06 属性判定と皇宮図書館







 訓練が落ち着き、訓練場の隣りの休憩室で昼食を取る。

 昼食は、肉料理専門店からのお取り寄せハンバーグ。


 『遠隔交信えんかくこうしん』という魔法陣(電話のように相手と会話ができる)で注文すれば、『転送てんそう』魔法で目的の場所までできたての食事を届けてくれる。

 なんという天才的なシステム。


 食事を終える頃、トゥリオールとエリアルが迎えに来た。

 再び神殿へ向かうと、皇帝やロブルアーノを含む30人近い人が集まっている。


「こちらが属性判定の神具しんぐ。魔力容量も同時に測ることができます。

 こちらに手をかざし、少量で構いませんので魔力を送り込んでください」


 神具は、2つの大きな水晶玉が真鍮しんちゅうで飾られている物だった。

 ロブルアーノに促されるまま、智希は神具に手をかざした。


 魔力を送り込めているのかわからなかったが、水晶玉の1つは、赤、青、緑、茶の4色に輝いた。


「なんと、やはり全属性…!

 魔力容量は…ん?

 いち、じゅう、ひゃく、せん……さ、3億3000万……!」


 ロブルアーノが、もう1つの水晶玉に浮かんだ文字を読み上げる。

 トゥリオールが3300万と言っていたので、智希はその10倍ということになる。そんなことが有り得るんだろうか。


「おぉお! 全属性とは…すばらしい…!」

「さすが召喚者様だな…魔力容量も桁違いだ…」


 周囲の声から、智希は自分が4属性を持っていることを理解した。


 続いて、光莉が神具に手をかざした。

 片側の水晶玉は一部が白く輝くのみで、色を持たなかった。


「も、もう一度…」


 ロブルアーノが慌てた様子で、光莉に再度促す。

 嫌な予感を感じながら手をかざすが、結果は変わらない。


「属性はないようだが…

 魔力容量、じゅ、12億1000万……!!!」


 魔力容量は、なんと智希の4倍。

 しかし周囲の反応は、智希の時とは少し違っている。


「まさか、属性なし…?」

「しかし、魔力容量は化け物じみて……」

「いやいや、属性なしで何ができるって言うんだ…」

「ひゃっはっは、生活魔法を極めるか?

 MP10億ぶち込めば魔族全員浄化できるんじゃね!?」

「おいお前、空気読め空気!」


 ひそひそ声に混じって、はやしたてる男の声とそれをいさめる女の声が聞こえた。

 ロブルアーノは、ゴホン、とひとつせき払いをして周囲の声をおさめた。


「なんか、がっかりされてる~……」

「…そうだな」


 なげく光莉になんと言えばいいのかわからず、智希は首を傾げながら頷いた。

 トゥリオールもゴホン、と咳払いをして、皆の前に立った。


「ここから召喚者様には、本格的な訓練に入って頂く。

 前線にはすぐには出られない。気を抜かず、各自持ち場を徹底して守るのだ!」

「「「はい!!!」」」


 トゥリオールのかつにより、周囲の空気がピリッと引き締まった。







「なんか…ごめんなさい……」


 属性判定を終え、智希と光莉、トゥリオール、エリアル、それに神殿の外で待っていたリオンとリイナは、再び魔導訓練場に集まっていた。

 まるで、お通夜のような空気だった。


「大丈夫ですよ。属性が後から判明する者も、少数ですがいるので…」

「…フォローありがとう、リオン」


 属性がない、というのはかなり大変なことらしい。

 先ほど男がはやし立てながら言っていたが(後からトゥリオールに拳骨げんこつを食らっていた)、属性がないと生活魔法しか使えないということだろうか。


「…まあしかし、魔力容量は桁違いだ。

 魔法陣や魔導武器を駆使くしすれば、あるいは…」

「しかしこの先、どう訓練していきましょうか…?」


 属性がなくても、魔法陣は使えるらしい。

 問題はそこではないようで、トゥリオールとリオンは腕を組みうーんとうなる。


 話が進みそうにないので、智希が尋ねる。


「何が問題になるんだ?」

「皇宮付きの魔導師は大体魔導学校を飛び級してるので、あんまり基礎を知らないっていうか…」

「そもそも属性なしの訓練方法がわからない」

「属性なしが何ができるのかがわからない」


 エリート集団め……!

 口々に言うリオン、トゥリオール、リイナに、智希は思わず口走りそうになった言葉を飲み込んだ。


「ブランディーヌ先生はどう?

 今もまだ、学校で教鞭きょうべんを取っていると聞くわ」

「…そうか、確かに! すぐに連絡を取ってみます!」


 エリアルが妙案みょうあんを出したようで、リオンは慌ただしく訓練場を出ていった。


「その間にトモキは、属性魔法の実践を始めましょ。

 …と言いたいところだけど、私達も付きっきりで見るのは難しそうで…」

「うーっす、来たぜー」


 すると突然訓練場のドアが開き、男がドカドカ入ってきた。

 先ほど、光莉が無属性であることをはやし立てトゥリオールに拳骨げんこつをくらっていた男だ。


「こいつはアイザック。これでも特級魔導師よ。

 無作法ぶさほうだけど、まぁ腕は確かだから…実際に属性魔法の実践もしてみて」

「まかせろや!」


 アイザックと呼ばれた男は、ドンと自分の胸を叩いた。

 智希は少し不安だったが、エリアルの言葉を信じるしかなかった。






 早速ブランディーヌ先生とやらの手配てはいが済んだようで、善は急げとばかりにエリアルと光莉は転移していった。


 トゥリオール、リオン、リイナは一旦戦場に向かうと言って訓練場を後にした。


 アイザックは土属性の特級魔法の見本を見せてくれた。

 やはり威力はかなりのもので、災害の一歩手前というレベルの魔法の数々だった。


「俺が使えるのはここまでだ。皇級こうきゅう魔法になるともっとすげーぞ」

「皇級魔法が使えるのは、トゥリオールさんだけなんですか?」

「本国だとあとは、土属性のロブルアーノ様と火属性のアウグスティン総長くらいかな。

 陛下も使えるだろうが、見たことはないな」


 皇級魔法が使えるといっても、極められる属性は1~2属性と聞いた。

 トゥリオールも4属性保持しているとのことだったが、皇級魔法が使えるのは水属性だけだと話していた。


(あとは土、木、火属性の皇級魔法を実際に見せてもらわないといけないってことか…)


 いや、そもそも俺が本当に水属性の皇級魔法が使えるとは限らないな、と思い、とりあえず昨日トゥリオールに見せてもらった魔法を試してみることにした。


「俺ぁ寝てるから、なんかあったら声かけろー」

「…うぃーす」


 アイザックはかなりの放任ほうにん主義のようだ。

 数秒のうちに、いびきをかいて寝てしまった。






 リオンに借りた属性魔法一覧を見ながら、昨日見た魔法をイメージする。


「『発芽(グロウ)』…お、出た出た」


 昨日トゥリオールがやったのと同じ手順で『発芽』『成長』の魔法を使ってみた。

 問題なく使用でき、にょきにょきと床に木が生える。


「『大鎌・水明(ウォーターデスサイズ)』」


 水属性の皇級魔法も、使えた。ほっと一安心する。


 その後も4属性それぞれの魔法一覧を見ながら、トゥリオールやエリアル、アイザックが見せてくれた魔法をひとつひとつ実践していく。

 いずれも、問題なく発動できた。


 魔法の発動自体は比較的簡単だが、詠唱を覚えるのに時間がかかる。

 …というか、魔法の種類が多すぎる。


 慣れなのか? 単語帳でも作るか?

 まあ、強い相手を想定するなら、強い魔法だけ覚えればいいのかもしれないけれど。 


「うーん、結構魔力込めてるつもりなのに、そんなに威力が上がらん」


 昨日トゥリオールに見せてもらった皇級魔法『巨大砲・波濤(ヘビーキャノン・サージ)』を試しているが、ある程度まで威力を上げることができてもそのまま頭打ちとなってしまう。


 体感としては、どんなに魔力を込めても魔力容量の1/100…

 つまり、消費MP300万程度の威力までしか上がらない。


「そういや、魔法の威力には上限があるっつってたか。

 皇級魔法だけでほんとに強敵に勝てるのか…?」


 そもそも実物を見ないと魔法が使えないって、やっぱりかなり不便じゃないか?

