雨の日


 細かい雨が降っている。透明な傘を叩いて、パラパラと軽い音が鳴る。天気雨なのだろうか。雲は薄く、空は明るい。空気がしんと澄んでいる。川は水かさが増えて、水面はさざめいている。そうだ、こんなに心地良い日は、学校なんかに行くべきじゃない。橋の真ん中に着いたところで私は踵を返した。「あれ、行かないの?」と後ろを着いてきていた彼が不思議そうに尋ねてくる。私は頷く。

 「どうして?」

 「雨を眺めながら甘い物が食べたくなったから」

 「ああ。それはいいね、早く行こう」

 彼は軽い足取りで、私の少し前を歩いていく。道行く途中で店先の屋根に入り、寂れた郵便ポストに傘を立てかける。鞄から紺色のニットを取り出す。袖の窮屈なブレザーを脱いで、代わりにニットを羽織る。その様子を、彼は感情のなさそうな虚ろな目で眺めている。少し爪先の濡れた靴下も、脱いで袋に入れる。花の刺繍の入った、真っ白で柔らかい私物の靴下に履き替える。二つに縛った髪をほどいて、手櫛でさらりと梳く。少しだけ身軽になって、まばらな雨の中をまた歩き始める。

 学校の最寄りから一駅離れた喫茶店へ入る。この時間帯は客が少なく、特に今日は雨が降っていることもあり、静かで居心地が良い。店員が私の制服姿をチラりと見るも、何も言及することはなく、クリームソーダと紅茶がテーブルに順に並べられる。カップを彼の方へ寄せ、私は上に乗ったアイスクリームをつまみ始める。彼は「最近は眠れてるのかい」とカップを啜りながら尋ねる。

 「分かりきったこと訊かないでよ。私が眠気に負けてまともに授業を受けられていないことくらい知ってるでしょ」

 「でもさ、夜は眠ってるじゃないか」

 「関係ないの。寝ても寝ても日中は変わらず眠いんだから」

 「薬は?」

 「飲んでいるけど、効果はあまり感じられない」

 「それなら夢はどう?」

 「追いかけられるやつが五連続」

 彼は、紅茶をスプーンで掬ってくるくると回しながら「散々だねえ」と笑う。私は「笑い事じゃないの」と鞄からポーチを取り出して、中の錠剤を机に広げれば「出た、役立たず共」と薬を指さして彼はケラケラと笑う。私は深く溜息をつく。

 「そんな物に頼らないで、早く僕と心中しようよ」

 「そういう訳にもいかないでしょ」

 

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