第3章 神級魔法

01 世界地図








「……くん」


 全身が重かった。どこからか声が聞こえたが、またすぐ意識を手放した。


「…まのくん。天野くん」


 声の主に気付き、ぱちっと目を開ける。

 ベッドの脇に光莉が座っていて、慌てて起き上がった。心臓がドクドクと跳ねている。


「おはよ。ごめんね、入っちゃって。外から声掛けても全然起きなさそうだったから」

「い…や、おはよ。すげー熟睡してた…」

「昨日疲れたもんね。リオンとリイナまだ寝てるから、静かに降りてこいってマリアさんが」


 深呼吸をして、跳ねる心臓を落ち着けた。

 昨日はなかなか寝付けず、明け方近くにようやく眠りにつけた。

 昨日の今日で、まだ智希は光莉を意識してしまっていた。落ち着け自分、と頭をぶるぶる振る。


 階下に降りると、朝食を出しながらマリアが言う。


「おはよう。リオンからの伝言で、今日も午後から皇宮こうぐうに行ってほしいって。転移魔法で行けるかって言ってたわ」

「わかった。行けると思うよ」

「ロブルアーノ様を尋ねてほしいみたいよ」


 ロブルアーノは、たしか神官しんかんだったか。

 何の用だろう、と思いながら智希は席に着く。今日も、マリアの食事は美味そうだ。

 リオンとリイナは、明け方近くに帰ってきたようだ。ちょうど智希が寝付いたぐらいの時間だった。


 食事を終え、マリアが淹れてくれたハーブティーをすすりながら新聞を開く。

 『パジャ島大型ファイアドラゴン撃退』との見出しがあったが、あまり詳しいことは書かれていなかった。


「あ」

「ん?」

「朝倉さん、これ見て」


 新聞には世界地図が載っており、現在戦闘が行われている国と地域名が書かれている。

 その中のひとつが王国エディアのパジャ島であり…


「え!昨日いたとこ、日本なの!?」

「そうみたい。

 あのでっかい山、やっぱ富士山だったんだな……」


 そう、昨日ドラゴンを倒したあの場所はまさに、日本の富士山のふもとだったのだ。山の大きさや色、形からしてそうじゃないかとは思っていたが。

 そうか、と智希は立ち上がる。


「朝倉さん、教科書持ってる?」

「へ?………あ!あるある」


 智希も光莉も、勉強はさほど得意ではない。…が、唯一元の世界から持ってきた通学鞄は、知識の宝庫のはずだ。

 2人は、2階の部屋から教科書をすべて下ろしてきた。リビングのテーブルに、どさっと並べる。


「化学、生物、地学、地理A、世界史A、家庭総合、保健…最強のラインナップじゃねぇか」

「おーっ!!」


 光莉はパチパチと拍手をする。

 2人とも、ほぼ毎日使う英語や数学などの教科書は教室に置きっぱなしにしているだけのことだった。


「何かする?私にできることある?」

「あるある。朝倉さん、この教科書の地図に書き込みしてもいい?」

「全然いい!」


 光莉の地理Aの教科書に、元の世界の世界地図が載っていた。


「これが今いる世界の世界地図。

 大雑把おおざっぱでいいから、国の名前とか地域の名前を書き写して」

「りょうかーい」


 智希の方は、地学Aと新聞の地図を見比べながら、戦闘が起こっている地域の地形などを調べていく。






「できたっ」

「おー、さんきゅー」


 光莉が書き込んだ世界地図、新聞に載っている戦闘地の地図、そして智希がまとめたノートを見比べる。

 智希は「やっぱり」と呟いた。


「なになに?」

「戦闘地が……」

「おはようございます」


 智希が言いかけたところで、リオンとリイナが起きてきた。


「わ、すごい。なんですか、この本?」

「俺らの世界の、教科書」

「紙が薄い…色もキレイ」


 リオンもリイナも、教科書の質に驚いている様子だった。


「俺たちの住んでた国でファイアドラゴンが出たってわかって、戦闘地の場所とか環境を調べてたんだ」

「え、お2人はパジャ島に住んでたんですか?」

「元の世界でね。元の世界では日本っていう名前の国だった」


 智希は地学の教科書をパラパラとめくり、日本の火山や地質について記載されたページを開いた。


「パジャ島は、世界でも有数の火山の国だ。

 今回ドラゴンは、パジャ島で最も標高が高く昔は噴火を繰り返していた…俺たちの世界でいう、富士山という山の近くに現れた」


