冷たい
「冷たい人ですね、貴女って」
そう言われて硬直してしまったのは、今まで私が随分恵まれていたからだろうか。それとも、私の本心を見抜けないほど鈍い人間達に囲まれていたからだろうか。もしくは、そもそもその事実に気づくことが出来るほど、私に興味を持つ人間が居なかった、または、そういったことを私に向かって直接言える程、私に気を許している人間がいなかったせいかもしれない。基本的に周りの人達は私のことを「優しい」「温かい」などと評する。冷たいですね、だなんて、そんなことをはっきり、私は生まれてこのかた他人に言われたことが一度も無かったのだ。演技っぽいが、一応、私は反論する。
「冷たくないよ!私のどこが冷たいっていうの?そんなこというなら、柳白くんの方が明らかに私に対して冷たいじゃないの」
頬を膨らませわざとらしく怒ってみせるが、彼は私を一瞥もせず本に目をやったまま答える。
「いや、冷たいですよ。それも極寒の地、南極とか、急速冷凍機、瞬間冷却剤くらいには冷たいですよね」
「…どうしてそう思うの?」
「そもそも、貴女には思いやりというものが完全に欠けていますよね。自覚が無いんですか?」
私は口を開けたまま固まってしまった。反論の余地がない。何故なら私にはその自覚がある。完全にある。全くもってそうだ。他人の事なんてどうでもいいと思っているし、正直死んだって一切胸が痛まない。悲しいニュース記事にも、今も尚苦しんでいるであろう他国の子供達にも一切興味が湧かない。基本的に私は、他人に関心が無いのだ。少なくとも、目の前の少年以外には。けれど私が驚いたのは、彼がそのことに気がついていたということだ。
「ひどいなあ。わたし、柳白君には優しくしてるつもりだったんだけど」
「とっている行動は優しい人そのものですけど、あなたの場合、動機が全く違うでしょう」
動機。理由、行動原理…優しくする理由。親切にする理由。そんなの、彼のことが好きだからに決まっている。寧ろ、全くの下心無しで親切を働く人間がいてたまるものか。出来るとすれば、どこぞの宗教家くらいなものだ。とはいえ仏教徒だって、煩悩を滅尽し悟りを開くとはいっても、それは人である自分も神に近づきたいという愚かな欲からきているもので、いわゆる下心といってもあながち間違いでは無いように思う。いや、そんなことはどうでもいい。つまり柳白は、私が何がよからぬ動機を持って自分に接近していると思い込んでいるのだ。それは今すぐ弁解しなければいけない。無いといえば嘘になるが、それはきっと柳白が思っているほど邪悪ではない筈なのだ。私は私の中の僅かな良心を信じている。
「別にわたし、柳白君から見返りを得たいだなんて思っちゃいないわ」
「いや、だから怖いんですよ。そんなの疑いしかないじゃないですか。見返りの無い優しさがこの世に存在すると貴女は本気で思ってるんですか?自分だけはそのたった一人に当てはまると思い込んでるなら、頭がイカれてるのを早く自覚して今すぐ死んだ方がいいですよ」
私に死ねなんて言葉をぶつけてくる恐れ知らずはこの世で冬崎柳白ただ一人だと思う。
「なんでそんなひどいことばっかり言うの?せっかくお土産に柳白君が好きそうなチョコレートを買ってきたのに…そんな意地悪言うならもうあげない。自分で持って帰る」
「あ、それは置いていってください」
とりあえず怒る素振りを見せてはいるが、私は彼のことを嫌いになってなどいない。寧ろ以前より愛おしく見える。何故って、他の誰も、私の心が芯から冷えきっていることに気がつかなかった。私がずっと演技をしていることを、私の正体が、人間のふりをした氷の塊であることを、誰も見抜いてはくれなかった。それを彼はさらりと見抜き、ずけずけと批判してみせる。私に関心が無いことの何よりの証拠だ。私は、私を好きにならなさそうな人間が好きだ。どうしようもなく、欲しい。手に入らない相手を追いかけている時間ほど、楽しいものはないのだから。
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