第十一話「本性」
「あ、あの……ぼぼぼぼくは一体、どう償えば……」
「落ち着いてください」
「おおおおお落ち着けるわけないじゃないっすか。だって――」
「貴方と話すのは初めて、ですよね」
「え?」
「私は神坂美成子って言います。貴方は?」
そんなの知ってる。一般常識だ。
「僕は……瀬崎翔。君を崇拝する厄介なファンで、同じクラスの瀬崎翔……」
翔は自分でもわからないうちに、独り言みたいにそう口走っていた。
「自分で厄介って言うんですか?」
「……!」
既に飛び出ているようなものなのに、芯をつくような質問で、さらに心臓がドキッと飛び出そうになる。
「だって……君からしたら、たぶん僕は嫌な奴、だ」
『ガチ恋』をしないこと。
それが神坂美成子のファングループの中では、常識として扱われる掟の一つだった。
たとえ、それが見せかけだとしても、気持ちを隠しながら応援すること。
それが、僕らが唯一できる彼女への支えであり、務めでもあるのだ。
「……私も耳にしています。あなた方が世間からどのような扱いをされているのか」
だけど。
世間はそんな本質を見つけた僕らの理念を、宗教じみていると一言で嘲笑った。
そうしていくうち、いつしか世間からは煙たがられる存在になっていた……
「あー、そうですよね。なら、クラスメイトが僕ってほんと最悪なことかも」
「詳しくは存じ上げませんが、月に一度行われる儀式(?)も認知しています」
「なんと! お恥ずかしい限りです……」
まさか、そこまで知られていたとは……今となっては遠い記憶だ。
「嫌いとは言いませんよ。私は」
「超嫌いですか、なんならスーパー嫌いみたいな」
「自分のファンを蔑む歌手は、一流として相応しくない、と思います」
「つまり……それは?」
「応援も一線を越えなければ、私は肯定的に見ているということ、だと思います」
「だと思います……って、なんか締まらないな」
「ですよね。ごめんなさい」
そう言った彼女は、口元を隠しながら、クスクスと微笑んだ。
察してくれているのか、制服姿の翔を不審そうに見る様子はない。
「……どうかされましたか?」
「あ、いえ。それで、どうして神坂さんはここに?」
「私も走るのが苦手なんです。ですから、いい休憩所を見つけたと思って」
「ああ、左様で……」
「今更ですけど、相席しても?」
「そりゃあ、どうぞどうぞ」
翔はまるで自室を案内するみたいに、来客を招き入れた。
座るといっても、ザラザラとした土の感覚を尻で感じながら、硬い石レンガの上に座るという原始的なもので、オリコンランキングTOP3を何度も達成しているトップアーティストが休憩する場所ではないということは言っておこう。
「こ……ここにはよく来られるんですか?」
「ここに来たのは二回目です。気分が乗らなくて……」
「そうなんですね~」
先週の途中で姿を眩ませたのはここにいたからだったのか。
学年で走る校内マラソン、周りの目も教室で過ごすより断然に多そうだ。
しかし、サボり場所が被るなんて偶然もあるものなのか。ついてるかも。
「あと、何分くらいだと思います?」
「え、もうそろそろ終わるんじゃないっすか、ね、あ、あは、はーい」
なんだか舌が全然落ち着かない。釣り針で上唇を釣られている気分だ。
「雑談でもしますか?」
「え!」
「好きな曲とか、あったり……」
思いもよらない提案に、翔は電撃を浴びたみたいに瞬発的に腹から叫んだ。
「り……リトルロックドリーム!!」
「リトルロックドリーム……? 1stのカップリングの?」
「はい! 僕にとって大切な曲で、これがなかったらきっと今の僕はいない、そんな思い出深くもあり、宝物のような楽曲です!」
「へぇー……」
美成子は思慮深く翔の熱弁の模様を窺う。
まさか、こんな日が来るなんて。
まさか、神坂美成子本人とリトルロックドリームのことについて語り合える日が来るなんて……。
翔の心は嬉しさで胸が押し潰されてしまいそうなくらい、膨らんでいた。
「神坂さんはどう思っていますか? インタビューでもあまり話してくれてなかったと思うので、一言でもいいので訊きたいな~なんて思ったりしてます。へへ」
「えっと……渋いな、と思います」
渋い……?