 皆、うんうん、と頷きながら聞いている。

 勉強熱心もほどほどにね、とマリアは呆れたように鼻を鳴らし、リビングテーブルの空いている場所にサンドイッチの皿と飲み物を置いてくれた。


「これまでに発見されている大型のドラゴンは、ファイアドラゴンのみ。

 さかのぼって、37世紀。初めて大型のファイアドラゴンが発見されたのが、ここ」

「私達の世界でいう、インドネシアね」

「そう」


 光莉は自分が書き込んだ元の世界の地図を見ながら言う。

 智希はそこに小さく丸を付ける。


「次に、38世紀。この時は3頭の大型ファイアドラゴンが発見されている。

 俺たちの世界でいう、フィリピン、メキシコ、チリだ」


 言いながら智希は、その3か所に丸をつける。

 そして今度は、地学の教科書のページをいくつかめくって開いた。


「地図の印を、この教科書の図と見比べると…」

「かんたいへいようかざんたい…?」


 光莉は、智希の開いたページのタイトルを読み上げた。


「そう。日本、インドネシア、フィリピン、メキシコ、チリ。

 これらはすべて環太平洋かんたいへいよう火山帯に位置する国で、いずれも大きな活火山を有している国だ」

「……つまり、火山のある地域に大型のファイアドラゴンが生息してる…ということですか」


 リオンは理解した様子で、腕を組みながら言う。


「野生で生息してるのか、そこで魔族によって育てられてるのかはわかんないけど…ファイアドラゴンが育つのに適した環境なのかもしれないな」

「…じゃあ、今回もこのカンタイヘイヨウなんとかの辺りに注意してればいいってこと?」


 今度はリイナが、サンドイッチを頬張ほおばりながら言う。


「…そう思って調べてたけど、今回はそうでもないような気がする」

「えっ、どういう…ことですか?」


 智希の言葉に、リオンが聞き返す。

 智希は再び、光莉の教科書の地図を拡げ、横に新聞の戦闘地域の地図を並べた。


「いま大きな戦闘が起こっているのが、王国アミリア中部と、氷の大地の南基地と、王国イージェプト北東部。

 俺たちの世界で言う、アメリカ中部、南極、それにエジプトのサハラ砂漠の辺りだ」

「…火山とはあんまり、関係なさそうだね」


 光莉は首を傾げる。

 智希の話の流れでいくと、火山帯での戦闘が増えそうなものだが。


「リオン、この辺りは人口の多い地域か?」


 智希が尋ねると、リオンはかぶりを振る。


「いえ…どこも過疎地かそちか人の住まない地域です。

 特に僕たちが今派遣されてる氷の大地なんて監視基地しかありませんし、なんでこんなとこで魔族が暴動を起こしたのかってみんな首を傾げていました。


 今の戦闘地はどこも魔族の領地の近くではあるんですが、氷の大地なんて魔族にとっても住みにくい環境でしょうし、そこまでして領地をひろげたいとも思えません」


 リオンの説明を聞きながら、光莉は唇をとがらせる。


「そもそも魔族の領地って、どこにあるの?」


 光莉が尋ねると、リオンはより詳細な世界地図を出してきた。

 地図には点々と、赤く塗りつぶされた地域がある。


「世界中に点在していて、進入禁止区域として政府が境界を設定しています。

 そういう土地は魔素まそが高まりやすいから人間は不用意には近付けません」

「でも、領地がわかってるなら“後退の8年”以外の時に攻め込めば倒せるんじゃないの?」


 光莉が言うと、リオンは首を横に振る。


「攻め込んでもせいぜい集落ひとつつぶせるくらいで、なぜか魔族本体は叩けないようです。

 魔素が高いので人間は長くは魔族の領地内にいられませんし、そもそもちゃんと調べられてはないんだと思います」

「なにか、姿を隠す手段があるのかもしれないな」


 だから“後退の8年”を待って迎え撃つしかない、ということのようだ。


「今の状況を踏まえると、今回の魔族の狙いは一般市民や領地じゃなく暴動を止めにやってきた魔導師や軍人って可能性が高い。


 そして憶測だけど…今戦闘が起こっている地域に、大型のドラゴンが現れるんじゃないかと…思う」


 リオンとリイナは、眉間に皺を寄せる。


「前々回37世紀は大型ファイアドラゴン1体、前回38世紀は3体。今回もきっと数は増やしてくるだろう。

