09 熱のあがる距離感で













「…つまり、ヒカリ殿は魔法陣なしに、完全詠唱を行って転移したということですか?」

「そういうことになる。

 しかもヒカリは、魔法陣の字の間違いを『書換かきかえ』したのだ」


 うっすらと、男性2人の会話が聞こえる。


「…召喚者というのは底知れませんね」

「あぁ、今回がほぼ初めてのようなものだからな。前例のないことばかりだ。

 研究所にも連絡を入れなければな…」


 声の様子からトゥリオールと、儀式の時に居た偉い軍人だろう、と智希は思った。


 はっ、と状況を思い出し、智希は慌てて起き上がる。


「光莉は!?」

「おぉ。起きたか、トモキ」


 トゥリオールは落ち着いた口調で答えた。


「すっかり元気になってテントの外にいるよ」

「呼んできますよ」


 偉い軍人はそう言って、テントの外に向かって「おーい、トモキ殿が目覚めたぞー」と声を上げる。

 その途端、駆け足の足音がテントに向かってきた。


「天野くん!」

「お、おう」


 あんなに光莉のことを心配しておきながら、光莉が自分よりも元気そうにしている姿を見て、智希はなんだか恥ずかしくなった。


「ごめん、ごめんね。私が飛んできちゃったせいで危ない目に遭わせてほんとにごめん!

 大丈夫?怪我してない?」

「だ、大丈夫。

 ひか…や、朝倉さんこそ、大丈夫?」

「私は平気!

 ねぇ、経口補水液まで作ってくれたって聞いた。ほんとありがとう、ごめんね」


 そのうえむしろこんなに心配をかけてしまったことで更に恥ずかしくなり、緊急時とはいえ勝手に下の名前を連呼していたことも恥ずかしくなり、一気に身体の熱が上昇するのがわかった。


