第閑話「実は」
「実は今日、神坂美成子のことを一番知っている人物を呼んだんだ」
椅子にもたれかかって天井を眺めていた男は、ふと思い出したように話を始めた。
「はい? 何の話です? お仕事ですか?」
「昨日の。少年よりも執念深く知っている君のことを紹介するつもりだったからさ」
「ごめんなさい。あのとき、わたしは……」
「胃の調子が悪くて外出できなかった、だろ」
「いや、頭痛です。女性に対してデリカシーがなってませんよ~」
胃痛も頭痛も変わらんだろ……つーこと言うと怒られるんだろうな。
今度ズル休みするときは何痛になるのかはちょっと気になるが。
「まあ……逢わなくて正解だったかもな」
「わたしには何の話かさっぱり」
別の形で再会なんて、ドラマチックな展開だと思うよな。自分もそう思った。
「君の無謀な賭けは無駄じゃなかったみたいだ」
「賭けをした覚えはありませんよ! 未成年ですし」
「だとしても、現に二人の男は釘付けさ」
「それは何よりです!」
想定内か。まあ、声を掛けたのは自分なんだし、それもそうか。
「あ、それと驚いたよ。少年と君が実は会っていたってことも」
「……何の話ですか?」
だが、こっちは想定外。
彼女は警戒の紐を緩めることなく、身体的にある程度の距離を保って問いてくる。
「いや、会っているとは違うのか」
「はい?」
「少年が一方的に認知していただけ、なのかな」
「そうですか! 誰かと思ってびっくりしましたー」
「ああ、そうそう。けど、その愛想笑いもそろそろ……って、ん?」
頭上に違和感。
口角を上げたままの彼女が眼前でこちらを見下ろしてきていた。
影でよく見えないけど、たぶん表情はいつもと同じような顔で。
「どした?」
「わたしを拾ってくれたことには感謝してます」
「そうだろ、なんせこの敏腕プロデューサーについていけるんだから」
「でも、歌手になりたかったわけではないですから。わたし」
「分かってる。辞めたくなったら田んぼに帰ればいい。そういう業界だよ。ここは」
「…………」
まだ田舎娘って言われてるの気にしてるのか? それともあれか?
「こんな中小レーベルじゃ満足できないってご意見か?」
「後者が近いですね♪」
「それは勘弁してくれ」
はぁ……。予算さえあればなぁ……。
「休憩、そろそろ終わりですよね!」
「ああ、そんな時間か」
さっき、座ったばかりな気がしてたんだけど……自分も歳かな。
「おそらく、彼はもうわたしと同じ部類だと思いますよ」
「違うよ。君みたいな粘着するタイプのアンチじゃない」
「わたしはアンチじゃないですよ~」
「最終選考でステージ上にいる他人の曲を歌う奴がアンチじゃないわけないだろ」
「彼自身は、アンチってことを認めているんですねー」
「彼自身が受け入れたんだ。それに、彼はもう答えを見つけている」
特にあの言い方は気になった。
たぶん、面白いことになる。だが、後は若いもんに任せてってやつだろうな。
「そうですか。それは、楽しみですね!」
「ああ」
ほんっと、昔も今も若者は神経質な奴ばっかだ。
だから、少しでも力に……って、偽善者ぶるのは辞めたんだった。
「さてと、仕事しますか!」
「は~い。おじさん、臭いですよ~」
「脈絡のない精神攻撃やめてー」
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