08 光莉が消えた









「あのな!詠唱なしとかありえねーんだよ!

 しかも両手で同時にあんな何回も撃つってどうなってんだ!?

 やっぱ化け物だなテメー!!」


 アイザックは唾を飛ばして怒りながら、智希の『生成』したパンケーキにかぶりつく。

 アイザック、智希、光莉のほかに、様子を見るため戦場から一旦戻ってきたエリアル、トゥリオール、リオン、リイナが合流した。

 休憩室で食事を平らげながら怒るアイザックに反論するように、エリアルが言う。


「アイザック、あんた見てたんじゃないの?

 何のためにあんたを指導に付けたと思ってんのよ!」

「そ、それは、図書館に置いてかれて…」

「アイザックさんが寝てたから、起こすの悪いかなって」

「寝ていただと?」


 エリアルに怒鳴られ、寝ていたことがバレてトゥリオールさんからは拳骨げんこつを食らって、アイザックは散々な様子だった。


「それにしても、無詠唱むえいしょうの二重発動か…」

「どっちも聞いたことないですね。

 皇族すらそんなことできるのかどうか…」


 トゥリオールとエリアルは腕を組みうーん、と唸った。


「あはは、これ書き間違えてる」


 光莉は食事を終え、リオンの持つ魔法陣を見せてもらっていた。

 2人はまだ魔法陣を持っていなかったので、光莉は魔法陣がどんなものか見ていたようだ。

 その中の一枚を指し、光莉が言う。


「これ、『転移』の魔法陣でしょ?

 《望む地を》が《望む池を》になってる」

「え、どういう…」

「ほんとだ。

 《地》と《池》じゃ大違いだな」


 智希が横から覗き込むと、確かに魔法陣の日本語の文字が間違って書かれていた。


「あ、書き換えてあげる。『書換かきけ』!」

「え、ま、魔法陣を!?」


 覚えたての生活魔法で、光莉は文字を修正した。


「できた!

 《かの地への転移を望むなら、手を取り合い望む地を想起せよ》だね」


 魔法陣の文字を読み上げた途端、ふ、と光莉の姿が消えた。


「……え?」


 状況が理解できず、智希は思わず声をもらした。


「え、え!?」

「まさか、魔法陣なしに転移したの!?」

「どーいうことだ!?

 まさか今ヒカリが言ったの、転移魔法の完全詠唱か!?」


 エリアル、アイザックが困惑した様子で言う。

 いやいやそれどころじゃない、と智希は慌てて立ち上がった。


「それより、光莉はどこ行ったんだ!?」

「あ、つ…ついの『探知』で!」


 リオンに言われ、智希は急いで対の『探知』魔法を発動する。

 目を閉じると、頭にビジョンが浮かぶ。

 特徴的な形の山、火のドラゴン、戦う軍人や魔導師たち……


「今朝の新聞に載ってたとこかな…?! 火のドラゴンのいる…!」

「パジャ島か!」


 そうだ、新聞にはそんな島の名前が書かれていた。まさか、最前線に転移してしまったというのか。


「助けないと!転移していいか!?」

「待て待て!

 エリアルは陛下へ報告を。リオン、リイナは神官へ状況を伝えろ!

 トモキ、俺とアイザックを連れていけ!」


 トゥリオールの指示で皆が一斉に動きだす。

 智希はトゥリオールとアイザックの手を取って、対の『追跡』で飛んだ。







 瞬間、暑さでくらみそうになった。

 尋常じゃなく大きいファイアドラゴンの熱で、身体がゆだるのを感じる。


 こちらは夜中のようだったが、ファイアドラゴンの火に照らされ周囲はよく見える。

 ちょうど光莉のいる場所に転移できたようで、すぐに姿を見つけられた。


 前線にも関わらず周りには人間も魔族もおらず、光莉は死角となる場所に転移していたようだ。

 背後ではドラゴンがそこら中に火を放っているが、魔族が傍にいなかったのは幸いだった。


「光莉! 光莉! 大丈夫か!?」

「う…ん、暑くて、ねっちゅーしょーみたいな…」

「『生成・経口補水液けいこうほすいえき(ORS)』!」

「お、おーあーるえす…?」


 トゥリオールが、智希、光莉、アイザックに『温熱耐性』の魔法をかける。暑さが少し和らいだ。


 光莉の反応はあるが、意識はやや混濁こんだくしかかっている。

 アイザックの気の抜けたような言葉は無視して、生成した経口補水液を光莉の口内に流し込んだ。

 「美味しい…」とつぶやいて、光莉は気を失う。


「光莉! 光莉!!」

「おいおいおい、なんでここにいる!?」


 騒ぎに気付いてやってきたのは、若い軍人だった。


 見覚えがあると思ったら、エレベーターを降りて最初にドラゴンに襲われた時に助けてくれた、2人の若い軍人のうちの1人だった。

 確か、名前はイオと言ったか。


 ドラゴンがこちらに気付いて、火を放ってきた。アイザックが岩の壁を作り、炎を防ぐ。


「間違って転移しちゃったんだよ!運ぶの手伝ってくれ!」

「おう!」


 トゥリオール、アイザックがドラゴンに応戦している間に、智希とイオは光莉を林の中へ運んだ。

 しかしドラゴンはこちらが気になるようで、追いかけるようについてくる。


「なんだあいつ、なんでこっち来るんだ!」

「魔獣ってのは魔力の強い奴に寄ってくるから…お前らはいま格好の標的だな!」


 イオはけらけらと笑いながら、水魔法を連射する。

 そうか俺も応戦すればいいのか、と気が付き、智希も水属性の皇級魔法を連発するが、ドラゴンが大きすぎて水もすぐに蒸発してしまう。

 かといって大きすぎる水魔法を使えば、周囲の人間も巻き込みかねない。


 こんなんじゃらちが明かない、と思った時、ふと頭に浮かんだ魔法があった。


「『極大水疱(ギガントウォータールーム)』!!!」


 すると、ドラゴンの足元から大量の水が湧き出てきた。

 初めこそ熱で蒸発していたが、それも追い付かないほどの大量の水が溢れ出て、つドラゴンの身体をおおうように集合していく。


 ドラゴンは困惑した様子で暴れるが、水の膜のようなものに徐々に包まれていき、最後は頭頂部まですっぽりと巨大な水の塊に包まれてしまった。


「ほっときゃそのうち窒息死するだろ……」


 大量の魔力を使ったせいか、智希はその場でばたんと倒れ込んだ。









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