 光莉の勢いに、トゥリオールが笑いながら言う。


「はは、そのくらいにして、“マナの混和こんわ”をしなさい。そうすれば元気になるから」

「そっか! やろやろ。このままいけるかな」


 いやほんと今は無理、と思ったがあらがうことはできなかった。


 智希はベッドに腰かけたままの格好で、光莉が自身の爪先を智希の爪先とつき合わせた。

 ベッドに置いた智希の手に、光莉が手を重ねる。


 智希が光莉を少し見上げるような形で、ひたいと額を合わせる。

 いつもは智希が腰をかがめる側なのに、それが逆転するだけでこんなに恥ずかしいなんて。


「天野くん、おでこ熱いよ? ほんと大丈夫?」

「……だい、じょうぶ」


 頼むからこの状態で喋らないでくれ、と智希は軽い苛立いらだちを覚える。

 あまりの恥ずかしさに、体温が2度くらい上昇したような気分だった。


 “マナの混和”が終わりようやく光莉と離れた時には、智希は先ほど以上に疲れたような気がしていた。


「そろそろ入っていい?」


 ニヤニヤと笑いながらテントの中に顔を突っ込んできたのは、先程智希と共に光莉を助け出してくれたイオだった。

 いつの間にか、トゥリオール達はいなくなっていた。


「ヒカリ、リオンが2人の着替え持ってきてくれてるよ。

 エリアルさんとリイナも心配して様子見に来てる」

「わかった、受け取ってくるね」

「ありがとう、朝倉さん」


 光莉も智希も火で服が焼け、所々破れていた。それを気遣ってリオンが着替えを届けてくれたのだろう。

 光莉がテントを出ていくと、イオはますますニヤニヤ笑う。


「なーにが『アサクラさん』だよ。

 ヒカリヒカリって呼んでたじゃねーか」

「うるっせーな…! ほっとけ」

「青いね~、可愛いね~トモキちゃん」

「……何しに来たのお前」


 イオは益々面白がってからかってくる。

 智希自身が気にしていたことを口に出されて、再び恥ずかしさがこみ上げてくる。


「水分補給と、火傷やけどないか全身見てこいってさ、服脱げ」

「……くそー」


 智希より幼そうな見た目だが、イオの方が二枚も三枚も上手のようだった。

 助けてくれたことは感謝しているが、たいして話したこともないのに失礼な奴だ。


 智希は水をコップ1杯飲み干した後、服を脱いでいく。


「まだ、あれか?片思いってやつか?」

「そんなんじゃねーよ。

 なんとも思ってなかったからこそ、こういうのが恥ずかしいんじゃん…」

「お、智希は童貞か! そうかそうか~」

「マジでお前殺す…」


 智希の反応がいちいち面白いようで、イオはケラケラと笑いながら智希の身体を確認した。

 「火傷は大丈夫そーだな」と言い、イオは智希の背中をぱんっと叩く。


「着替え持ってきた…え、わ!」


 着替えを受け取って戻ってきた光莉がテントに入ってきたかと思うと、すぐに出ていった。


 下着一枚で上も下も素っ裸の智希の姿に、驚いたようだった。


「ひゃっはっはっ、いいねえ~お前ら」

「もう勘弁して…」


 自分をからかい続けるイオに、智希は頭を抱えるしかなかった。








 服を着替え、テントの外に出た。

 外はいつの間にか明るくなっていて、ドラゴンが地面に横たわっていた。

 横たわるドラゴンの体長は15メートル近くあり、間近で見るとその大きさに圧倒される。


「トモキ!! 心配した、大丈夫?」

「うん、大丈夫。心配かけてごめんな」


 テントの外では、リオンとリイナが待ってくれていた。

 リイナが心配そうな表情で駆け寄ってきたので智希は笑顔をつくる。


「本当に申し訳ありません!! 僕のせいで2人を危ない目に遭わせてしまい……」

「リオンのせいじゃねーよ、大丈夫だから」


 落ち込んでいる様子のリオンを励ますが、やはり申し訳なさそうな表情は変わらなかった。


「凄かったな。完全にノックアウトしてるぜ、あいつ」


 ドラゴンに『捕縛ほばく』の魔法をかけていたのは、召喚の時にイオと共にドラゴンから助けてくれたもう1人の若い軍人だった。


「えーっと、ライルだっけ? あの後、どうなったんだ?」


 確か、名前はライル。リオンがそう呼んでいた気がする。


「水に包まれてしばらくモゾモゾしてたけど、数分で動かなくなったな。

 しばらく様子見てたが、お前が気絶したのもあってかだんだん水が無くなってこの状態になった。


 他の魔族は数十人捕まえたが、騒ぎに乗じて親玉は取り逃がしちまった」


 ライルの言葉に、智希は「そうか…」と零す。


「まぁドラゴン自体は使役しえきが解けてるみたいだから、ほっときゃこのまま野良ドラゴンになるだろうな。

 その前に軍が連れて帰るだろうが」

「人間が使役することはできないのか?」

「それはムリ。

 俺らは魔獣の言葉がわかんないから」


 へぇ、と智希は答える。

 魔族を取り逃がしたのは申し訳ないが、ドラゴンに関しては大丈夫そうで良かった。


 使ったこともない魔法をむやみに使うもんじゃないな、と改めて思う。

 後がどうなるか想像つかないし、今回みたいに気絶してしまったら皆に心配をかけてしまう。


「お、ノヴァ所長」


 ライルの言葉で、駆け足でこちらにやってくる白衣姿の人影に気付いた。


「召喚者様ぁあああ!!!!」

「所長、待って!

 怪しまれるから、落ち着いて…!!」


 部下のような人に後ろから必死に引き止められつつも振り切りながらこちらに向かってくる白衣の人影に、智希は思わずライルの後ろに隠れた。


「所長、召喚者サマ引いてるよ」

「ライルくーん、だってだって魔法陣の『書換』だよ?

 魔法陣なしの『転移』に、見たこともない魔法!

