第二十五話「最終選考:証明」


「エンターテインメントに富んだ歌唱をありがとうございます」

「……ってことは!」

「はい。才能はありませんが、面白かったので三点です」

「そ、そんな……」


 期待させて落とされる。

 このくだりも何度目だろう。周りの関係者席の空席も増えていってる気がした。


「次の人、どうぞ」

「は、はい!」


 休憩時間も終わり、審査は遂に折り返し地点を過ぎたあたり。

 オーディションはこれまでにない見応えのない時間を過ごしていた。


 ここまで審査した三十〇人弱の平均点数を計算したところ、驚異の2.7点。

 最高点数は奇跡的に出た五点だけ。もちろん二曲合わせての評価だ。


 配信のコメント、会場の雰囲気、ステージ裏で騒がしいスタッフ。

 裏では過去優勝者が採点している? そんなの結局は裏だ、表じゃない。

 誰もが、何か、この状況を打開する革命を無責任に期待しているように思えた。

 そんなとき、挑戦者の一人が自由曲のタイトルコールをした。


「曲は、神坂美成子でリトルロックドリームです。聴いてください」


 (え……?)


 聞き間違いか、翔は身を乗り出すように目を凝らして、挑戦者を慌てて目視した。

 眠気眼だった会場の雰囲気も、ざわざわと焦りだすように騒がしくなった。


 過去優勝者が所有している曲を、挑戦者が歌うこと自体が初だったからだろう。


 会場内に流れ始めたメロディーは、ギターから始まる聴き慣れたイントロ。

 革命は、僕の中で起きていた。


『覚えていて、私は必ず――』


 その歌は、思い出深く、青いモノ。

 正真正銘、僕の一番好きな歌だったから。


「貴方に付ける点はありません。お帰りください」


 曲が流れ終えた後。

 神坂美成子はこれまで以上に、毒のある言葉で挑戦者を帰した。


「まさか、ファイナル審査まできて注意書きを入念に読まない人間がいるとはな」


 そんな、言葉が観客席の一味から聞こえてきた。

 プログラムの注意書きにも記載されている通り、エーデルサイドのオーディションを勝ち抜いた過去優勝者の所有する曲を自由曲に選ぶことは断固NGとされている。

 それは、エーデルサイドの『オリジナリティを持った可能性ある若者の育成』という指針に反しているため。

 つまり、彼女の楽曲を我が物顔で歌った時点で挑戦者の失格は決まっているのだ。


 そう、決まっていること……。


「失礼しました。次、どうぞ」


 瀬崎翔の心には、苛立ちが募っていた。


 自分だけの答えを導き出せ。だ?

 そんなものあるわけないだろ。

 僕にとって、神坂美成子が……特別な存在であることに変わりないんだから。


 翔の思考はどんどんと凝縮されていくように、洗練されていった。

 それは、憧れの神坂美成子が厳しく審査するたびに、鋭さを増していくように。

 感情だけで状況を把握することは合理的ではない。

 だからこそ、無責任な大人の意見にかまけている暇はない。

 時代を切り拓くのは若者であり、幻想を抱く老害はくたばってしまえばいいんだ。


 そうして、翔は、自分が感じていた違和感の正体も薄れていくように消していく。

 もう、何も考えなくて大丈夫だから。


「エントリナンバー八十七番です」


 翔の身体は、びくりと反応を示した。


 八十七番か……。

 待ち望んでいた本命。油性ペンで翔の左手の甲に書かれている番号だ。


「こんばんは。どちらから歌いますか?」

「自由曲からで」


 瞬間、彼女の声が特殊なことに気づいた。

 情熱的な歌声と、日常会話の声色が対比するくらいには別人に思えたから。

 緊張……とは少し違う、異様な空気が挑戦者である彼女を覆っていた。


「曲のフリをお願いします」

「はい。この曲は、わたしの大好きな曲で、自信のないわたしをここに立たせてくれた、ここに立つことを許してくれる曲です。……まあ、先に出されちゃったけど」


 翔は胸騒ぎが止まらずにいた。

 見覚えのある光景。

 その彼女はマイク片手に、片腕を上げて人差し指を大きく天に突き上げていた。


「タイトルコール、行きまーーーーーす!」


 喉がちぎれんばかりの怒号にも似た宣言。マイクの音割れで耳に強い刺激が走る。

 じきに会場内には、聞き親しんだイントロが、勝手に流れ始めた。

 本日二人目の失格者。

 音響が仕組んでいようと、流れたからにはもう止めることはできない。


 僕と、きみの、大好きな曲。


 名前も教えてくれなかった過剰な自信家の彼女同類を、僕は知っている――。


「曲はクソ野郎で、リトルロックドリームッ!!」

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