「それは単にデビュー当初の曲だからという意味合いですか? それとも歌詞にそういった意味が隠されていたり……」
「昔の曲だからという意味合いですよ。楽曲ごとに深い意味は持っていませんから」
「あ、そう、ですか……」
仕事ではないから話す意義はない、ということだろうか。
いずれにせよ残念ではあるが、話せる限りでお願いしよう。
「じゃあ、2ndシングルの閃きスターチルドレンについては?」
『閃きスターチルドレン』
神坂美成子名義楽曲の中でも、かなりの人気を誇る楽曲で、この曲をきっかけにファンになったという人も多く聞く。
普段の雰囲気とは違う、ポップなスタイルで歌うのが特徴的な楽曲だ。
人気曲の裏に隠された秘密なんかがあってもいいんじゃないかと僕は思ってる。
「あれは蛇足だった、と思います」
「蛇足……?」
「あの楽曲は本来、私が歌う予定の楽曲ではなかったんです」
「そうなんですね! 知らなかっ……」
「知らないのも当然、だと思います。作詞作曲をしたのが有名な作家さんだったから、知名度向上のために権利を強引に買い取って、歌唱したものなので」
「…………え?」
とんでもないことを聞いた自信があった。
あの、大ブレイクのきっかけとなった、閃きスターチルドレンが、蛇足???
訳が分からない。権利とかも。
文春がこれを聞いたら大騒ぎだろう。でも、だからこそ。
僕は知っている、確信している。
彼女がいま、平静ではないことを、僕は確信している。
「そ、それって僕みたいな一般人に言ってもいいものなんですか?」
「大丈夫、だと思います。だって、貴方は私のファンなんですから」
「そういうもん……ですか?」
「はい。だいたい適当、だと思いますよ。特に芸能界は」
さっきの笑顔といい、首筋の方からピリピリと痛みが生じてくる。
適当なのは、眼前にいる彼女の方だ。
「ほかに質問はありますか? 不審そうな顔をしているので」
「テレビ出演した時に芸人のボケならず、MCのフリすら無視していたのは?」
「私が小心者で、緊張していたから」
吐き気を催してくる。
本人だからこそ、たちが悪い。
「ライブで僕らに言ってくれた感謝の言葉は?」
「まやかしですよ。脚本にそう書いてあったので」
「じゃあ、さっきのファンを擁護した発言は……」
「そういうキャラ付けで、そういうマーケティング戦略です」
「そう、ですか……」
たとえ、これらが嘘でも。
たとえ、これらが本当で演じていた仮面だったとしても。
「はい。貴方が思い描く神坂美成子はもう、死にました」
ファンの前では、最後まで仮面を剥いでほしくなかったよ。
「話は変わりますが、瀬崎君はコンビニでアルバイトをしていますよね?」
「はい、してますよ。あーそういえば、始業式の前日に買い物に来ましたね」
「それは……別人だと、思います。その日は夜まで仕事で忙しかったので」
「そっすか」
この告白を聞く前に、僕は感謝を伝えるべきだった。
「いきなりですが、今週の日曜日、わたしと一緒に出掛けませんか?」
あの季節外れの雪日、
陽は暮れて、人々が忙しなく帰路に着いたあのとき、
若かりし頃の僕が、あなたという存在に救われたということを……。
「いいですよ。街案内くらいします」
「あ、あと……他に呼べる同性の方はいませんか?」
「いないですね。僕と二人きりです」
「本当にいないのですか? たとえば……仲のいいらしい――さんとか」
「その子と二人で行きますか? なんなら、僕が彼女に直接……」
「大丈夫です! 二人はまだ早いので、大丈夫です‼」
「そうっすか」
「はい、そうです……。なら日曜、また二人でお会いしましょう」
それだけ言うと、神坂美成子は逃げるように、暗がりの納屋から出ていった。
「神坂美成子はもう……死んだ、か」
一人残された翔は、もう一度、彼女自身が吐いた言葉を口にした。
「もう、死んだ……」
もう一度、口にする。
「死んだ……」
もう一度……だけ。
※ ※ ※
『実は、これまで紹介した二つの作戦は三つ目の作戦のための下準備っす』
『どういうことだ?』
『コース料理と同じ原理っすよ。初めにステーキが来たら戸惑うでしょ?』
『戸惑う……かもな』
いや、肉食派レストランだと思い違和感を覚えることなく食べてしまうかもしれない。
『始業式の前日に来店した彼女、あれは神坂美成子で間違いないんすよね?』
『ああ、間違いない。古参の僕が見間違えるはずがない』
『いや。先輩、あれは違うって、認めてくれなかったじゃないっすか』
『怪しいとは思ってたんだよ! あ、これほんとだから~‼』
『先輩の意地の張りどころが最近分かってきた気がするっすよ……』
『とにかく、早く話せよ。三つ目の作戦とやらを。恋美が思う本命の策を――』
翔が急かすように発言を要求すると、恋美は不敵に笑みを浮かべる。
『言いますよ。三つ目の作戦はズバリ……』
この時、放心状態の翔は気が付いていなかった。
恋美の言った通りに、事が運んでいることに……
第三の作戦
『コンドーム購入を利用して、神坂美成子を操る』という作戦に。
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