第39話 日没
あ、そうだ!
不意に思い至って、自称女神の方を見る。
「俺の意識を地上に戻してくれ!」
自称女神がにやりと笑う。俺が何を思いついたのか、既にわかっているような顔だ。あ、こいつは心が読めるからわかるんだった。
「戻りたきゃ勝手に戻れ。念じるだけでも戻れるぞ」
「そうなのか? わかった」
戻りたいと、念じてみる。すると、すぐに視界が暗転し……俺は、また真っ暗闇の中にいた。
『戻ってきたか。そんじゃ……湯煙、発動!』
たぶん一生使うことはないだろうと思っていた、このしょうもないスキル。
収納ポーチの空間は無限ではないのだから、湯煙で一杯にすれば、外に漏れ出すのではなかろうか?
『とにかく、湯煙で一杯になれ!』
黒い空間に、湯煙が満ちていくのがわかる。そして……。
「え? 何?」
収納ポーチの異常を感じたか、猫耳のメイドがポーチを開けて覗き込んでくる。
チャンス。そして、幸いなことに、ここは屋外で、空もかなり暗くなっている。
いける。
『行け。謎の光!』
「うにゃっ!?」
最大出力で、謎の光を発生させる。謎の光は猫耳メイドの目を眩ませて、さらに天まで光の柱を伸ばす。
ルビリア、気づいてくれよ。俺、ここにいるぞ。どこか知らんけど!
猫耳メイドが収納ポーチを閉じてしまう。もう、開けてくれることはないだろう。
しかし。
三分もしないうちに、再びポーチが開いた。
そこには、涙を拭った跡が残る、ルビリアの顔。
「ヤキチ!」
『ルビリア! 悪い! 合図、遅くなった!』
「いい。逃げるよ!」
ルビリアが俺を手に取り、ポーチから出してくれる。
「逃がしませんよ!」
俺の合図で、ヴェリーシアもやってきてしまったらしい。ルビリアに接近し、俺を奪おうと手を伸ばす。町中だからか、魔法を行使しないようだ。
「もう、絶対渡さない」
ルビリアが軽やかにヴェリーシアをかわす。
『湯煙! ルビリア、逃げるぞ!』
再度湯煙を使い、ヴェリーシアの視界を奪う。
「こんなもの! ……え? なんで風で払えないんですか!?」
ふはは。湯煙をなめてもらっては困るね。女性の大事な部分を隠すため、風程度では払えないようになっているのだよ。なんてね。初めて使ったスキルなので、こんな効果があって良かったと安堵するばかりだ。
ヴェリーシアが混乱している間に、ルビリアがその場から立ち去る。
全速力で離脱し、そうしている間に……日が、沈んだ。
『あっぶねー……。でも、俺たちの勝ちだな』
「うん……。勝った。良かったぁ……」
ルビリアがその場でにぺたんと膝をつく。散々、走り回ったんだもんな。本当に、よく頑張ってくれた。
『俺を見つけてくれて、ありがとう』
「……わたしの方こそ、一時でも奪われちゃってごめん。見つけるのも遅くなって、ごめん」
『……俺にもできることがあったのに、それを考えてなかった。いざというとき、全部ルビリアに任せきりになってた。反省だ』
「……ヤキチは動けない。仕方ない。わたしが、もっと頑張らなきゃいけなかった」
『……いつも、ルビリアにそんな風に思わせちまってごめんな。俺も、もっと頑張るよ。戦闘なんて無理だって思ってたけど、俺にできることも、もっと考えてみる。色んな形で、ルビリアの力になれるようにする。一緒に、頑張っていこう』
「……うん」
ルビリアが俺をぎゅっと抱きしめる。離れていた時間は僅かのはずなのに、随分と懐かしい気がする……。
その後、俺たちはゆっくりとランギルスの家に戻った。
客間にはヴェリーシアたちも集合していて、四人とも悔しそうな顔をしていた。
「あーあ、惜しかったんですけどねぇ。ヤキチさんにあんな能力もあるとは思いませんでした。まぁ、それでも負けは負けです。私は、ヤキチさんからは手を引きます。
けど、これで終わりではありませんからね? 今回、私たちは正面から勝負を挑みましたけど、本気でヤキチさんを奪おうとする奴がいたら、いつどこで狙われるかもわかりません。
あなたたちが危険な存在じゃないことも、強いことも、戦ってみて理解しました。それでも、身の安全を守ることは決して簡単ではありません。お風呂屋を開くのもいいですが、日頃から対策はしてくださいまし」
『おう。わかった。色々と、気づかせてくれてありがとな』
「……もう、絶対誰にも奪わせない」
「ルビリアさん。特にあなたは、気合いでどうにかしようとするきらいがあります。守りたいものがあるなら、しっかり頭を使ってください」
「……わかってる」
「わかっているだけではダメですよ?」
「うん……」
『俺も反省して、ルビリアに変化を促していくよ』
「そうですね。頼みます。……ランギルス様でも、私でも、できることは限られています。いつでもあなた方を守れるとは限りません。自分たちの平穏な暮らしを守るため、これからも考え続けてください」
ヴェリーシアが満足そうに頷くと、ランギルスがくつくつと笑い出す。
「ヴェリーシアも偉くなったもんだ。昔はただのじゃじゃ馬だったのになぁ」
「い、いつの話をされているんですか! 私はもう十六ですよ!?」
「十六なんてまだまだ子供だよ」
「エルフの世界ではそうかもしれませんが! 人族としてはそれなりなんです!」
「そうかそうか。ま、とりあえず……ヤキチ、ルビリア。こいつら風呂に入れてやってくれよ。動き回って汗かいてるからさ。その間に夕食準備させるよ」
『ああ、わかった。いいよな、ルビリア』
「ん。いい」
そういうことで、今回は獣人メイド三人も交えてお風呂に入ることになった。
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