07 私にできること











 その頃光莉は、エリアルに連れられ魔導学校へとやってきた。

 事情を説明し、午後の最後の授業に特別に参加させてもらうことになった。


「ヒカリさんは召喚者様。この世界を救うために、別の世界から来てくださいました。

 皆さん、今日は一緒に魔法の基礎を学びましょう」

「「「はーーーい!!」」」


 ブランディーヌ先生は高齢の女性教師で、6歳児が中心の初等部1年のクラスを担当していた。

 授業は広い芝生の屋外で行われていた。


「今日は、魔力のコントロールの訓練です。

 魔力のコントロールは、身体に留める、放出する、操作する、供与きょうよする。この4要素から成ります」


 ブランディーヌ先生は、子供たちにもわかるように実践を交えながら説明してくれた。


 身体に留める=身体の周りにまとうこと。

 操作=形成することで、魔力の放出で作り出した水や土で壁を作ったり、炎を球状にして投擲とうてきする時などに使う。


「最後に、供与です。

 試しに、ペアを組んで相手に魔力を供与してみましょう。魔力をそそぎ込むようなイメージです」


 光莉は、ブランディーヌ先生とペアを組んだ。


「ゆっくりと魔力を注ぎ込みましょう。供与しすぎると、反発が起こります」


 光莉はブランディーヌ先生の背中に手を当て、慎重に魔力を注ぎ込んだ。


 ゆっくりと注ぎ続けるとあるタイミングで、注いだ魔力があふれるかのようにブランディーヌ先生の全身が光り始めた。

 光莉は、魔力の供与を止める。


「そう、よくわかりましたね。今のが魔力容量がいっぱいになったサインです。


 いいですか皆さん。魔力容量を超える魔力の供与は、一般的には不可能です。

 それ以上の魔力を供与しようとしても、必ず反発が起こります」


 先生が言うと、生徒の1人が不満げに言う。


「えー、じゃあ、たくさん魔力を使いたい時はどうしたらいいの?

 すぐに空っぽになっちゃうよ」


 先生はいさめるでもなく、優しく生徒へ語りかける。


「魔力容量は、経験によって必ず増えます。

 皇級こうきゅう魔導師のトゥリオール様も、皆さんの年齢の頃には魔力容量300万だったと言われています。

 それが今や、3300万です。


 元々の魔力容量の大きさももちろん関係しますが、それ以降はいかに努力するかで魔力容量は変わっていきます。

 決して、努力をおこたってはいけませんよ」


 ブランディーヌ先生の言葉には、どれも説得力があった。


 授業は終了し、解散となる。

 残って遊ぶ生徒もいれば、一目散に帰っていく生徒もいた。


「ヒカリさん、どうでしたか」

「はい、あの…すごくわかりやすくて。

 …でも、あれですよね。属性がないとやっぱり、いくら魔力があっても役に立たないですよね」


 光莉は、一番気にしていたことをブランディーヌ先生に尋ねた。

 すると先生は、ふんっと鼻を鳴らして言う。


「役に立たない?そんなことは絶対にありません」


 先生の強い口調に、残っていた生徒たちも振り返る。


「トモキさんとヒカリさんの魔力量は、いくつと言いました?」

「えっと…私が12億で、天野くんが3億、だったかな」

「2人ともすごいものね」


 先生は感心したように頷きながら言い、今度は生徒たちの方を見遣った。


「では、ありえない話ですが…トモキさんの魔力が満タンの時に超強力な魔法を使うとしましょう。


 その魔法は発動するのに5000万、それを維持し続けるのに毎秒1000万の魔力が必要とします。

 さて、トモキさんは最大で何秒間魔法を放ち続けることができますか?」


 すると1人の男の子が、すっと手を挙げて元気に答える。


「25秒!」

「バジルさん、正解です。素晴らしい」


 バジルと呼ばれた男の子の計算があまりにも早くて、光莉は全く追い付けなかった。

 とりあえず、25秒、という数字だけ頭に叩き込む。


「では同じく、トモキさんの魔力が満タンの時。

 その後方から、魔力が満タンのヒカリさんが魔力が枯渇するまでトモキさんに魔力を注ぎ続けたとしたら。


 トモキさんの魔力が3億、ヒカリさんの魔力が12億なら、トモキさんは何秒間魔法を放ち続けられますか?」


 そしてやはり、一番に答えたのはバジル。


「えーと、145秒!」

「その通りです。

 バジルさん、素晴らしい。1点あげましょう」


 やはり計算は追い付かなかったが、145秒、という数字だけは理解した。

 先ほどよりも、120秒増えている。


「ヒカリさん、わかりますか?