 もう、もう、もう、召喚者様をずーっと監視したいっ」

「…一応この人、魔導研究所の一番偉い人。

 発言はヤバいけど頭はすげーいいの」


 ライルも智希もドン引きしながら所長を見遣る。トゥリオールとエリアル、光莉もやってきた。


「ノヴァ、その辺にしとけ。

 召喚者サマが何も話してくれなくなるぞ」

「はっ……」


 白衣のノヴァは両手で自分の口を塞ぐが、もはや手遅れだった。







 仮設かせつ基地のテントで、智希、光莉、トゥリオール、ノヴァ、エリアル、そして偉い軍人(アウグスティンというらしい)がテーブルを囲んで座った。


 ノヴァは、皇立こうりつ魔導研究所の所長…つまり魔法の研究に関して世界で一番偉い人、らしい。


 比較的若く見えるが、モジャモジャの髪の毛のせいで男か女かは判別がつかない。

 トゥリオールが、光莉に質問する。


「まずは、魔法陣なしの『転移』からだ。

 あの時ヒカリは、リオンの魔法陣を見ながら転移魔法の完全詠唱をしたのだな?」


 リオンは魔法陣に名前を書いていた。

 記名された魔法陣は通常持ち主以外には使えないはずだと、トゥリオールは言った。


「わかんないけど…魔法陣に書いてある言葉を読んだだけだよ」

「古代シュメール語を、読んだってこと…?!」


 ノヴァの反応を見て、光莉はひそひそと智希に話しかける。


「読んだってかあれ、日本語だよね…?」

「だな。この世界では日本語が、古代語だと思われてるらしい」


 変なの、というように光莉は口を尖らせる。

 トゥリオールは質問を続ける。


「では、術式じゅつしきは?

 転移の術式は、解読がされていないはず…」

「術式も魔法陣に書いてあるよ。

 なんとなーくわかるってくらいだけど…」

「術式も理解できるというのか…?!」


 智希が答えると、アウグスティンが驚きながら自身の魔法陣を取り出した。


「たぶん俺たちはこの世界に召喚された時に、いろんな言語が理解できるような能力をもらってるんだよ」


 智希と光莉で術式がどうなっているのか簡単に説明するが、複雑すぎて皆には理解できない様子だった。


 ただ一人ノヴァだけは、ウンウンなるほど、と聞いていた。


「つまり、術式と詠唱が理解できたから『転移』ができたと…」

「魔法陣を! 魔法陣を書き換えたってのは?!

 何がどう間違ってたの…?!」


 トゥリオールがぼやくと、今度はノヴァが身を乗り出して尋ねる。

 光莉はアウグスティンの魔法陣の文字を辿たどって、指さす。


「ほら、ここ。

 《のぞむ地》が《望む池》になってるよ」

「ッハーーー!!!」

「だから転移先がずれたり、たまに池や川に落ちてたのね…」

「模写、転写を繰り返すうちに微妙に変わってきてしまったんだろうな」


 ノヴァは気絶しそうな悲鳴を上げている。

 それを気にする素振そぶりもなく、エリアルとトゥリオールが独り言のようにぼやく。


「では、ドラゴンを倒したあの魔法は?

 見たこともないものだったが…」


 今度はアウグスティンが智希に質問する。


「あれは図書館の古代の蔵書の展示で見て、それで術式を覚えてたみたいで…。

 使えそうな気がしたから、使ったら使えました」

「見たこともない魔法を、か……?」


 智希が頷くと皆、押し黙ってしまった。


「やめよう。今日は皆疲れている」

「そうですね…」

「えー!!もっと話聞かせてよ~」


 トゥリオール、アウグスティンは疲れた様子だが、ノヴァだけは一人元気だった。


 古代シュメール語(智希たちにとっては日本語だが)が読め完全詠唱とやらができたこと、術式を解読できたこと、一度も見たことのない魔法を使ったこと。

 どれもこの世界の常識からは外れているようだ。


「……あのドラゴンを倒した魔法はよほど強力な魔法だったのか?」

「どうかな。

 その前に『巨大砲ヘビーキャノン』400発撃って、『転移』して応戦もしたから単純に魔力が底ついたのかなって…」

「待て待て待て。

 “マナの混和こんわ”をしないままあれを撃ったのか?」

「え、あ、はい」


 智希の返答に、トゥリオールはわなわなと震え始めた。


「トモキ!ヒカリ!!」

「「は、はい!」」

「お前たちはなっとらん!

 もっと頻回ひんかいに混和をしなさい!死にたいのか!?」

「「ご…ごめんなさい…」」


 トゥリオールの怒りは、もっともなものだった。

 魔力を充填じゅうてんしないまま大きな技を使ったせいで、智希は倒れてしまったのだから。


「今は大丈夫かもしれないが、これから魔族側もお前たちの存在に気付くだろう。そうすれば、いつ何時なんどき狙われてもおかしくはない。

 いいか、常に魔力は満タンにしておけ。

 わかったか!!」

「「はいぃ!」」


 トゥリオールの圧に押され、2人は大きな声で返事をした。









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