三角屋根の風見馬 🌩️

上月くるを

三角屋根の風見馬 🌩️

  




 🐣かあさん、こ、こわいよ~。

  黒い雲が西から押し寄せて来る、あれ、あらしのあかしだよね。


 🐴ぼうや、しっかりしなさい。

  じっと前を向いていれば、風はすっと吹き抜けて行ってくれる。


 🐣ぼく、立っていられるかな。

  いつもの雲とちがうもの、猛烈な台風がやって来るんでしょう。


 🐴だいじょうぶよ、ぼうや。

  かあさんがすぐうしろで守っているから、気をたしかにお持ち。


 🐣ぼく、そっちを向きたい。

  かあさんの顔を見ていれば、すこしは安心できると思うんだ~。

 

 🐴まだその時刻じゃないわ。

  いつものように夜になって街の灯りが消えるのを待ちましょう。


 🐣ぐすん💧……わかった~。

  今夜は月も星も出ないから、思いきりかあさんに甘えられるね。


 


      🏠



 

 セピア色の瓦を積み上げた三角屋根のてっぺんで、風見馬の親子が語っています。

 四方を山に囲まれた高原都市の嵐は、海岸や平地より穏やかではありますが……。


 レンガ造りの事務所兼住宅には、初老のデザイナーが妻や息子夫婦と住んでいて。

 リビングのテレビではウェザーニュースが「最大級の迷走台風」を報じています。


 数軒先の八百屋さんの段ボールのかげにうずくまった野良のシマ猫は思いました。

 厳重に戸締りをした人間たちは安全な屋内にいるのに、あの馬の親子は……。💦




      🐎




 デザイナーの曾祖父は近郊の農家の出身で、そのむかし、馬と暮らしていました。

 家族として可愛がっていた馬を戦地へとられたとき、曾祖父は号泣したそうです。


 なにも知らない仔馬が、出征する母馬に、ぴょんこぴょんこ付いてまわって……。

 村役場へ集められた農耕馬が南の島へ送られてからも、仔馬はきとおしでした。


 老いた目を潤ませて昔話をしてくれる曾祖父が曾孫のデザイナーは大好きでした。

 で、街中に小さな事務所を持ったとき、風見鶏の代わりに風見馬を掲げたのです。


 同村出身で軍馬出征の傷みを共有する新進のアーティストに彫金を依頼しました。

 さわやかな秋晴れの日、細密にして強靭な親子の風見馬が三角屋根に並びました。




      🌴




 凄まじい風雨の音を聞きながら、デザイナーはゆっくりとベッドに横たわります。

 どんなに荒れても馬の親子は大丈夫……そんなカクシンめいた思いがあるのです。


 なぜって、屋根の上の馬の親子は南の島に散華さんげした日本の馬たちの魂魄こんぱくであり、どうと横倒しにたおれて密林の土に還った、愛しい者たちのモニュメントでもあって。


 なので、天馬になって祖国へ翔けもどった軍馬の御霊みたまが守られないわけなどなく。

 もし守ってくれないとしたら、そんな神さまはMacintoshのゴミ箱行きで。(笑)


 八百屋さんの段ボールにすっぽり隠れた野良シマ猫は承知していませんが、めくるめく思いを駆けめぐらせるデザイナーは、屋根の上の馬の親子と一心同体なのです。

 



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