03 初めての「ふれて見つめて」








 それから少しして、迎えの馬車がやってきた。この世界の移動は、魔法以外では馬車がメインらしい。


 昨日はまともに家の周りの様子を見ることなく寝てしまったので気付かなかったが、エリアルの家から神殿までは住宅や商店が立ち並ぶ馬車道が続いていた。


「すごい!ほんと、外国みたいね」

「ヨーロッパって感じするね。

 歴史も文化も元の世界とは変わってるんだろうけど」


 石畳の道、レンガや石造りの家。

 窓枠はアイアン調のものやペンキでカラフルに彩られたものが多く、軒下には洗濯物がぶら下がっている。

 家の前で、出店を開いているところもあった。


「ヨーロッパ?ここ、ヨーロッパなの?」

「たぶんそう。

 位置的にはスペインかフランスの辺りっぽい」


 馬車で数分走ると、巨大な城のような建物が見えてきた。


「あれが、昨日いたとこ…!?」

「そうです。外からは観られてませんでしたね。

 あれがシュメール帝国の皇宮こうぐうです」


 昨日はエリアルに森から直接皇宮の廊下に飛ばされ、内部を歩いて移動しただけだったので皇宮の外観までは把握できなかった。


 城というか、超巨大なマンションというか…なんとも表現は難しいが、威風堂々とした流線形の建造物だった。

 こういう建物の建築も、魔法を使って楽々と作ってしまうのだろうか。


 外には警備に当たっているらしい軍人が、槍のような武器を手に数人立っていた。


「おはよぉ~2人とも眠れた?」


 皇宮の入口で大きな欠伸あくびをしながら4人を出迎えてくれたのは、エリアルだった。


「うん!エリアルさん、昨日は何から何までありがとう」

「大丈夫だった?

 交渉とか、大変だったんじゃ…」


 光莉と智希が続けて言うと、エリアルは作り笑いを見せる。


「大変だったけど…徹夜で遠征地巡りさせられたけどなんとか…

 それよりも国賓こくひんレベルの召喚者を勝手に引き受けたことの方が怒られたけど…」

「な、なんかごめんね…」


 目の下のクマが何とも物悲しく、智希は思わず謝ってしまう。

 するとエリアルは、昨日のように智希と光莉の手を取った。


「少し吹っ切れたみたいね。良かった。

 昨日言ったこと、忘れないでね」


 エリアルの言葉に、2人はそっと頷いた。










 神殿には、昨日とほぼ同じメンバーがそろっていた。

 違うのはラティア神がいないことと、昨日より少し人数が減っているということだった。


 それでも30人程の人が智希と光莉を取り囲むように立っており、2人は居心地の悪い気分だった。

 エリアルに促され、2人は皇帝の前で傅く。


「ゆっくり休めたか」

「は、はい。

 あの、儀式の延期…してくれてありがとうございます」

「気にするな。

 そなたらの体調が一番大事だ」


 智希がお礼を言うと、皇帝は少し口角を上げ2人をいたわった。


「では、早速儀式を始めましょう。

 お2人はこちらへ」


 昨日も居た丸眼鏡の髭の…確か神官のロブルアーノだったか。

 促され、神殿の奥へと歩みを進める。


 7段ほどの階段の先に、石像のようなものが立っている。よく見ると、ラティア神の石像だった。


「トモキ殿、この魔法陣の中にお立ちください」


 床には大理石のようなものが敷かれ、そこに深く模様が刻まれている。

 五芒星ごぼうせいを囲む円形の陣で、円の内側に複雑な模様と文字が描かれている。


(『宇宙の守護神ラティアが天恵てんけいを授ける。蛮行ばんこうに及んだ者は生涯に渡り天恵を除する』……

 魔法陣って読めるもんなのか)


 魔法陣に書かれた文字を見ながら、智希は「ん?」と思わず声を漏らした。


(これ、日本語じゃね……?)


 魔法陣に書かれた文字は、元の世界で見慣れていた日本語の文字の羅列だった。


(なんで日本語? この世界に俺ら以外に日本人がいるのか?)


