第37話 奪う
合図と同時に、メイド三人が三方向からルビリアに迫る。三人とも武器はないが、流石は獣人というべきか、動きが速い。
しかし。
視界がぶれたと思ったら、ルビリアの雷撃棒が獣人三人を同時に弾き飛ばした。普通の女の子では持ち得ない、強すぎる腕力だ。また、同時に雷撃も与えているようで、三人のメイドは苦しげに呻いている。
……女性が苦しそうにしている姿を見るのは好きじゃないな。早く終わってほしい。終われば、体力の湯で回復させてあげられる。
「こんなもん?」
「まさか。三人には少々申し訳ないのですが、ルビリアさんの実力を見させていただきました」
「そう」
ルビリアが、一息にヴェリーシアとの距離を詰める。雷撃棒をヴェリーシアに叩きつけようとするが、杖で防がれてしまう。さらには、ルビリアの腕力にも負けず、その場に留まっている。
「お強いですね」
「……あなたも、なかなか」
「ランギルス様に鍛えられていますから、当然です」
「でも……実戦経験は、少なそう」
「そうですね。私は冒険者ではないので四六時中戦っているわけにはいきません。それに、命がけの戦いをした経験も少ないです。でも……対人戦の経験は、私の方が豊富かもしれませんね?」
『左だ!』
ルビリアが後方に飛び退く。先ほどまでルビリアがいた場所に、猫耳メイドの手が伸びていた。
息を吐く間もなく、犬耳、兎耳のメイドが次々と俺に手を伸ばしてくる。ルビリアはそれを雷撃棒で打ち払う。
『……なんだ? 雷撃、効いてないのか?』
さっきからバチバチと音はしている。しかし、メイドたちが動きを止める気配はない。
「違う。ヴェリーシアが三人の体を強化したり、回復したりしている」
『ああ……』
魔法の行使には、詠唱は必須ではないと聞いている。大魔法を使うときには補助的に詠唱をすることもあるが、戦闘ではほとんど詠唱をしないのだとか。
俺には、ヴェリーシアが魔法を行使しているのが知覚できない。隠蔽魔法でもあるのだろうか。
ちなみに、魔法の属性については、それぞれに得意不得意はあるものの、一属性しか使えないということもないそうだ。
「……攻撃の威力を上げる」
雷撃棒から、一際大きな電流が溢れる。強化されていない人間に使えば、死んでしまうかもしれない。
「ヴェリーシア。これくらい平気だよね?」
「ええ、平気ですよ? 配慮いただきまして、ありがとうございます」
雷撃棒の威力に、三人のメイドたちが怯む。死なないとはいえ、当然痛いのは嫌だろうからな。
「怖じ気づく必要はありません。後でちゃんと治してあげますからね?」
ヴェリーシアの一言で、メイドたちの目に力が籠もる。そして、再び襲いかかってくる。
ルビリアがそれを薙ぎ払おうとするが。
「死なないでくださいね?」
ヴェリーシアが無数の火球を生じさせ、ルビリアに放ってくる。
……それ、仲間も巻き添えにしてない?
俺の不安を余所に、三人のメイドに火球が当たっても、光の防御壁に阻まれて無傷だった。一方、ルビリアは火球をいちいち回避する必要があり、反撃ができない。
「やはり、ルビリアさんは防御が苦手のようですね? 無理もありません。敵の攻撃は、黒炎で飲み込んでしまえばおしまいという戦い方が多かったはず。黒炎を封じられた今、ルビリアさんは想像以上に戦いづらいことでしょう」
「……いちいち解説されなくても、そんなことはわかってる」
「そうですか。では、存分に苦しんでくださいまし」
ヴェリーシアの攻撃は激しさを増し、メイドたちも絶え間なく俺を奪いにくる。その全てを華麗にかわしているルビリアの実力は、流石というべきか。
拮抗した攻防。……に見えているが、それは俺が戦闘の素人だからかもしれない。
三十分ほど膠着状態が続いたのだが。
『あれ?』
たぶん、ルビリアは油断していなかった。しかし、俺はいつの間にか、猫耳メイドの手の中に収まっていた。
「え」
ルビリアも一瞬呆けた顔をする。が、火球の接近で気を取り直し、回避のために転がる。そこで、地面が形を変えてルビリアを拘束。
「一応解説して差し上げますと、今までずっと、こちらは八割程度の力で戦っていました。ルビリアさんの目が慣れ、反応の仕方に癖がついてきた頃合いを見て、十割の速度を出した、ということです。
モンスターはこういう戦い方をしないですよね? でも、対人戦に不慣れなあなたには、こんな小細工も有効だと思いました」
猫耳メイドが、俺をヴェリーシアに引き渡す。ヴェリーシアがうっとりした顔で頬ずりしてきたのは……特に不快ではない。良い気分でもないんだが。
「返せっ」
「取り返してご覧なさい。まだ時間はありますよ?」
時刻としては、せいぜいまだ午後三時。日没までは三時間以上はある。
ルビリアが拘束を解こうと暴れるが、なかなか外れない。
「ふふ? そう簡単に解ける拘束ではありません。ランギルス様の弟子として、みっともない真似はできませんもの。
おっと、それより……ヤキチさんには、しばらくこれに入っていてもらいましょうか」
ヴェリーシアがポケットから小さなポーチを取り出し、俺をその中に放り込む。
収納魔法がかけられているようで、内側は随分と広い。シャワーヘッドの形態では呼吸を必要としないみたいだから、ここにいても死ぬことはなさそう。
「ルビリアさんも油断していましたが、ヤキチさんも減点ですよ? 私たちに捕まった瞬間、どうして形を変えなかったのですか? 大きくなれば、私たちがヤキチさんを確保し続けることも困難になりました。今はこうして収納ポーチに入っているので、もう大きくなろうと関係ありません」
『……ちっ。確かにそうだな』
傍観者気分になってしまっていたので、そんな簡単なことにも思い至らなかった。ルビリアに頼りきりで、思考停止になっていたのだ。
「では、しばらくしてからまたお会いしましょう」
ポーチが閉じられて、俺は闇の中に取り残される。ルビリアがどうなったかも確認できない。
『くっ……。戦闘は俺には無理だなんて、端から考えることを放棄してた。これから、ルビリアと一緒に生きていこうってしてたはずなのに……。みっともねぇ……』
それぞれに得意分野はあるにしても、俺にもできることはあるはずだった。ちゃんともっと考えないといけなかった。
『ルビリア……勝ってくれよ……っ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます