第38話 おめでとう
「よ。人型獲得おめでとう」
あぐらをかいて、水色の下着をチラ見せしてくる自称女神が目の前にいた。
「あれ? 俺、収納ポーチに放り込まれてなかった?」
いつも見ている白い空間。先ほどまで、真っ暗闇の中にいたはずだ。
「あんなとこで閉じこもっててもつまんねーだろ。せっかくだから無理矢理こっちに引っ張ってきた」
「ああ……そう。あれ? そう言えば、俺の体、なんか新しく作った奴になってる?」
髪は長いし、水色だし、服装も浴衣だし。
「もうそっちの姿でいいだろ。日本人のおっさんの姿に未練があんのか?」
「いや……特には」
「そっちの方が絶対可愛いし、あたしも好きだし、それでいいじゃん」
「……いいけどさ。いやしかし、この体には男として重要な部分が欠けていて……」
「そんなん気にすんなって。そのうち生やす機会もあるから、それまでは股間の涼しい生活を満喫しとけよ」
「……まぁいいや。あれがなくても恋はできるし」
「そうそう」
「っていうか! 俺だけのんびりお前と雑談してる場合じゃないって! ルビリアはどうなった!?」
「戦ってるよ。見る?」
「見る!」
「ほい」
自称女神が、俺の前に十インチ大のスクリーンを生じさせる。その中で、ルビリアは黒炎によって拘束を破壊していた。近くにランギルスとカシーナはいるが、ヴェリーシアたち三人の姿が見えない。
「あれ? ヴェリーシアたちは?」
「逃げたよ。日没までお前を保持するのが勝利条件だからな。別にあの庭から出ちゃダメとか言ってない。
ちなみに、誰がお前を持っているのかもわからないよう、小細工してた。ルビリアには索敵能力とかねーから、一度隠れられちまうと探すのは大変だろうな」
「……くそ。俺が捕まって、呆けてたばっかりに」
「確かにお前もぼうっとしすぎだが、ヴェリーシアもなかなかのやり手だ。お前がしっかりしてたところで、この状況にはなってたと思うぜ」
「……お慰め、ありがとよ」
「くっくっく。悔しそうだなぁ」
「そりゃそうだよ。俺は……傷つけられることのない無敵な体かもしれないけど、戦う力が何もなくて……。守られてばっかで、悔しい」
「そうかそうか。お前もやっぱり男の子だなぁ。守られてばっかじゃ嫌か」
「嫌だよ」
「け、ど。お前に戦う力を与える気はねぇ。ま、そのうち外でも人型でいられるようにはしてなるけどな」
「……ケチ」
「かっかっか。ああ、あたしはケチなんだ。残念だったな」
「……くそ」
スクリーンの中では、ルビリアが泣きそうな顔で闇雲にヴェリーシアたちを探し回っている。あんな顔、見たくなかった。
「あいつ、よほどお前のことが好きなんだなぁ。ちょっと離ればなれになっただけで、もう泣きそうじゃねぇか」
「……なんでだろうな。俺、ルビリアに、そんな好かれるようなこと、してないと思うのに」
「ルビリアの精神がまだお子ちゃまだってのもでかいだろうな。スキルを得たのが十歳で、そっからあんま人と関わって来なかったから、初めてちゃんと寄り添ってくれた奴に過剰に好意を持っちまったんだ」
「……そうか」
ルビリアの過去については、ある程度聞いている。
この世界では十歳でジョブとスキルを得るらしいが、ルビリアが黒炎を獲得してから、周りはその存在を恐れ、疎むようにさえなったのだとか。
両親だけは辛うじてルビリアと今まで通り接しようとしてたが、いつも怯えていたようだとも言っていた。
家にいるのも、故郷にいるのも居心地が悪くて、成人した十五歳のときにさっさと独り立ちしたそうだ。
「俺、ルビリアの居場所になれてたってことか」
「そうだな。お前は黒炎でも死なねーし、偏見もねーし、風呂は気持ちいい。ルビリアにとっては、一緒にいて最高に落ち着ける相手だろう」
「そっか。……早く、ルビリアの側に戻りてぇ」
「まぁまぁ、焦るなって。どんだけ気合い入れようと、なんもできやしないんだから」
「くそっ」
拳を握りしめ、地面を殴る。戦えないことがこんなに悔しいと思ったのは初めてだ。
「お前も相当ルビリアに入れ込んでんね」
「……ああ」
「可愛いもんな」
「ああ。それに……素直で、頑張り屋で、優しいんだ」
「恋、しちまったか?」
「そうだな。好きだよ」
「いいねぇ、いいねぇ。見てて楽しいよ!」
「うざ。……あ、っていうか、俺ってやっぱりあえてルビリアの元に送られたのか? 黒炎使いと神器って、関わりが深いらしいじゃんか」
「あ、バレた?」
「……ああ、バレたよ。つか、それならそうと言ってくれれば良くね?」
「そんなことしたら、お前が変に目的とか意識しちゃうじゃん。つまんねーよ」
こいつは何を考えているのか……。
「何がつまんねーんだよ」
「あたしはただ、お前が好き勝手生きてるところを見たかったんだよ。ルビリアのところに送り込んだのは確かだが、良い方に導くのも、悪い方に導くのも、何もしないのも、好きにすればいいと思ってる」
「何がしたいんだ……」
「言ったろ? あたしは、ただ面白いものが見たいんだよ。自分の意図した通りに動く世界なんて、見ててもつまんねーだろ。何も指示を出さず、お前が新しい世界で何をするのか見たかった。
ルビリアのとこに送り込んだのも、それが一番面白そうだと思ったからだ。
ルビリアが闇堕ちすれば、災厄の魔女のように世界を滅ぼそうとするかもしれん。そうじゃなくても、黒炎の力で何かしらの大きなこともできる。そういうでかいことできる相手を観察してる方が面白いだろ?」
「あんたはそればっかだな……」
出会った当初から、面白いものが見たい、しか言ってない気がする。
「娯楽に飢えてんだよ。そっちにもメリットはあるんだから、楽しませろよ」
「……はぁ。あー、もしかしてだけど、例の災厄の魔女が持ってたっていう神器の剣も、あんたの差し金か?」
「ああ、そうだよ」
「……ってことは、あんたのせいでたくさんの人が死んだのか?」
「あたしのせいにすんじゃねーよ。災厄の魔女って、元々は英雄だったんだぜ?」
「え? そうなの?」
「そーだよ。英雄を闇堕ちさせたのは人間たちだ。当時は凶悪なモンスターがやたらと繁殖してて、あの魔女はそれを屠った。あたしの送り込んだ剣と一緒にな。
皆のために頑張ったっていうのに、用済みになった途端、あの魔女を疎む奴が現れた。他にも、魔女の力を利用して世界の覇権を握ろうとする奴もいて。
……とある奴が、魔女を脅迫するために魔女の最愛の妹を拉致して、ちょっとした拍子に殺しちまった。そんで魔女が闇堕ちして、関係者も、関係ない奴も、大量に殺して回った。最期には、『なんて無意味な殺しをしたんだろう? 醜い世界にも、美しいものは確かにあったのに』って言って自害した」
なんて……救いのない話。この女神はさらっと話すけれど、俺は胸が痛いよ。
「……えっと、じゃあ、あんたは、世界を救おうとしたのか?」
「救おうとしたんじゃなくて、救われるかもしれないチャンスを与えただけだ。あたしが与えた剣だって万能じゃない。たまたま上手く使いこなせる奴の手に渡ったから、人類は救われた。
あのまま人類が滅びるなら滅びたって良かったんだよ。人類がいない世界だって、それはそれでありだろ。ちょっと退屈だがな」
「……女神様の考えることは、人間とはだいぶ違いそうだ」
「そりゃそーだ。生きてる年数が違いすぎる。あ、ちなみに、ランギルスたちが知ってる災厄の魔女の話は、少しねじ曲がってる。英雄が別にいて、それを災厄の魔女が殺したってことになってるが、さっき言った通り英雄と魔女は同一人物だ」
「そうか……。その魔女さん、幸せになってほしかったな」
「そうだなぁ。そういうエンディングの方が、気分は良かった」
「その剣、人格があったんだろ? 闇堕ちした後、話はしなかったのか?」
「拒絶されてたから話もできなかった」
「そういうこともあるのか。能力の制限とかもできなかった?」
「一度与えた能力を剥奪するのは無理なんだわ」
「そっか……」
「ま、なんにせよだ。お前とルビリアがどうなるか……じっくり楽しませてもらうぜ」
「……ああ。好きにしろ」
ルビリアは相変わらず町中を走り回っている。体力は底なしだから、俺を捜し出すまで、ずっと走り回るのだろう。
音声は拾わないらしいが、口の動きを見るに、俺の名前をずっと呼んでいるに違いない。
「……ルビリア」
ごめん。何もできなくて。
「……俺、ルビリアのための桃源郷、作りたい」
「ん? 唐突にどうした?」
「あんた、最初に言ってたろ。桃源郷でも作れば? とか。俺のためじゃなくて、ルビリアのために、桃源郷を作りたい。ルビリアがいつも笑って過ごせる場所」
「……そうか。ま、お前が……お前たちが望むなら、それもできるさ」
「うん」
俺からは何もできないまま時間だけが過ぎて、日が暮れ始める。
ルビリアがついに泣き出して、それでもまだ走り続ける。
くそ。俺にできること……。俺にできることはないか……?
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