Rhapsody
杏と綾斗の出会いを書いた話です。
高校生くらいの時に占ツクでこっそり匿名公開してました。
昔のものなので文章が拙いですが悪しからず...。
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献身的で自己犠牲的。それだけが私の取り柄。
人に惜しげも無く物を譲る。自分の損は気にしない。相手を喜ばせるためなら何でもする。罪なら喜んで被る。嘘つきにもなる。平気で殴られる。蹴られる。罵倒される。決してやり返さない。それが好きな人のためなら、尚更。
「大切な人に全てを捧げなさい」。母はよく私にそう言い聞かせた。母は私と同じく自己犠牲的な人だった。愛する父のために全力で生き、愛する父のせいで母は死んだ。結局、母には何の見返りも無かったというわけだ。だけど母の死に顔は幸せそうだった。まるで、この世にもう悔いはない、とでも言いたげな。
「大切な人のために全てを捧げる」。その言葉を信じて育ち、早17年。母が死んだ今でも、私は未だにその言いつけをしっかり守っている。…いや、その言葉が今日この日に至るまで私を縛り付けている、と訂正した方が正しいだろうか。兎にも角にも、私にはその言葉が全てであり、一種の信仰心すら覚えていたのだった。
友達にノートを貸してくれと言われて、断ったことは一度も無い。それが徹夜で書き付けた物だとしても。それが真に相手のためにならないと分かっていても。私はノートを貸す。その行動は半分、自分のためでもあった。とどのつまり私は、人に優しい自分に酔っていたのだ。可哀想な私って可愛い。可哀想な私でいたい。その自覚が私にはあった。あるからこそ、自分を犠牲にする。まるで中毒者の様に。人に優しくした時の、一瞬の優越感。下の立場を装いながらも、相手の喜びは自分のお陰なのだという優越感。私はそれが、欲しくて欲しくて堪らないのだ。その快感を得るためなら、私は何だってする。殴られても蹴られても構わない。嫌なことは自ら進んでやる。それで人から感謝された時のあの快感を得るためだけに。
私にはこれといった取り柄がない。見た目も中身も普通中の普通。飛び抜けて誇れるものが、何も無いのだ。だから人から求められることも、感謝されることも無い。そんな私にとって自己犠牲をするのが一番手っ取り早いのだ。正直なところ、自己犠牲は私にとって、人から必要とされるための手段でしかないのだった。
そんな偽善的で欲深い私が彼と出会ったのは、高2の夏のことだった。
学校からの帰り道、居残りでいつもより少し遅くなってしまって、辺りは暗かった。静けさに包まれた駅。薄明るい出口を抜けて、短い橋を渡る。家路へと急ぐ私の耳に、突然男の悲鳴が聴こえてきた。
悲鳴は、少し離れた階段の下から聴こえているようだった。そこを降りると木々や建物の影になってかなり暗くなってしまう。危ないから近づくなと小さい頃から教えられていた所だった。
私は悲鳴が無性に気になった。どこかの気違いが唐突に叫んだのかもしれないし、ただ調子に乗った学生達がふざけただけかもしれない。けれど、気づくと私は階段に向かって足を踏み出していた。
コツコツとローファーが地面を蹴る音だけが響く。剥き出しになった、どこと繋がっているのか検討もつかないパイプ。塗装の禿げた壁。人が寄り付かないためか、階段下は若干の荒廃が見られる。
かなり下まで降りた所で、私は人の気配に気がついた。下に誰か居る。もう悲鳴は聴こえないが、確かに曲がり角の向こうに誰かが居るようだった。ここらで引き返そうか?悩む頭と裏腹に、足は進む。そろり、そろり。ゆっくりと、壁から顔だけで覗く。人が居る。暗くてよく見えないが、どうやら同じ学校の制服を着た男の子のようだ。悲鳴は彼のもの?分からないままに、私はその少年に近づいた。
近づいてみて、初めて気づいた。
彼は手に何かを持っている。目を凝らさなければ見えないが、それは確かに"人間の頭部”だった。
「…っ!」
驚いたと同時に、持っていた鞄が音を立てて下に落ちる。少年は勢いよくこちらを振り返り、私を凝視した。もう片方の手にナイフを持っているのが見えた。
殺される。そう確信した。しかし、その顔には見覚えがあった。確か、クラスで噂になっていた…
「相沢 綾斗くん…ですよね…2年5組の…」
震える声でそう言った私に、彼はゆっくりと近づいてくる。近くで顔を見て確信した。やはり彼は相沢君だ。付き合っていた彼女の首を絞めて殺したと噂になっている、隣のクラスの男子。
「あ、あの、相沢くん」
彼は私の首に両手を当てた。証拠隠滅に絞め殺すつもりだろう。けれど私は言わずにはいられなかった。噂を聞いた時からずっと慕っていた。だって彼は…
「つ、つ……付き合ってくれなくてもいいので、好きでいることを許してください…」
私の好みのタイプそのものなのだから。
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