第35話 奪う

 三人並んで体を洗い、それから湯船に浸かる。ヴェリーシア、ルビリア、俺の順に並び、ルビリアが俺とヴェリーシアを遠ざける形だ。


「あまり嫉妬深い女性は、可愛らしいを通り越して面倒臭いと思われてしまいますよ?」


 ヴェリーシアが意地悪な笑みを浮かべて言った。ルビリアは唇を引き結び、こちらをちらっと見て。


「……わたし、面倒臭い?」

「いいや。愛されてる実感があって、俺は嬉しいよ」


 ルビリアに笑いかける俺に、ヴェリーシアが唇を歪めながら言う。


「お優しいですねぇ、ヤキチさん。でも、恋する乙女の不安を取り去り続けるなんて、なかなかに不毛なことですよ? ずっとそれを続けていくんですか?」

「……ヴェリーシアは意地悪ないじめっ子か? ルビリアを傷つけかねない発言はよしてほしいんだが?」

「ヤキチさんが本当のことを言えないようでしたので、私が代わりにお伝えして差し上げようかと思いまして」

「余計なお世話だよ。小さな綻びを見つけて、あえてそこから破滅に導くような真似は止めてほしいね。

 誰にだって未熟な面はあるし、誰かを好きになれば、冷静ではいられないときもある。ルビリアが不安になることも、嫉妬することも、ごく普通の人間らしい感情だと俺は理解している。なくせるものじゃなく、なくしていいものでもないだろう」

「そうだとしても、煩わしくはありませんか?」

「誰かと一緒にいれば、当然一人のときとは違う煩わしさはある。

 だけど同時に、一人のときには得られなかった幸せだって得られるようになる。

 友情も、恋愛も、家族も、そういうもんだろ?」


 ルビリアの肩を軽く掴み、抱き寄せる。ルビリアは少し気恥ずかしそうだが、抵抗はしてこない。


「俺は、一人では得られない、この煩わしくて充実した日々が好きだ。何も問題はない」

「……そうですか。ふむ、ヤキチさんはなかなか手強いですね。やはり、攻撃して二人の関係を破壊するより、助けを求めてこちらに関心を持ってもらう方が有効ですか」

「……計算高い奴だなぁ。ランギルスにそんなことを教わったのか?」

「貴族間に友情を期待するな、と教わりましたよ」


 まだ十六歳で、こんなことを淡々と言うんだな。

 貴族の暮らしなんて全然わからないが、この子は苦労の多い生活をしてきたようだ。


「……切ないな」

「そうですね。ランギルス様がいらっしゃらなければ、私は友情も愛情も何も知らずに育ったかもしれません」

「……俺は貴族じゃないから、何とも言えないや。それで、助けてってのは、俺に何をしてほしいんだ?」

「……いえ、それはもういいです。お二人の結びつきは、どうやら想像以上に強いらしいので。

 今後も、お二人はそのままでいてくださいね? 後々、急に現れた変な女に惑わされるとか、止めてくださいね? ヤキチさんは、使い方によっては大変危険な神器なのですから」

「お? おお。……何? 諦めてくれたわけ?」

「いいえ。次が、最後の試験です」

「……試験だったのか。色々言ってたのも、俺たちの関係性や安全性を確かめるため?」

「それもありますよ。そのために来たんですから当然です。もっとも、単純に私の意思も混じっていますが」

「……ああ、そう。で、最後の試験って?」

「問答無用で、ヤキチさんを奪おうとします。だから、防いでください。ね? ルビリアさん」

「……わたし?」

「ヤキチさんは外に出られないのでしょう? そして、戦う力もないのでしょう? だから、ヤキチさんを暴力から守れるのは、あなただけ。

 ルールは簡単です。お風呂から上がった後、私は仲間を連れてヤキチさんを奪いに来ます。それを、ルビリアさんが防いでください」

「……戦う、ということ?」

「そうなりますね」

「なんで、そんなことをするの」

「それはもちろん、力付くで奪いに来た相手に対し、ルビリアさんがヤキチさんを守りきれるのかを試すためです。

 神器を持つというのは、それだけリスクの高いことなんです。守る力がなければ、当然奪われます。奪われたヤキチさんを、悪用されるのは困ります。

 神器を側に置いておくにふさわしい人であるのか、きっちり確認させてくださいね? じゃないと、お風呂屋さんなんて危なっかしくて許可できません」

「……わかった。やる」


 二人が頷き合う。

 ヴェリーシアは色々と性格の悪そうな面も見せてきたが、全て、町を守るための言動だった、ということかな。


「言っておきますが、奪えてしまったのなら、本当に奪ってしまいますよ? ヤキチさんが欲しくなったという気持ちは、確かにありますので」


 ヴェリーシアが悪女の笑みを浮かべている。

 子爵令嬢としての一面も、一人の女の子としての一面も、両方あるようだ。単なる悪ではない分、対応も厄介。

 ただ、この先も力づくで奪いにくる人は現れるかもしれない。俺自身が何もできないのは悔しいな……。

 ルビリア……頑張ってくれ。

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