の蔵書ぞうしょを見られるように手配しておく」と言っていたなと思い返す。


 2人で図書館に向かう。

 入室すると、部屋の奥でロブルアーノがこちらに向かって手を振っていた。


「こんにちは」

「こんにちは。昨日は大変でしたね」

「いえ…」


 遠慮がちに智希が答えると、ロブルアーノは2人を手招きした。

 奥の展示室まで進むと、蔵書にかぶせられていたガラスケースは全て外されていた。


「昨日はパジャ島で、この魔法を使ったのかい?」

「あ、そうです」

「そうか…」


 ロブルアーノが指したのは、昨日智希が見た蔵書のうち、日本語で『極大水疱ギガントウォータールーム』の詠唱と術式が書かれた蔵書だった。

 智希が答えると、ロブルアーノは神妙な面持おももちになる。


「この蔵書は、神級しんきゅう魔法の一覧ではないかと言われている」


 ロブルアーノの声が、重く低く響いた。

 神級魔法とは皇帝のみが代々受け継ぐ魔法だと、リオンが言っていたのを思い出す。


 そして智希と光莉は神級魔法が使えるのかもしれない、とトゥリオールが昨日言っていたことも。


「しかも、ここにのこされている魔法の多くは皇室にも伝わっていない魔法…

 つまり、初代ギルガメシュ皇帝だけが使えた魔法だ」


 え、と声が漏れそうになった。

 ようやく、ロブルアーノの言葉の重さの意味を理解する。


 確かに普通に考えれば、日本語で書かれている時点でこの世界の人には読めないだろう。

 しかし、まさか皇室にも伝承されていない魔法だとは思いもしなかった。


 そもそも、皇室に伝承されていない神級魔法があるということも知らなかった。


「…どういうこと?

 初代皇帝は、日本語が使えたの…?」

「……そういうことになるのかな」


 日本語云々の話をロブルアーノに聞かせても混乱するだけだろう。光莉と智希はひそひそと話す。


「それを君は、どんな魔法か一度も見たことのない魔法を成功させたというのかね?」

「……見たことは、なかったですね」


 ロブルアーノの言葉になんとなく否定的な圧を感じ、智希は控えめに答えた。


「私はまだ、判別しかねている。

 君たちが本当にこの…初代皇帝の遺した魔法を知るに相応ふさわしい人物なのかどうか」


 智希たちをじろりと見遣って、ロブルアーノはこれまで見たことないような冷たい目を向ける。


 智希は、答えられなかった。

 正直、そこまで重たいものだとは考えていなかったからだ。

 浅はかだった、と心の中で猛省もうせいする。


「どうかね。

 君たちは本当に、我々の味方なのか?

 我々にとって脅威となる存在ではないと、言い切れるか?」


 智希はごくりと唾を飲んだ。

 わざわざ立場を悪くしてまでこの世界の人を裏切る気なんて毛頭もうとうないが、それをどう説明しどう証明すれば良いのかわからなかった。


 とにかく黙って、時間が過ぎるのを待つしかない……


「……あのですね、ロブルアーノさん」


 …と思いきや、口を開いたのは光莉だった。

 ぎょっとした顔で、智希は光莉を見遣る。


「黙って聞いてりゃ、なんですか?その言い草」


 光莉は完全に苛立いらだっていた。本音を隠すことなく、ロブルアーノに言葉をぶつける。

 智希は度肝どぎもを抜かれ、もはや見守ることしかできない。


「私たち、元の世界に戻れないんですよ?

 それこそ、少なくとも8年はこの世界で過ごさなきゃいけないのに、なんでわざわざあなた達を敵に回すようなことをするの?

 せっかくこの世界で過ごすなら、役に立てるように働くよ」


 苛立ってはいるようだが、言っていることは間違っていない。

 智希は、いいぞいいぞー、と心の中でエールを送る。……非常に情けない。


「でも私達だって、誰が敵か味方かちゃんと見極める。あなた達が味方するに値しない人達だったら、当然裏切ることだってあるよ。

 そうなったとしてもそれは、私たちに裏切られるようなことをしたあなた達が悪い!」

「くっくっくっく……」


 光莉がそう言い放つと、背後から笑い声が聞こえてきた。


「すまんな、ロブルアーノ。妙な小芝居を頼んでしまって」


 智希と光莉の後ろに立っていたのは、まぎれもない、皇帝陛下ナジュド・ギルガメシュだった。


「……恐れ入ります、陛下」


 ロブルアーノは元の柔らかい表情に戻り、深々と頭を下げる。


「君たちがどんな人物なのか、見極めたかったのだ。

 見苦しいことをしてしまった、すまない。許してもらえるか?」

「なるほどね。いーよ、許してあげる」

「ラティア神が見初めた2人だ、信用していないわけではない」


 口を尖らせて軽口を叩く光莉に、智希は再び恐れをす。

 やはり光莉は底知れない、敵わない。


「それほど大切な魔法をたくすのだということだけは、わかってほしい。

 我々も君たちに裏切られないよう、正義を尽くさねばな」


 ナジュドの言葉に、智希は思わず頭を下げた。


「念の為、付き添いだけはさせてもらう。

 しかし私達のことは気にせず、自由に見て、学んでくれ。

 時々質問をさせてもらえると、ありがたい」

「いや、そんな…もちろんです」


 ナジュドに言われ恐れ多いとばかりにかぶりを振りながら、智希はおずおずと蔵書に目を向ける。


(劣化がほとんどない…魔法がかけられてるってのは、ほんとなんだな)


 慎重にページをめくる。

 1ページに1つ、魔法の術式と詠唱ばかりが書き記されている。蔵書はかなり分厚く、100ページ以上あるようだった。


 蔵書はその他に4冊あった。

 残りの4冊も同じように魔法が記されており、全て100ページを超える大作だった。

 つまりこれだけで、500種類の魔法が存在することになる。


「これだけの蔵書が5冊もあるって、やべーな…」

「いえ、5冊ではありませんよ」


 そう言ってロブルアーノは、更に奥に続く部屋のドアを開けた。


「同じものが、あと30冊あります」


 智希は、気を失いそうになった。





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