Rhapsody 3
…
「ん…」
「(あれ?もう朝…)」
重い身体を起こす。
どうやら随分ぐっすり眠れたみたいだ。なんだか頭がすっきりしている。ふと昨日の赤い景色が脳裏を過ぎる。
「相沢君…ほんとに相沢君と話せたんだなあ…私」
それに、死体の処理まで手伝わされて。ううん、わざわざ手伝わせてくれた。私のことを殺さずに、事情まで話してくれて…
「ほんと、すごい一日だったなあ。昨日は」
改めて感動に包まれながら、布団から出る。台所へ向かう。ひたひたと歩く足元が冷たい。床暖房のスイッチをオンにして、コーヒーを淹れる。
「相沢君、今日学校来るかな…」
頭の中にふわっと、血塗れの彼の顔が浮かぶ。また昨日のことを思い返す。本当に、なかなか体験出来ないことをした。
「私のこと、結局殺さずに生かしたままにしてくれたけど…少しは信用してくれたってことかな」
ふふ、と顔が綻んでしまう。熱いコーヒーが喉をこくこくと伝っていく。早く相沢君に会いたい。
そういえば、結局告白の返事はもらえなかった。勢いで言ってしまったし、それに付き合ってくれとは言っていない。けれど、もう一度会ったら聞いてみよう。
「早く相沢君に会いたいな…」
頭の中が、返り血にまみれた彼の顔で埋め尽くされる。まるで相沢君のことしか考えられなくなってしまったみたいだった。
「(私、会う前よりもっと好きになってる。だって、想像通りの人だったんだもん…)」
空になったコーヒーカップを机に置く。ちらりと目に入った時計の針が、六時半を指していた。
「学校行かなきゃ」
慌て気味にパジャマを脱ぎ、布団の上に投げ捨てる。制服を着ながらまた彼のことを考える。
「今日も会えたらいいな…相沢綾斗君…」
そんな期待をひたすら胸に抱きながら、私は家を出た。
学校に到着し靴を履き替えた後、私はそのまますぐに相沢君を探しに向かった。
自分のクラスを通り過ぎ、隣のクラスを窓越しに見渡す。
「まだ来てないのかな…」
残念ながら、そこに相沢君の姿は見当たらない。なんだか拍子抜けだ。
よくよく考えてみれば、相沢君は元々休みがちだというし、無駄な期待だったのかもしれない…
はあ、と深いため息をつきながら、私は自分の教室へと戻っていった。
…
「…あっ!!」
賑やかな昼休み、沈んだ気持ちで屋上へ上がってきた私の目に飛び込んできたのは、柵越しにグラウンドを見下ろす相沢君だった。
「なんだよ、うるさいな」
表情一つ変えずに、相沢くんはこちらを見る。その冷たい態度すら今は愛おしい。
私は満面の笑みで彼に駆け寄った。
「相沢君、おはようございます!!五組の教室を覗いてもいないから、てっきり今日はお休みなのかと…!」
「いや、今来たとこだから」
たしかに彼は鞄を持っている。本当に今来たばかりなのだろう。
「本当はお前の言う通り、今日は休むつもりだったんだけどさ…誤解も早く解かなきゃいけないから」
「そうですよね、早く誤解を解かなくちゃいけませんよね…!」
私は頷きながら言う。
まあ、誤解も何も、相沢君が女生徒を殺したのは嘘でも何でもない、ただの事実でしかないのだが。
「あのさ、立花」
「は、はいっ!何でしょうか!」
「? 何緊張してんの」
…だって、緊張するのは当然だ。相沢君の制服姿は初めて見るし。それに、昨日は暗くてよく見えなかった彼の端正に整った顔が、今はハッキリと見える。
「相沢君、ほんとイケメンですよね…」
「うん知ってる」
「あ、自覚あるんですね…」
そういえばそうだった。相沢君は、自分がモテると自覚した上で女を引っ掛けて手にかけたのだった。自分の顔まで武器にして…本当に最低な男だなと改めて思う。
「立花、お前昨日のこと本当に誰にも話してないだろうな」
相沢君は念を押すように言う。彼のいう昨日のこととは、勿論昨晩の死体処理のことだ。私は正直に答える。
「勿論。誰にも話してませんよ」
「…ならいいけど」
そう言って彼はそっぽを向いてしまう。そこで私は、思い出したことを尋ねてみる。
「相沢君、昨晩私を殺さなかったってことは…少しは私の事、信用してくれたってことですか?」
「…まあ、そうだね。無事に死体の処理も終えられたし、それに…」
「それに?」
「お前の頭が狂ってるってことは、昨日の時点ではっきりしたから」
振り返って彼は言う。私は思わず笑ってしまった。だって、その通りなんだから。
「私、頭おかしい女だと認識されてるんですね」
「当たり前だろ。初見なのに平気で死体切り刻む奴がどこにいるんだよ」
確かにそうかもしれない。私は自分で思うより、人よりズレているところがあるのかもしれない。死体だの何だのを抜きにしても、それを一発で見抜いてしまう相沢君は、やっぱりすごいなぁと私は思った。
相沢君が鞄を持ち直し、屋上の扉へ向かう。
「じゃ、僕そろそろ行くけど」
「あっ…待ってください!私も一緒に戻ります」
慌てて追いかける。屋上付近には普段ほとんど人が寄り付かないので、とても静かだ。階段を降りる二つの足音だけが響く。
「そういえば相沢君、どうして屋上に居たんですか?」
「…人のいない所に居たかっただけだよ」
そう答えたのを最後に、相沢君は何も喋らなくなってしまった。私もそれに倣って無言で階段を降りる。
五組の前まで来たところで、彼は再び口を開いた。
「それじゃあ、また放課後にね」
「はい!……え?放課後って…」
尋ねる間も無くチャイムが鳴り、彼はさっさと教室に入って行ってしまった。
つまり、放課後にまた会える…という事だろうか。
高鳴る気持ちを抑えつつ、私は自分の教室へと向かった。
┄┄
放課後、校門の前で相沢君は待っていた。急いで駆け寄る私の姿を見るなり、さっさと歩き出してしまう。
「随分遅かったけど、もっと早く来れないの?」
「ごめんなさい…ホームルームが長引いちゃって」
苛立ち混じりの溜息をつき、彼はまた歩きだした。私もそれに続く。
空は夕焼け色に染まっている。他の下校中の生徒達とは逆方向に、彼は歩いていく。
「あの…相沢君、どこへ向かってるんですか?」
「中心街の方。お前に会わせておきたい人間がいるから」
「私に…?」
相沢君が、私に会わせておきたい人間。全く想像がつかない。やっぱり任務関係の人だろうか。私が安易にそっちの世界に首を突っ込んでしまったから、何か問題が起きたとか?それとも、他の殺し屋仲間?
前を歩く彼に、恐る恐る尋ねてみる。
「あ、あの、その人ってもしかして、アインの人間だったりします…?」
「ああ、そうだよ。お前にしては察しがいいじゃん」
「それって大丈夫なんですか…?私をこれ以上国家機密だの組織だのに関わらせちゃまずいのでは…」
「別に大丈夫だよ。僕の死体処理を手伝った時点で、お前も共犯なんだから」
共犯。その一言が胸にぐっと刺さった気がした。そうだった。私はもう引き返せない。自ら進んで共犯者になってしまったのだから、今更何を躊躇うことがあるのだろう。
「それにお前、言ったよね。僕の力になりたいって」
「は、はい…確かに言いました」
「だったら、協力してもらう上で色々知っておいてほしいこと山ほどあるし、会わせておかないといけない人間も沢山居るんだよね」
それはつまり、私を協力者として正式に認めてくれるという意図なのだろうか。踏み込んでもいい、という許可が下りたということなのだろうか。
私は急に嬉しさがこみ上げてきた。これで遠慮無く相沢君の力になれる。
「お前は組織の人間じゃないから、全てを教えるという訳にはいかないけど…僕が伝える必要があると判断した事柄はちゃんと教えておいてあげる。知るからには、責任をもって僕に協力してよ」
「…はい!ありがとうございます!私、相沢君のために精一杯頑張ります!!」
「…殺しの手伝いが出来るのをこんなに喜ぶような奴、多分お前くらいだよ」
彼は呆れたように笑った。私にはその笑顔がとても眩しく映った。嬉しかった。
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