Rhapsody 2
好みのタイプは酷い男。どうしようもない性格のクズ男。何故かは明白。冒頭にも記したように、私は自己犠牲を軸に生きている。なので人に面倒をかけられるのは本望。つまり、面倒をかけてくれるような、どうしようもない人が望ましいというわけだ。
ある日、クラスの子達が話している噂を耳にした。
「隣のクラスの相沢君、付き合ってた女の子の首絞めて殺しちゃったって」
「自分の思い通りにならないからって。最低だよね」
その噂を聞いた瞬間、私の好きな人がその相沢君とやらにすり替わった。
それまでは同じクラスの、素行が悪いと評判の不登校の金髪不良が好きだった。だけど彼はなかなか学校に現れないし、なにより最近は、更生して真人間になったと専らの噂だ。私の気持ちは完全に冷めつつあった。そこでこの新たな噂だ。相沢君が彼女を殺したと。なんと魅力的な話題だろう!
「その相沢君って、どんな人なの?」
私はさっそく流行りの話題に乗っかった。勿論、愛しの彼のことをもっと深く知るためである。といっても、まだ会ったことも見たことも覚えていないような関係だが。
噂好きのクラスメイト達は快く教えてくれた。彼女らはぺらぺらと流れるように、こういう時だけは上手く口が回る。
「なんか、イケメンらしいよ。噂が流れるまではモテモテだったんだけど、流れてからは取り巻きの女子達も皆注意深くなったって…」
「てか、この噂って誰が言い出したんだろうね?現場を見てた人がいたのかなあ」
「本当だったら怖いよね〜。私だったら絶対そんな奴と付き合うとか無理だわ」
「え…えっと、そうだよね、怖いよね」
「あんずも気をつけなよ!あんた可愛いから、相沢君に捕まっちゃうかもよ」
「え、えー?そんなことないけど…や、やだなー、怖いなー」
正直本当に捕まってみたいものだと、その時は思った。だが、そんなことを口に出しては引かれるに決まっているので黙っていた。
第三者の意見を聞いても、たいした収穫にはならない。やはり本人から聞き出さなければ。けれど、最近は学校に来ていないらしいので、会うのはむずかしいようだった。顔が分からないようでは、話にならないじゃないか。そこで私は思いついた。
校外学習の時撮った写真を友達に見せると、「これが相沢君だよ」と指さして教えてくれた。なるほど、確かに整った顔をしている。
長めの黒髪に、青白い肌。一部の女子にウケが良さそうな。
「かっこいいね」と正直な感想を述べると、「あんず、顔に騙されちゃ駄目よ」と念を押された。自分達だって、噂が流れるまでは顔目当てで近づいてたくせに。私は急に腹立たしくなったのだった。
…
その噂の彼が、今目の前にいる。
まるで夢の様な出来事に、息もできない。目の前に相沢綾斗君がいるなんて。そして、私の首を絞めようと、両手を私の首にかけている。けれど…
「はあ?お前何言ってんの」
彼は呆れ顔で私をただ見ている。
「…あっ、えっと、あの…」
直前に自分が言ったことを思い出して顔が熱くなる。
「(もしかして私、焦って告白しちゃった…!?)」
「お前、僕のこと好きなの?」
「あっ……ち、違うんです…!いや違わないけど…っその…思わず口に出してしまったというか…」
彼はやけに冷静だ。彼が手に持っていた生首は、いつの間にか地面に転がっている。
「お前さ、普通この状況でそんなこと言う?」
「…言わないですよね。ごめんなさい」
思わず俯くと、彼は深いため息をつき、こちらを見下げた。
「気が動転しておかしなことを言ったの?それとも、僕に殺されると自覚して気を逸らせようとしたの?」
「どっちも違います!今のは、本気で…」
「本気で…何?」
疑いと期待が入り混じったような目をして、彼は私の顔を覗き込む。
「本気で…ずっと好きだったので…思わず…」
「……謝ってよ」
「へ?」
「お前のこと、証拠隠滅に殺さなきゃならないのに、完全に萎えたじゃん。謝ってよね」
からかわれているのだろうか。と思わされるほど、彼の表情には面白がっている様子が見てとれた。とりあえず、今は大人しく謝っておこう。
「ごめんなさい…」