 今の単純な計算問題の中でも、ヒカリさんはトモキさんの力を約6倍にしました。

 これでも、自分が役に立たないと言いますか?」


 光莉はほっとしたように、かぶりを振った。ブランディーヌ先生は、にこりと笑顔を見せた。









 やることがなくなった智希は、休憩がてら『生成』でパンケーキを焼いていた。

 アイザックさんは図書館でぐーぐー寝ていたので、そのままにして訓練場に戻ってきた。


「天野くん天野くん天野くん!!!」

「うお、朝倉さん。お帰り」


 突然訓練場にやってきたかと思うと(恐らく対の『追跡』で転移してきた)、光莉は生き生きした様子で智希の元へ駆け寄ってきた。


 光莉にパンケーキを分け与えながら、学校で教えてもらった内容の説明を聞いた。


「……なるほど、原理は分かった(所々計算は違っていたが…)」

「ほんと? 伝わった?」

「やってみるか」


 そう思って立ち上がったが、そういえば、と思い出す。

 皇級魔法を打ちすぎて魔力がだいぶ減ってきたから、パンケーキを焼いて休憩していたことを。


「…の前に、“マナの混和こんわ”…していいっすか」

「え? あ、は、はい」


 くそ、やっぱり照れる。

 誰に対してかはわからない文句を内心で吐きながら、智希は光莉の前に立った。


 両手を繋ぎ、爪先と爪先を併せた。

 これだけでも距離が近くなるのに、ひたいを突き合わせるとお互いの吐く息まで感じてしまう。


 何か別のことを考えようと、智希は頭を巡らせる。


(そうか、これも五芒星ごぼうせいなのか…)


 ぼんやりと、ダ・ヴィンチの人体図が思い浮かんだ。

 人体の比率を表した図で、両手両足を拡げた人体が円の中にすっぽりおさまっている、あれだ。


「あ、あの」


 この世界で言う“マナの混和”の姿勢は、身体を5箇所合わせることで神聖な五芒星の形を作るということなんだろう。

 この世界はなんでもかんでも五芒星で…


「天野くん!」

「うおっ、ごめん」


 考えにふけっていて、魔力が満タンになったことに気付かなかった。


「…っし、実験するか」


 気を取り直して、準備運動をしながら光莉に説明する。


「今んとこ俺が使える最大の魔法は、『巨大砲・波濤(ヘビーキャノン・サージ)』だ。

 1発だいたいMP300万ってとこだから、俺1人だと110発撃てる」

「うんうん」

「時短のために両手で撃とう…

 朝倉さんに魔力をもらって110発以上撃てたら、実験成功だ」

「わーい、やろうやろう!」


 先ほどまでの訓練で、詠唱がなくても同じ威力で撃てること、両手で同時に2発撃てることがわかっていた。


 智希の背中に、光莉が手を当てる。


「よし、いくぜ」

「おうっ」


 掛け声と共に、智希は詠唱なしに両手で巨大砲ベビーキャノンを撃ちまくった。


 背中から、光莉の魔力が注がれるのがわかる。智希の魔力が減るのに合わせ、調整しながら魔力を供与しているようだった。


 10秒間で60発、さらに90発、100発と打っていく。


「お、いけるいける!110発超えた!」

「やったー!!」


 実験が成功したところで、アイザックが訓練場に戻ってくる。


「お、お前ら、何やって…」

「アイザックさん、すげーよこれ無限に打てる!」


 ニコニコしながら巨大砲を撃ち続ける智希を、アイザックは唖然あぜんとして見ていた。

 実際は無限に撃てるわけではないので、結局400発程度撃ったところで撃つのを辞めた。


「はー、さすがに疲れた」

「でもうまくいったね!いえーいっ」


 ハイタッチする智希と光莉を、アイザックは不審なものを見るかのような目で見ていた。







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