焼き菓子屋


 「金柑のクッキーと、シュクレ。それから、レモネ砂糖のパイを三つ下さい」

 ショーケースには色とりどりの焼き菓子が並んでいる。注文の物を取り出し、お店のロゴが書かれた茶色の紙袋に綺麗に詰めていく。持ち手に赤いリボンをくるりと結べば完成だ。お客さんは「ありがとう」と一言告げて、それを受け取り、子供の手を引いて店を出る。嬉しそうな背中を見送っていると、私まで微笑ましい気持ちになる。お外で一緒に食べるのかな。それとも家に帰って、皆でお茶を淹れるのかしら。なんて想像をぼんやりと浮かべながら、カウンターを布巾で拭う。店の中には厨房から流れる甘い香りがいつも漂っている。カウンターに立っているだけでもほんのり幸せな気持ちになる。

 シュマド家から煉瓦道を歩いて数分、住宅街から外れたペンタゴラ通りの隅っこにある小さな焼き菓子屋で、私は働いている。学園は先月から長期休み期間だ。最初は荷物を回収するためにちらほら見かけた制服姿の学生達も、一週間も経てば殆ど帰省していなくなっていた。私達の所属するクラスも休暇期間に入ったので、タイミングを見計らって街の壁の至る所に貼られている雇用チラシに思い切って応募してみたのだ。ルドに黙ってそんな事をすれば間違いなく痛い目を見ると分かっていたので、通知が届く前に予め、恐る恐る相談してみた。案の定猛反対されたけれど、私が世話になっている御両親にどうしてもお礼をしたいからと粘ったところ、渋々了承してくれた。何故か家から近い場所という条件付きだったが、私にとっては十分大きな進展だった。昔から自分は部屋に閉じ籠って過ごすべきだと思い込んでいたし、そんな生活を常に強要されていた。故に外の世界で他の人に混ざって仕事に携わるというのは、味わったことのない解放を感じると同時に大きな不安もあった。けれど、店長はとても穏やかな人柄で、私にも親切にしてくれる。業務にも慣れて、段々と上手くやっていけそうな気がしていた。

 「ね、君も自信がついてきたんじゃない?お仕事してる時、ずっとうれしそうだよね」

 ひらりと身体を揺らめかせて、突然メイデーが頭上に現れる。

 「うん…慣れてきたみたい。最初はとても緊張していたけれど」

 彼はくすくすと笑って、そのまま木製棚の方へ飛んでいったと思えば、並んだ色とりどりの焼き菓子を目を輝かせて眺め回している。

 「あれもこれも、どれも美味しそうだなぁ。ボクにも食道と胃があったらいいのに!」

 なんせコレだからさ、と彼はわざとらしく空洞の手足を揺らしてみせる。私は返却された瓶を片付けながら言う。

 「ねえ、メイデー。私最近思うんだけど」

 「なんだい?」

 

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メイデー 七春そよよ @nanaharu_40

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