 首を捻りながら、智希は魔法陣の中央に立った。

 ロブルアーノが魔法陣に魔力を送ると、魔法陣が薄く光り始めた。


「祈りを」


 ロブルアーノに言われ、今朝リオンに教わったように膝立ちをし両手を組み、祈りの言葉を言った。


「『親愛なるラティア神よ。宇宙と星々の力を私にもお与えください。

 じんを重んじ、他者のために尽くすことを誓います』」


 すると、魔法陣が大きな光を放った。

 目を閉じていてもくらむようなまばゆい光が、智希の身体を包んだ。


 瞬間、全身の血管や筋肉に感じたことのない力がみなぎるのを感じた。

 体中が熱く燃えているようだったが、汗をかくような熱とは違う。


「おぉ…まさか、これほどまでとは……」


 ロブルアーノの口から、思わず言葉が零れ落ちる。

 光は数秒の後に消え、智希の身体に吸い込まれていった。


「トモキ殿、お疲れさまでした。

 お体にさわりはありませんか?」

「は、い……特には」


 不思議な感覚だった。

 目に見えないまくに包まれているような、ねっとりとした暖かさもあり、居心地はあまり良くなかった。


「ヒカリ殿もこちらへ」


 智希と代わり、光莉が魔法陣の中に立つ。

 光莉も興味深げに魔法陣の文字をなぞり見ていた。


(この後とうとう、ついの儀式か……)


 魔法陣の日本語については疑問が残るが、智希の心中はそれどころではなかった。

 光莉の洗礼の様子を見ながら、智希は今朝のリオン達との会話を思い出していた。









「対の結びの儀式は“マナの混和こんわ”と同じく、両足、両手、頭部の5箇所を接触させ、祈りをささげます」


 馬車の中で、リオンは儀式の手順を教えてくれていた。


「それ、俺らもやるの?」

「天野くんと色々くっつけるってこと!?」

「朝倉さん、言い方……」


 ただでさえ、リオンとリイナがマナの混和をしている姿を見るだけでも照れくさかったのに、それを自分たちがやるのだという。


 光莉は両手と頭をぶんぶん振って拒否を示す。


「いやいやむりむりむり。恥ずかしすぎる。

 やだやっぱり帰る!!」

「気持ちはわかりますが、そのうち慣れますから」

「慣れる慣れないの問題じゃない~……!!」


 それもそうだ。

 友達以上恋人未満どころか、智希と光莉の関係性は知り合い以上友達未満という程度だ。

 知り合って間もない上に、互いのことはほとんど知らない。


「……ヒカリ、下心があるから照れるのよ」

「そうそう、無心でやれば大丈夫ですよ!」

「リイナもリオンも他人事だと思って……」


 項垂うなだれる光莉の気持ちも理解できるので、智希はなんとも言えなかった。


「そ、それに! 対って合わないこともあるんでしょ?

 対の儀式やって合いませんでしたってなったらすごい気まずくない?」


 確か今朝、朝食後に話していた時にそういう話題が上がっていた。

 対の相手は誰でもいいわけではない、と。


「対の不適合といって、対が合わないこともありますが…そういうことにならないように大抵みんな儀式の前に対の確認を行います」

「対の確認?」

「お2人もやってみましょうか。

 向かい合って手と手を合わせてみてください」


 リオンに突然言われ、光莉と智希は固まってしまう。

 もう完全に、互いを意識してしまっていた。


「大丈夫、照れなくてもそのうち慣れますから」


 リオンは2人の様子がだんだん可笑おかしくなってきたようで、笑みを零しながら2人の手を取り、無理矢理繋がせた。


「わ、なんか、光ってる」


 しばらくすると、繋いだ手の辺りからうっすらと光が漏れ始めた。


「見えますか? これがお2人のマナです。

 洗礼を受けなくてもマナはわずかに漏れ出していて、洗礼前でも“マナの混和”は可能なんです。


 対の儀式は魔力を高めるために行うものなので、今の状態では魔法はほとんど使えませんが……

 とにかくマナが反応したということは、2人は適合しているということです」


 互いに手を離すと、光はゆるりと消えてなくなってしまった。


「対が適合する相手はこの世に1人というわけではありません。

 深いつながりがありその繋がりが永く持続する者同士であれば対は適合します。


 逆に言うと、対が不適合となるのは後々不仲になる兄弟や友人だったりいずれ別れる恋人同士だったり、そういう時ですかね」


 リオンが言うと光莉は身を乗り出して言う。


「じゃあ、私と天野くんの対が適合したってことは、私たちはずっと仲良しってことなんだ」


 あんなに嫌がっていたのに、光莉は何故か嬉しそうだった。


「そういうことです。

 そもそも召喚される時点で、必ず対が適合する2人を召喚することになっていると聞いています。

 ただその時の状況次第では、対が適合していたとしても相手を拒絶してしまう、ということもありますが……」

「相手を拒絶する?」


 智希が聞くと、リオンは慌ててかぶりを振った。


「いえいえ、それはまた別の話なので。

 とにかくお2人は対も一致するし、お互いに対を結ぶことを受け容れているので問題ありませんよ」

「受けれてはいる…けど、やっぱ照れるよ……」


 光莉は再び、複雑そうな表情を見せた。



 






