無様


 粉々になったイチゴ飴の破片が机の上に散らばっている。

 暫く無心でそれを見ていたけれど、次第に飽きてスマホの電源を入れる。通知が溜まっているのに気がつくが、見て見ぬふりをする。どうせ先輩からのLINE連投だろう。どうでもいい。興味の無い相手のためにわざわざ時間を使いたくなかった。何度も断られているというのに全く懲りずに繰り返し連絡を寄越してくる察しの悪い男だ。もう断る気力すら失せてしまった。通知欄の中に冬崎柳白の名前を探すが、見つからない。スマホが鈍い音を立てて床に落下する。

 頭を垂れてソファにだらりと寝そべる。逆さまの時計は16時半を指している。ふと手首に違和感を感じ目をやると、若干赤くなっているのに気がつく。先程飴を粉砕した時に怪我をしたのだろう。我ながら馬鹿なことをした、と呆れる。何故こんなことをしたのか自分でも分からない。ただ最近は色々なことがあった。心境と行動が常にばらばらで、頭の中が乱れて発狂してしまいそうだった。腹いせに目の前に置いてあった小袋入りのキャンディーを拳で思い切り叩きつけたのだ。飴は割れ、勢いよく机の上に散らばった。破片のうちの幾つかは、床にも落ちたと思う。だからといって特に何か起こるわけでもない。食べ物を粗末にするなと誰かに怒られるといったこともない。静かな部屋に、私だけが佇んでいる。

 現在、私が唯一興味を持つただ一人の少年。冬崎柳白は今、海外に居る。何らかの用事があって両親に呼び出されたのだ。私達は、恋人ではない。かといって友達ともいえない。わざわざ連絡を取り合うような間柄ではない。ゆえに、安否すら分からない。物理的に距離が離れてしまったというだけでどうしてこんなにも唯ならぬ不安を感じるのだろう。寝不足で霞む目を擦る。いつも整頓されている自室が散らかっていることすら今は気にならない。彼が日本に居ない。それだけで、私の睡眠を削るには十分な要因だった。

 以前の私であれば、興味の対象を失ったとしても別の相手を探せば対処出来る筈だった。他の男なんて、手の届く範囲に腐るほどいるのだから。例えば今すぐ先輩とのトーク画面を開き、可愛い挨拶と適当な謝罪文を返し、以前のように喜んでデートの誘いに乗ればいいだけの話だ。日々の退屈を潰す方法は他に幾らでもある筈だった。

 何故か今は、それが出来ない。冬崎柳白は特別なのだ。私にとって、かけがえのない存在だ。替えがきかない。別の誰かに代わることができない。その事実に気がついたのは、彼がいなくなってからだった。

 私達は恋人でも友達でもない。けれど、二人の間には揺るがぬ何かがあった。それは目には見えないが、確かにあった筈なのだ。その繋がりを柳白も同じく感じていたはずだった。だからこそ、私にのみ鍵を預けたのだ。そう、思っていた。

 

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