 ただ、前世紀で水、木、土の中型ドラゴンが投入されていることから考えると…」

「火属性以外の大型ドラゴンが現れる…ということですか」

「そういうこと。ほんとただの憶測だけどな」


 リオンの言葉に智希が頷くと、リオンは頭を抱えた。


「……そうか、ドラゴンを育てるのに適した環境と考えたら…この3か所は絶好の場所ですね…」

「あぁ」

「え、え、どういうこと?」


 リオンは理解したようだが、光莉はいまいちピンと来ていない様子だった。

 智希は地図を指しながら説明する。


「いま大きな戦闘が起きてる3か所。

 わかりやすいのは、エジプトのサハラ砂漠。砂に関するドラゴンが現れると予想できる。


 南極はどの季節も氷点下の地域で、周囲は海に囲まれてる。水や氷に関するドラゴンが現れるだろう。


 アメリカ中部は、俺たちの世界でも竜巻が頻発ひんぱつしてる地域だ。そう考えると、風に関連するドラゴンが現れると予想できる」


 智希の言葉に、リオンは真剣な表情のまま言う。


「……間違いないと思います。

 今のうちに対策を打てるよう、師匠に伝えてみます」

「あくまで予想だからな」


 リオンの言葉に、智希は肩をすくめて答える。

 そしてもうひとつ、伝えるべきか迷いながら言葉を並べる。


「……ただ、魔族の狙いが一般市民じゃなく魔導師や軍人ってことを考えると、ここから先の予想の方が怖いかもな」

「……え?」


 住民を狙い、領地を拡大する…それが魔族の目的であるかのように、リオンは以前説明していた。


 しかし、今回の魔族の狙いがそこではないとしたら。


「魔族の大軍や大型ドラゴンが現れれば、当然そこに人員がかれる。

 被害を受け、戦闘要員は皆疲弊ひへいする。エリアルさんやリオン、リイナがいい例だ。


 大型ドラゴンをぶち込みまくって被害を与えて、そのタイミングで魔族が狙うとしたら、やっぱりここ、だよな」


 智希は、世界地図のスペインの辺りを指さした。


「……帝都ていとが狙われるってことですか」

「うん。人間がこの戦いを今世紀で終わらせたいのと同じように、魔族も戦いを終わらせようとしているなら…

 最終的に狙うのは、帝都だもんな」


 帝都は、いわゆる首都だ。

 首都を陥落かんらくさせれば、その戦争に勝ったも同然といえる。


「ま、全部予想だ。実際のとこはわからん」


 わからんけど、多分そうだろうな。智希はその考えは、言葉にしなかった。

 それはリオンやリイナの前で軽々しく口にしていい言葉じゃないと、そう思ったからだ。


「そもそも、ドラゴンって人間に気付かれずに育てられるものなの?」


 光莉がリオンらに尋ねる。

 確かに、元の世界では衛星などの技術が発展し、核兵器の所持さえも上空から見つけることができ他国にまるわかりだった。


「可能だと思います。

 地下だとまず気付かないし、地上だとしても…魔族の領地だったら気付けません。

 上空から住処すみかを確認したりするわけでもないので」


 『浮遊』魔法はあっても、滞空時間や高さなどに制限があるのだろう。

 今のところ、ドラゴンの存在を確認する術はないようだ。


「魔法で空は飛べないの?」

「『浮遊』は浮かべる程度です。

 数十人集まってようやく人1人を数メートル持ち上げられるってとこですね」


 リオンの返答に、光莉はがっかりした様子で言う。


「魔法っていったらスイスイ空飛べるイメージだった…」

「はは、確かに。ほうきに乗って飛ぶイメージだよな」


 2人とも完全に、眼鏡で額に傷のある主人公の超有名ファンタジーのイメージだった。


「箒?! お2人の世界では箒で空を飛んでたんですか?」

「乗り心地悪そう…」


 リオンとリイナは、訳が分からないというような顔で言う。


「いやいや、箒では飛ばないよ。

 そもそも魔法がないから、もし魔法があったらっていう空想の物語が色々あったんだ。

 俺らの世界では、なんていうのか…燃料燃やして金属の鳥みたいなのに乗って飛んでた」

「金属が空飛ぶの?!?!」


 リオンとリイナには、箒で飛ぶことよりも飛行機の方が衝撃的だったようだ。






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