「よろしい」
彼はにっこり笑って、絞めかけていた手をそのまま私の頬に当てた。
「もっかい謝ってみて?」
「…ごめんなひゃい」
「……」
彼は笑いをこらえている。完全に遊ばれている…。足元に死体が転がっているとはとても思えない程の気の抜けた空気だ。
「お前がさっき見たこと、誰かに言う?」
彼は転がる首と胴体を指差し、私を一瞥した。
「絶対に言いません!…というか、これやっぱり相沢君が…?」
「そうだよ。僕が殺ったに決まってんじゃん」
彼は当然の如く頷く。
「どうして…」
「どうしてって、それが仕事だから」
その言葉を聞いて、全て理解した。彼は…
「相沢君は、アインの人間なんですか…?」
この国全土どころか、この地球全体を取り仕切っていると云われている、莫大な権力をもつ巨大組織。
「そうだよ。それも、暗殺部隊のね」
ああ、やっぱりそうだ。彼は任務で、誰かに言いつけられて殺しているんだ。だとしたら…
「彼女を殺したって噂も、任務で…?」
「ああ、あれは僕の独断。まさか誰かに知られてるなんてね。噂にまでされて最悪だよ」
「なんだ、よかった…」
安心した様子の私を見て、彼は納得がいかないといった顔をした。
「なんでお前、そんな嬉しそうなの」
「…相沢君がただ任務で殺してるだけだとしたら、私の理想と離れちゃいますから」
「は?何その理想って」
「相沢君には、猟奇的でいてほしいんですよね、私」
彼はますます分からないといった表情をした。私の言葉を頭で何度か繰り返し、やはり分からない、と何周かした様な顔で。
「…まあいいや。とにかくさ、お前が今見たことを誰かにバラされると僕はすごく困るわけ。だからここで死んでくれる?」
彼はいつの間にか私の首にナイフをあてがっている。
「…信じてもらうには、どうしたらいいんですか」
「んー…あ、ここに転がってる死体の処理でもしてみれば?そうすれば信じてやるよ」
彼は後ろに転がる死体を指差す。
「どうせ出来ないんだろうけど…」
「私やります!!」
「…え?」
私は死体の横にしゃがみこみ、どうしたらうまく隠せるかを考えた。
(こういうの昔ドラマで見た気がするけど、やっぱり燃やすのが一番いいのかな…まずバラバラにして…あ、ナタとかチェーンソーとか要るかも。ホームセンターで買ってきて…)
「ちょ、ちょっと待って!お前、ほんとにやる気なの?」
「え…当たり前じゃないですか。だってそうしないと信じてもらえないんでしょう?」
「確かにそう言ったけど、でも…」
彼は疑いの眼でこちらを見下げる。こんな細っこい女一人で全て処理出来るのだろうか。こんな怪しい女に任せていいのだろうか。そんなことを考えている目だ。
「…相沢君も手伝ってくれたら、早く終わるかもしれないです」
「…はあ、仕方ないな」
渋々ながら手伝ってくれるようだ。彼は持っていたナイフで、遺体となった男の指先からちまちま切っていく。
「お前、さっきから全然逃げようとする素振りを見せないけど、本当に何なの?本気で僕のこと好きなの?だから逃げようとしないの?」
「はい!そうです!」
「………いや…気持ち悪。信じられない」
そう言いつつ、彼は袋に遺体を手際良く詰めていく。なんだかんだでまだ私のことを生かしてくれているし、少しは信用されたと思っていいのだろうか。
買ってきたナタでバラバラにした遺体を、袋に小分けにして入れていく。
「一人で刃物買いに行かせた時、どうせ逃げると思ってた。まさか本当に戻ってくるなんてね」
「逃げるわけないですよ。あ、他にまだ何かした方がいいんですか?信用を得るために」
「いや…もういいよ。お前の頭がイカれてるってことは充分に分かったから」
「そんな言い方ひどいですよ、せめて健気だとか一途だとか言ってくれても…」
「お前のはそんなレベルの話じゃないでしょ…ったく、面倒な奴に好かれちゃったなあ」
「面倒な奴って…」
彼は秘密を知られても、そんなに動揺した素振りを見せなかった。むしろ、協力者が増えて楽しそうでもあるようだった。
「そういえば、お前の名前聞いてなかった。何ていうの?」
