第十二話「新キャラ扱いしないで」
休日で人が行き交う交差点手前の、黄色に塗り立てられた二人掛けのベンチ。
つま先を立てて購入に踏み込んだ、春を先取りした花柄のロングスカートは、少しだけ周囲の目を引き寄せている気がした。
大丈夫、それだけの魅力があるということよ。
「待ち合わせは……ここで間違いないわよね」
女は高校の入学祝いで父に買ってもらった細い革ベルトの腕時計に目をくれる。
現在の時刻は、午前十一時十四分。
「はぁ……」
十四分の遅刻ね。
重たく見えたため息混じりの吐息は、どこか安心感を孕ませていた。
※ ※ ※
交差点の信号が点滅から、赤に変わる。
男が足を止めたのを確認すると、女はズカズカと男に近寄った。
「この顔に見覚えは?」
「……え、ボクに訊いてます?」
「あなたよ、あなた。あたしはいま、機嫌が悪いの」
「あ、ナンパとかならもう間に合ってるんで……」
「アンタみたいなへんちくりんに声かけるわけないでしょ!」
「えぇ……」
「ほら、このプラカード! この顔に見覚えは?」
気圧された男は信号が青に変わったのを確認すると、一目散にその場を後にした。
「ちょっと待ちなさいよ~!」
「何だったんだ……一体」
追ってきてないことを確認すると、交差点の見える黄色いベンチに腰を掛ける。
ポケットからハンカチを取り出すと、額に滲み出る汗を拭き取った。
「あのプラカードを持っていた人の方が見覚えあるような気がするけどなぁ……」
やっぱり、都会は恐ろしなぁ……。
「今度こそ……」
なんとも長く感じる赤信号を呆然と眺めていると、そんな小言が背後から聞こえてくる。
「なに、お嬢ちゃん、ヒッチハイク?」
後ろを向くと、テレビ番組のドッキリに出てきそうな大きなプラカードを持った髪の長い女性がこちらに話しかけようとしていた。
「び、びっくりしたわね……」
「そっちが話しかけようとしてたよね?」
「そうだけど、違うわよ! 人を探してるの!」
耳が痛くなるくらいはきはき喋る女は、誰かを探しているらしい。
男の顔みたいだが、コピー機で荒くプリントされていて判別できた解像度じゃない。
「悪いが、見たことないね」
「そう、じゃあ」
「それはそうと、お嬢ちゃん――」
なんとなく呼び止めた後、男は思ったことを率直に言った。
「神坂美成子に似てるってよく言われない?」
「言われるわけないでしょ!」
「即否定かよ。オレ、褒めてるつもりなんだけどな」
スタイルも神坂美成子譲り、いや上はそれ以上かも。足は太めに見えるけど。
「そんな……そんなこと言ったって何にもならないんだから! さよなら!」
「まじ、動揺してんじゃん」
口調が少し浮つき始めた女は、さっさとその場を離れようとする。
ま、今日はちょうど予定も潰れたし、暇つぶしにはちょうどいいか。
「お嬢さん、もしよかったら……」
「その人、知ってるっすよ~」
明らかな横槍。
背の小さい小動物のような雰囲気をした、女子高校生が突然話に入り込んできた。
「ほんと!? ってあなた、うちの生徒……?」
「あー、はい。補習帰りなんで」
「補習? そんなのあるのね」
異様な会話の弾み具合を見せる二人。
どうやらオレの付け入る隙はないらしい、勘違いされる前に退散しーとこ。
「それ瀬崎翔……さん、っすよね」
「そう! まって。あなた、もしかして……」
「ああ、自分は、翔さんとは全然面識もない二年の愛垣恋美って言うっす」
※ ※ ※
『そういえば、明日出かけることになった』
あの鮮烈な一言から早一日。
場所も時間も言ってくれなかったっすけど、恋美は嬉しいっすよ。
これも恋美の作戦通り。先輩、やるときはやってくれるんすよね~。
まさか、先輩の口からあんな言葉を直接訊ける日が来るなんて思ってもいなかった。
そして、まさか、先輩が粘着系ストーカーの被害に遭っているということも。
「ねえ、あなた。うちの生徒なのよね?」
「そ……そうっすよ。創墨高校二年の愛垣恋美っす」
「あなたと翔の関係性は?」
「ただのバイト仲間っす! 妹的な~。あ、疚しいことは一切なしっすよ」
「アイツからバイトなんて話、聞いたことないわよ? 嘘つかないで」
「嘘はついてないっすよ」
「それと、仮にも妹を名乗るなら、アンタは翔と何年かかわりがあるのかしらね~。マウント取るには時期尚早なんじゃないの」
敵意むき出しな女性は、誇ったような顔で鼻を高くする。
恋美は、そもそもあなたが誰かを先輩から聞いたことないんすけどね。
グレーのトップスに花柄のロングスカート姿の女性。
こんな鮮やかな服装であれば一目、注目の的だろうに。
ナンパされてたところを助けてあげたのすら、いまだに感謝されてない。
「にしても、随分と気合の入った服装っすね。先輩さん」
「アンタには関係ないし、アンタに先輩と呼ばれる筋合いもないわよ!」
「はぁ……すんません」
艶のある黒髪ロングも相まってか、例の人と似たような雰囲気はあるんすよね~。
初対面の相手にここまで話せる女性もそう多くはなさそうだけど。
「で、先輩さんは何用で翔さんを待ってるんすか?」
「アイツのデートをぶっ壊してやるのよッ!」
「ストレートすぎる!」
「十一時にあそこの黄色いベンチで待ち合わせるはずなの」
女が指で示した黄色いベンチは、反対側の歩道に位置し、交差点付近を一望できそうな場所に設置されていた。
こっち側の歩道にいるのは尾行がバレないようにするためかな。
「あそこが待ち合わせなんすね~」
「もしかして、アンタ……何にも知らないの?」
「知らないっす」
それを聞いた女は眉をしかめると、苛立ちを隠そうともせずに文句を垂れた。
「じゃあ、呼び止めた意味ないじゃない! もっと詳しく訊きたかったのに」
「時間と場所さえ知ってれば、十分な気がしますけど……」
「途中から話を聞いたから、経緯までは聞こえなかったのよ!」
「執念がすごいっすね……」
だけど、情報を持っているのは確かだろう。
恋美ですら、待ち合わせの詳しい時間は知らなかった。
一体、どこまで知ってるのやら……。
「そういうアンタは、まだ何か用かしら?」
「恋美は暇つぶしっすよ。面白そうなんで」
「ついてくるってわけ?」
「そういうことっすね」
作戦考えたの、恋美だし。
「邪魔だけはするんじゃないわよ」
「それは、先輩さんもっすよ」
「保証しかねるわ。断じて」
「揺るがないっすね~。浮気でもされたんすか」
「…………」
だんまり、かと思いきや、
女は首にかけた銀色のペンダントを強く握りしめていた。
「ってあれ、そのペンダント……どこかで――」
「ちょっと来たわよ!」
発狂のような興奮した大きな声とともに恋美の発言は遮られる。
言動も含めて、もしかしてとは思ったが、今は目の前に集中しようと思った。
「くぅ~。なんなのよ! あたしのときは十四分も遅刻したのに!」
「今の時刻は……十一時三分、どうせ遅刻っすね」
「翔はいつもそうなのよ。中学の時から遅刻ばっかで……」
「へぇー、中学から……」
なんか、似たような文面をついこの間、目にしたことがあるな。
それは、昔の女ばりにマウントばかりする、見てられないような投稿ばかりで。
最近、ペンダントを貰ってウキウキの投稿を挙げていた人と似たような言い草。
恋美は翔に尋ねるときとは真逆の態度で、おそるおそる尋ねてみた。
「先輩さん、忙しいところ言いにくいのですが、二秒で構わないので先輩さんの名前を教えてもらってもいいっすか?」
「花前愛梨。翔の最古参幼馴染のね!」
電柱に隠れながら、快く応えた、自称初めての先輩さん。
その様子からは恋美の想像していた正妻ぶりは、一ミリも見当たらなかった。
恋美、とんでもない人に巻き込まれたらしいです。
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