第34話 隙

「ルビリアさんは、同性を愛する女性なのでしょうか?」


 洗い場にて並んで体を洗いながら、ヴェリーシアが尋ねてきた。


「いいや、そういうわけじゃないよ。単に俺のことが好きなだけみたい」

「なるほど。性別は関係なく、ヤキチさんに恋をしたわけですね。まぁ、その外見ですと、性別なんてもうどうでもよくなりますね」


 ヴェリーシアが俺を見ながらうっとりした溜息を吐く。オレってモテモテだなー、と冷静に思うのは、これが自分の体じゃないという認識があるからだ。


「何にせよ、俺はルビリアと離れるつもりはないし、勝負とかしても意味ないぞ? 何の勝負をするつもりか知らないが、もしルビリアが負けたとしても、俺はヴェリーシアを選ばない」

「……ヤキチさんも、ルビリアさんのことをとても大切に思っているようですね」

「まぁね」

「それは、恋ですか?」

「……ああ、そうだよ」

「少し迷いましたね? ヤキチさんは、ルビリアさんと同じだけの恋心を抱いてはいないように見えます。どうして、ルビリアさんにそこまで執着するのですか?」

「……ズケズケ訊くね」

「それが私の役目ですから」

「そう……。お察しの通り、俺がルビリアの側を離れないのは、ルビリアに対して熱烈な恋心を抱いているからじゃない。でも、確かに俺はルビリアを好きだし、ルビリアと一緒に生きていきたいと思ってる」

「その理由はなんでしょうか?

 ルビリアさんが魅力的な女の子であることは確かでしょう。

 しかし、内面については、まだまだ未熟に思います。まだほんの少し交流ですが、それがわかるくらいには、未熟です。

 冒険者としての実力を脇に置くと、ただ可愛いだけの女の子……と言われても、仕方ないように思いましたが?」

「……ヴェリーシアは本当にズケズケものを言うなぁ」

「ヤキチさんにはその方が効果的だと思いますので。それとも、表面を取り繕い、あくまでたおやかな子爵令嬢の仮面を被った私と、腹のさぐり合いをしたいですか?」

「うわ、それは勘弁して。俺、そういうの向いてないんだわ」

「でしょうね。ヤキチさんには、貴族令嬢のような陰湿な会話は馴染まないでしょう」

「……何? ヴェリーシアは貴族が嫌いなの?」

「嫌いですよ? ヤキチさん、私が誰に育てられたと思っているのです?」

「……ランギルスだったね」


 その辺の思考回路も、ランギルスから引き継いでいるわけね。

 それはそれは……生きづらいかもしれないなぁ。


「それで、ヤキチさんはどうしてルビリアさんの側を離れないんですか?」

「ルビリアのことが好きだから。そして、ルビリアがこれからどう成長していくのか、側で見守っていたいから。かな」

「……親心のようなものですか?」

「そういう面もあるよ」

「なるほど。ヤキチさんはお世話焼きなのですね」

「そうかもな」

「では、ルビリアと私、どちらが女性としてより魅力的か、などという勝負は止めましょう」

「お、諦めた?」

「代わりに、こう言ってみましょう。……私を、助けてください」

「……おいおい」


 ふふ?

 また意味深な笑み。助けてくれと言われたら、俺がヴェリーシアを簡単に見捨てられないと、わかり切っている表情だ。


「……どういうこと?」

「お話、聞いてくださいますか?」

「そりゃね。俺も鬼じゃないもんで」

「ありがとうございます。ヤキチさんが優しいお方で良かったです。ちゃんと付け入る隙がありました」

「隙とか言ってるし……」


 はぁー、と軽く溜息を吐いて、脱衣所の方を見る。随分とルビリアが遅いなーと思っていたら、磨り硝子の向こうで佇んでいる様子。

 どうかしたのかと、ガラス戸の方へ向かい、戸を開ける。俺の接近には気づいていたようで、裸のルビリアがさっと胸を隠した。


「どうした? 入ってこないのか?」

「……邪魔しちゃいけないのかなーと思って」

「おいおい。俺は好きでヴェリーシアと話しているわけでもないぞ?」

「……本当?」

「本当だよ。俺はいつだって、ルビリアがいないと嫌だ。さ、こっちおいで」

「……うん」


 ルビリアの手を引き、大浴場に引き入れる。


「……とりあえず、話は体を洗ってからだな」

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