 悶々と考えていると突然、ラティア神に言われた言葉を思い出した。そういえば、皇宮こうぐう図書館に行け、と言っていた。


「アイザックさーん。図書館ってどこにあるの?」


 ようやくアイザックを頼る時が来た。

 面倒くさそうに立ち上がりながら、こっち、とアイザックに促されそれについていく。







 訓練場には扉が2つあり、神殿に繋がる方とは反対の扉を出て、真っ直ぐの廊下を進むと突き当りに図書館があった。


「わかんねーことは司書サンに聞け」

「はーい」


 そう言うとアイザックはどかっとソファに座り、再び寝入った。

 どれだけ寝るんだ、この人は。


 図書館には司書が1人いるのみで、他には誰もいなかった。

 木造の本棚がいくつか並んではいるが、本棚はどれも隙間だらけだった。


(皇宮の図書館って割には、あんまり本がない…そもそも製紙とか印刷の技術がそんなに進んでないのかもな)


 家に届いた新聞も、リオンが見せてくれた魔導学校の教科書も、紙はかなり厚手で印刷も荒かった。

 魔法があるぶん、科学や工学の技術はあまり進んでいないのだろう。


「お、『後退の8年の歴史』」


 わかりやすそうな本を見つけ、智希は手に取り開く。


「えーと…最初の方はいいか…『最終章 大型ドラゴンの出現』、と。


 『大型ドラゴンは37世紀、王国エディア南部のドネシア島で初めて目撃された。

 エディア南部から王国オティーリア北西部まで広範囲に被害を拡げた。


 38世紀には王国エディア南部フリッピ島、王国アミリア南部ミティシカ、王国ブラッティオ南西部チルにて大型ドラゴンが出現、大きな被害をもたらした』


 ……地理がわかんないから、わけわかんないな…」


 智希は、地図で見ても帝都がスペインなのかフランスなのか判別がつかないくらいには地理にうといので、地図が添えられていてもそこがどの辺りの地域なのか智希には判別がつかなかった。


「『これらはすべて火型のドラゴンであったが、そのうち1体はヴォルケーノドラゴンに進化し周囲を焼き尽くした。

 同38世紀には中型の水型、土型、木型ドラゴンも複数目撃されている』……


 っと、本来の目的を忘れてた」


 智希は本を閉じ、元の場所に戻す。

 歴史にも興味はあるが、今は強力な魔法について知るためにここに来たのだった。


「でも、図書館でわかることならリオンやエリアルさんも教えてくれそうな気もする…」


 つまり智希が知るべきは、この世界の一般的な知識ではないこと。

 文献の解読が進んでいなかったりして、リオンやエリアルも知らないこと。


「あの、なんか表に出ない本とかあります?

 読んでも意味不明で誰も理解できないような…」


 思い切って司書に尋ねると、怪訝けげんな顔をしながらも答えてくれた。


「……?

 お望みのものかはわかりませんが、奥で古代の蔵書の展示はしてますよ」


 案内され、図書室の奥の展示コーナーに足を踏み入れた。


「…古代、1世紀の蔵書で初代ギルガメシュ皇帝により作成されたと言われています。

 蔵書を保護する魔法がかけられているようで、今でもこのような形で現存しています。


 残念ながら古代シュメール語で書かれており解読は進んでおりませんが、古代の魔法一覧の書であると言われています」


 司書が機械的に説明をしてくれる。

 展示コーナーにはいくつかの蔵書が並べられていたが、いずれもガラスケースのようなものに囲われて触れることはできない。


「これ、ページめくりたいんですけど…」

「すみません、館長の許可がないと……」


 司書は怪訝な表情に加え、困ったような、不審者を見るような表情になった。

 これ以上困らせるわけにはいかないので「じゃあ大丈夫です」と断った。


 蔵書に書かれた文字は、智希の想像していた通り日本語で書かれていた。

 、『』と言っていた。


(初代ギルガメシュ皇帝は、日本人…?)


 そう考えると、辻褄つじつまが合う。

 しかし、なぜそんな時代、そんなところに日本人が?


 疑問は尽きないが、それよりも展示された蔵書の1ページが気になりすぎてそちらに意識が向いてしまった。


(『極大水泡(マキシマムウォータールーム)』って、ネーミングださすぎだろ…なんだよこれ…)


 書いてある術式は理解できるが、使いどころがわからない。

 トゥリオールも見本を見せなかったくらいだから、恐らく現代では使えない魔法なんだろう。


(なんかでも、この魔法があればごり押しできそうな気も…)


 使いどころを色々と考えてはみるものの、やはり随所ずいしょに感じる中二病っぽさの方が気になる。

 本当に、一体なんなんだこの世界は。





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