「あ、そういえば…。名前は立花あんずです。2年4組の」
「ああ、そういやそんな奴いたな、隣のクラスに」
彼は袋を纏めつつ言う。私もそれに倣って、袋をまとめ始める。
「私も、噂を聞くまでは相沢君のことあんまり知らなかったんです。けど知ってからはずっと気になってて」
「へえ、そんなに広まってるんだ、その噂」
「それどころか、クラス中その話題でもちきりですよ。相沢君が学校に最近来ないのも、そのせいだって…」
「まあ、それもあるけどね。最近仕事が増えててさ。忙してくてなかなか行けてないんだよ。早くそんな噂はデマだって信じ込ませないといけないのに…」
「え、デマなんですか?」
「いや?本当だよ。けどそう思わせなきゃ僕の立場が危ういだろ」
確かにそうだ。いつまでも犯罪者だなんて噂されていたら、相沢君の立場が無くなってしまう。
「どうにかしてあの女の死を、あの女自ら行ったものだと思わせないといけない…」
彼は深刻そうな顔をしている。私も弁解に協力出来ないだろうか。新しい噂を流すとか…
「あの女って、相沢君の彼女だった人ですか?」
「彼女なんかじゃないよ。僕の顔目当てで勝手にすり寄ってきただけの馬鹿女。何も知らないくせに、知ったような口聞くから腹が立って…」
「えっ…そんな理由で、殺したんですか?」
「ああそうだよ。あいつが僕の気に障るようなことをベラベラ話すから絞め殺した」
彼は後ろを向いている。遺体が入った袋を握る手に、血が跳ねてこびり付いている。
「…本当にそれだけ?」
「…それと、僕がただ殺したかっただけ。そもそも、それが目的で付き合ってたんだ」
「………」
「僕、死体以外の女に興味無いんだ。生きてる女とヤったって何も面白くないし。まずは殺さなきゃ何も始まらないんだよね」
「…………あははっ」
「何笑ってるんだよ」
「…相沢君が思った通りの人で嬉しかったんです」
「はあ?」
本当に、最悪最低の男だ。
人の命をこんなに軽く扱って。自分の欲求の為に殺して。なんて酷い人なんだろう。捕まれば間違いなく即死罪だ。
「相沢君、やっぱり私、相沢君のこと好きです」
「いや待って。今の話を聞いても本気でそう言ってるの?僕、お前に諦めさせるためにわざわざ本当の話を…」
「だから好きなんです。私、相沢君のこと諦めるなんて死んでもしません」
彼は絶句している。そんなに変なことを言っただろうか。
私は緩む顔を抑えられなかった。自分がこの世に産まれてきたのは、彼に出会うためだったのだとすら思った。私は彼に出会うために今日まで生きていたのだ。彼は私の理想そのものだ。私の欲求を満たしてくれるのは、間違いなく彼しかいない。そう確信した。
私が相沢君のために出来ることは何だろう?
まず、彼が警察に捕まらないよう援護すること。それと、証拠隠滅の手伝い。
彼の力になりたい。彼を傍で支えたい。恋人なんかになってもらわなくてもいい。だって、そうなったら私の理想とブレてしまう。私は、血も涙も思いやりの欠片もない彼が好きなのだ。私なんかに情を移してしまっては、話にならないではないか。
相沢君はバラバラ遺体をまとめた袋を軽々と担ぎ上げ、大きな鞄にぶち込んだ。
「あとは僕が処理しておく。お前はこれからどうするの」
「これからも相沢君の傍にいたいです」
「………それはやめといた方がいいと思うけど。お前まで捕まるよ」
「別にいいんです。覚悟なら出来てます」
「……お前、本気で言ってる?」
「勿論です」
相沢君は、まだ信じられないといった顔をしている。それはそうだろう。自分でも馬鹿なことをいっているのは百も承知だ。
「…目撃したことも、処理に加担したことも、今日だけは許してあげるよ。だけど、もし誰かにこの事をバラそうものなら…」
「その時は、私を殺してくれても構いません」
「………じゃあね立花あんず。また学校で会おう」
彼は鞄を担ぎ上げ、細い地下路地の闇へと消えていった。
彼の硬い靴の足音が聴こえなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます