第36話 頼る

「良いお湯でした。とてもさっぱりしました。私の専属のお風呂にしてしまいたいくらいでしたよ」


 風呂から上がり、客間で改めてお茶をすすりながら、ヴェリーシアが言った。

 客間には俺、ルビリア、カシーナ、ヴェリーシア、ランギルスの五人が揃っており、俺以外はソファに腰掛けている。俺は相変わらず、シャワールーム型の箱の中で立ち尽くしている。


「俺は、ヴェリーシアの専属にはなれないよ」

「さぁ、どうでしょう? それは、ルビリアさんが私からヤキチさんを守れたらの話ですね」

「……そうか」

「ヤキチは、絶対渡さない」

「では、守ってみてください。ルビリアさんがどこまでできるのか、試させていただきます」


 視線で火花を散らし合うルビリアとヴェリーシア。俺を取り合って二人の女の子が争い合うなんて光栄ではあるのだが、居心地は良くないな。

 ここで、ランギルスが軽い口調で質問。


「うちの庭でヤキチ争奪戦をするのはいいが、ルビリアよ、本当にいいのか? ルビリア一人に対して、ヴェリーシアは四人体制なんだろう? 不利じゃないか?」

「……それでも、いざというときは、わたし一人で戦わないといけないかもしれない」

「かもしれんがね。ただ……わかっているか? 相手は人間だぞ? 敵を殺すだけならルビリアは強いが、殺してはいけない戦いは苦手だろ?」

「……かも、しれない。でも、大丈夫。わたしがヤキチを守る」

「気合いじゃどうにもならんことはあるよ。黒炎を使わなければ、ルビリアの戦闘力は全力のときの二割程度って話じゃないか。ヴェリーシアの側近は、結構強いぞ?」

「……それでも、なんとかする」


 ランギルスが肩をすくめる。ルビリアの、一人でなんとかしようという心意気はいいのだが、客観的に見るとやはり無謀だ。

 相変わらず風呂の外側に出られない俺は、出入り口の見えない壁に触れながら、ルビリアに声をかける。


「ルビリア。一人でなんとかしようとするの、悪い癖だと思うぞ。俺と出会ったときもそうだったじゃないか。一人でなんとかしようとして、危険な目に遭った。

 一人でできないときは、誰かを頼っていい。仲間の力も含めて、ルビリアの力だ」

「……けど。わたしが、一人でなんとかしないといけないことも、きっとある……」

「かもしれないが……。うーん、なぁ、ランギルス。ルビリアにいい感じの武器を貸してやってくれないか? 人を殺すことなく、無力化できる武器とか」

「都合のいいものを求める奴だなぁ。じゃあ、雷撃棒でも貸してあげようかね。キーラ、雷撃棒持ってきてー」


 ランギルスが虚空に向かって話しかけると、まもなくキーラが一メートル半くらいの金属の棒を持ってきた。

 今更だが、ランギルスはキーラに無線通信のようなことができるらしいな。

 ランギルスがキーラから棒を受け取り、それを正面に向けて構えると、バチッ、と電流が流れた。


「これ、魔力を流せば電流が流れる魔法具。殺してはいけない相手を無力化するのに使われてる。慣れない武器で不利かもしれないが、その炎鬼の剣より対人戦に向いてるぞ。ルビリアにやるよ」


 ランギルスがぽいっと雷撃棒を投げ、ルビリアが受け取る。魔力を流してみたようで、バチッ、と電流が流れた。


「……便利。対人戦では重宝する。ありがとう」

「ヤキチにもお礼言っておきな。あたしがそれをあげようと思ったのは、ヤキチの功績だ」

「……ありがとう。ヤキチ」

「どういたしまして。ま、そんな風にさ、頼んだら案外助けてくれる人ってのもいるもんだよ。もちろん、全然頼りにならない人もいるけど、ランギルスなんてこの町の重鎮の一人だぞ? お願いしたらなんか出てくるさ」

「……うん。そうだね」


 ルビリアの、一人で抱え込みがちな癖、早くなおるといいな。


「……準備は宜しいですか? では、表に出ましょう」


 ヴェリーシアの指示に従い、俺たちは全員で外に出る。ランギルスの家には広い中庭があり、そこで争奪戦をすることに。

 また、ランギルスの屋敷には入ってきていなかったが、ヴェリーシアには三人の従者がついてきていたらしい。三人ともメイド服を着た獣人の女性で、猫、犬、兎の耳をしていた。年齢は二十歳前後だろう。


『ヴェリーシア、獣人の女性が好きなのかな?』


 俺はシャワーヘッドの姿になり、ルビリアの左腕にあるケースに収まっている。俺にできることは何もないのが辛いが、今はルビリアを信じるしかない。


「……ヤキチ、獣耳が好きなの?」


 どこか対抗心を燃やしたような声音。こういう発言一つでも、ルビリアには不安を与えてしまうのかな。軽率だったか。


『まぁ、可愛いとは思う。けど、それだけだよ。獣耳だからって、特別な関心を持つわけじゃない』

「そう」


 話している間にも、五メートルほど先でヴェリーシアが杖を構える。ランギルスに魔法を習っているそうだが、その実力やいかに。


「改めましてルールの説明です。この勝負では、どちらかが負けを認めるか、日没のときにヤキチさんを所有していた方が勝利です」

「……わかった」

「準備は宜しいですか?」

「……いい」

「それでは始めましょうか。ランギルス様、合図をお願いします」

「おーす。あ、一応言っておくけど、庭自体はあたしが魔法で守っとくから心配しなくていいぞ。そんじゃ……始め!」

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