(慣れだとか無心だとか色々言われたけど……想像するだけで手汗がヤバイ……)


 今朝の会話を思い出し、智希は心臓が大きく脈打つのを感じていた。


 たくさんの人に見守られながら、光莉も智希と同様に洗礼の祈りを行った。

 目もくらむほどのまばゆい光に包まれ、その光は光莉の身体に取り込まれた。


「これで、洗礼の儀式は終了です。

 続いて、対の結びを行います」


 智希は、大きく深呼吸をした。

 どうせやらなきゃいけないならさっさと終わらせるに限る、と自分に言い聞かせる。


 先ほどの魔法陣の隣りにある魔法陣に、移動した。


 魔法陣にはやはり日本語で、『太陽神シャマシュ、金星の女神イシュタルの天恵てんけいと加護を与える。互いをいつくしみ護りあえば、久遠くおんの結びをもたらそう』と書かれている。


「2人とも、魔法陣の中へ」


 先ほどに比べると、2人の足取りは重い。


(女子と手繋いだことすら、数えるほどしかないのに……)


 光莉もすっかり照れている様子で、不自然な程に2人の間には距離がある。


「では、祈りを」


 とうとうやってきた。

 ここは男としてリードするしかない、と智希は唾を飲んだ。


「…朝倉さん、覚悟…決まった?」

「き…決まんないよ、そんなの一生!」


 光莉は恥ずかしさのあまり、智希と目を合わせようとしない。

 

「…でもっ…やるしかないじゃん…」


 俯く光莉の手を、智希はそっと握った。

 光莉も、気まずそうな様子で握り返してくる。


 目を合わせ、足元を見やった。

 どちらからともなく距離を縮め、互いの爪先を合わせた。


(すっげー近い…もう死にそう…)


 何もかもが、近かった。

 無意識のうちに、腰が引けてしまう。

 無心無心無心……智希は必死に自分に言い聞かせる。


「目、閉じてていいよ。俺からいくよ」

「わ…わかった…」


 一斉に向けられる神官たちの視線を横目に見やりながら、光莉が目を閉じた。

 その白い肌は、どこか赤みを帯びて見える。


(なんなんだよ、この世界…)


 こんなことしなきゃ魔法が使えないなんて、めんどくさすぎる。ていうか、卑猥ひわいだ卑猥。


 頭の中で文句を垂れるが、儀式をしなければ何も始まらない。

 光莉に悟られない程度に、智希は小さくため息をつく。


(……やるしかない)


 智希が腰をかがめた。

 光莉の方が背が低いので、かがんだ姿勢のまま、光莉のひたいに自身の額を当てた。

 触れ合った瞬間、智希と光莉は光に包まれた。


「『天にまします太陽神シャマシュよ』」

「『天にまします金星の女神イシュタルよ』」


 互いの呼吸と熱を感じながら、智希と光莉は祈りの言葉を述べる。


「『我に天恵を与えたまえ』」

「『我に天恵を与えたまえ』」

「『民を愛し地を愛し空を慈しみ』」

「『我らに与えられし天恵を以って世界の安寧あんねいに尽くそうぞ』」


 言い終えると、体中を巡っている熱が這い出ては相手に入り込み、相手の熱が自身の身体に取り込まれるのも感じた。


(うお、ほんと、なんか混ぜ合わされてる感じ…!)


 洗礼の後に感じていた居心地の悪さはすっかり消え、身体の中の熱が上手くコントロールされているような心地よさがあった。


「おめでとうございます! 無事に対が結ばれました!」


 ロブルアーノが大きな声で叫ぶと、周りから拍手喝采かっさいが起きていた。

 はっと気が付いて、智希は慌てて光莉から離れた。


「すごいな…マナに満ちあふれている…」

「光が…トモキ様の方は7色の光が見えないか…?」


 周囲の神官や魔導師たちが、ひそひそと話しているのが聞こえる。

 皇帝を含む偉い人たちが納得したような表情だったので、智希たちもひとまず安心する。


「お2人とも、一度魔導訓練場に移動しましょう。

 陛下、よろしいですな?」


 2人に声をかけたのは、昨日も居た…たしか皇級こうきゅう魔導師のトゥリオールだった。


「もちろんだ。準備が整ったら教えてくれ」

「承知いたしました」


 トゥリオールが皇帝に許可を得て、智希らは促されるまま神殿をあとにした。







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