第33話 貴族ですから

「悪いねぇ。この子、普段は礼儀正しいんだけど、欲しいものができるとちっとばかし暴走しちゃう性格でさ」


 ランギルスが、悪びれる様子もなく淡々と言った。

 ふぅ、と溜息の一つでも吐いてしまうが、ともあれ、これも良い機会なのかもしれない。


「……まぁ、いいさ。この先も、こういう人はまた現れるかもしれない。これがその初回ってだけさ」

「そうだね。ま、君たち二人なら、例えどんな相手が来ようと大丈夫だろう。存分に争ってくれ。……カシーナ。あたしたちは見物しながらケーキでも食べるかい?」

「……完全に野次馬だな。しかし、私たちの出る幕はなさそうだし、いただこうかな」

「うん。じゃ、キーラに持ってきてもらう。あ、ヤキチたちは勝手に進めててくれ。場所は貸してやるから」

「……本当に観客気分か。いい根性してる」


 深刻な顔をされるよりはましか。ランギルスがこういうお気楽な態度でいるというのが、ある意味、ヴェリーシアが決して暴君ではないことの証明かな。


「そんじゃ、俺たちは勝手に進めるとして。ヴェリーシアはどんな勝負をするつもりなんですか?」

「そうですねぇ。勝負というか、先に色々と確認させていただいても宜しいですか? ヤキチさんが大変魅力的なのはさておき、どういった魔法具であるのか、子爵令嬢として確認する義務もあります」

「あ、ちゃんと仕事もするんですね。なら、入りってください。ルビリアも、それは構わないだろ?」

「……いいけど」

「ありがとうございます。では、失礼しますね?」


 ヴェリーシアが脱衣所に入ってきて、わぁ、と感嘆の声。


「この地域にはない、独特な雰囲気……。ヤキチさん、どこのご出身なんですか?」

「さぁ、それは俺にもよくわかりません」

「……ふふ。美しい人は、嘘を吐くときも美しいですね?」

「あれ? そんなに嘘っぽい言い方でした?」

「本当に自身のことが何もわからない方は、もっと不安を抱えた表情をしているものだと思いますので」

「……ああ、そう。参考にさせてもらいますよ」

「それで、ご出身はどこなんですか?」

「……秘密です」

「そうですか。神器であれば……ご出身は明かせないということなのでしょうね。人知を越えた存在……いわば神に作られて、天上の世界からやってきたなどとは、地上の人間には打ち明けられないのでしょう」


 勝手に解釈しているが、事実をかすめているな。俺が曖昧な笑みを浮かべていると、ヴェリーシアがふふと笑う。


「無理矢理聞き出すことは致しません。神器とは良好な関係を築いていきたいものですから」

「それは良かったですよ」

「それと、そう堅い話し方はお止めくださいまし。私など、所詮ただの人族の娘。神の使いからすれば、敬うべき相手でもないでしょう?」

「神の使いになった覚えはないんだけど……。まぁ、普通にしゃべらせてもらうよ」

「ふむ……。神の使いではない、と。では、特に目的を与えられたわけではなく、単に神の悪戯で地上に現れただけ、ということですか……。神器とは、そういうものなのですね……」


 ヴェリーシアが意味深な笑みを浮かべている。ぽろっとこぼした一言から、俺の背景を一瞬で察したらしい。名探偵に取り調べでもされている気分だよ。名探偵に会ったことなんてないけど。


「大変興味深いですねぇ……。ヤキチさんを作り、地上に産み落とした存在は誰で、目的は何なのか……」


 探るような瞳。居心地が悪くなってしまうが、目を逸らさないように努めた。


「ヤキチさん、ご自身の作り手のこともご存じなのですね。あえて私を見つめ返し、さらにその目と表情には何も言うまいという意志が感じられます。探られても何も知らないから困る、という顔ではありませんね?」

「……名探偵か」

「メイタンテイ? とは何でしょうね。ただの子爵令嬢ですわよ?」


 ふふふ? 笑顔が意味深で怖い。

 急にルビリアから俺を奪いにくる性悪女かと思ったが、どうやら単純に割り切れる存在ではないらしい。己の知性でもって目的を果たす強さがある。

 強奪癖がなければ、嫌いではないタイプだ。

 どうでもいいことだが、こっちには名探偵はいないんだな。それはそうか。あれはミステリー小説でも普及していないと認知されない職業だし。


「子爵令嬢ってのは、とても理知的な人なんだね」

「子爵令嬢など、己を鍛え磨かなければ、女としての価値しかない道具に過ぎませんからね。……と、これはランギルス様に教えていただいたことですけど」

「ん? ランギルスに? ってか、二人ってどういう関係?」

「ランギルス様は私の師匠です。魔法も、勉学も、教えていただきました」

「ああ、そう……」


 おい、ランギルス。なんて厄介そうな子爵令嬢を育てあげてやがる。相手をするのが大変だぞ。

 ヴェリーシアはたおやかな笑みを浮かべながら、大浴場に続くガラス戸を開ける。


「わぁ、こちらも素敵ですね! 派手さはなく、ひっそりと落ち着いた雰囲気の大きなお風呂……。余計な飾りがない分、ゆったりとした気分でお湯に浸かれそうです。入っても宜しいですか?」

「ああ、いいよ」

「ありがとうございます」


 ヴェリーシアがそそくさと服を脱ぎ始める。貴族って、服の脱ぎ着は従者に手伝ってもらうという印象もあったけど、そうでもないんだな。そもそも、従者を連れてなかったな。これって普通?

 訊いてみたいが、またこちらの背景を読みとる情報与える気がして、気が引ける。そもそも、あの自称女神のことを隠さないといけないわけではないが、相手は選んだ方がいいよな……。変に詮索されるのも厄介だ。


「ヤキチ。見すぎ」


 ルビリアが俺とヴェリーシアの間に立って視界を遮る。ちょっと不満そうな顔。


「あら、お二人はそういう関係でしたか? ルビリアさんは、単に大切な仲間としてヤキチさんを側に置いておきたいのではなく、恋人としての執着があったのですね?」

「今のでそんなのわかる?」

「ルビリアさんの声に嫉妬が滲んでいるではありませんか。ヤキチさんが、私の体に興味を持つことを嫌がっているのがわかります。そんなの、恋仲でないと生じない感情ですよ」

「ヴェリーシアさんには、色々なものが見通せるようだね」

「そう思われることも、よくあります」


 ヴェリーシアが全ての服を脱ぎ去って、少しだけ体の位置をずらす。

 その滑らかな裸体を、ふくよかな胸部を、俺に見せつけるように立ち、にやりと笑う。


「私の体、いかがですか? ルビリアさんより魅力的に見えます?」

「……いいや。ルビリアの方がずっと魅力的だよ」

「恋人の前では、そうおっしゃるしかありませんよね? わかりますわかります。後で、こそっと本音を聞かせてくださいまし」


 ヴェリーシアが大浴場に入っていく。

 残された俺とルビリア。


「わ、わたしの方が、魅力的、だよね!?」

「ああ、そうだよ。だから、そんな必死にならなくて大丈夫」

「本当にそう思う?」

「本当にそう思う。ルビリアは、他のどんな女の人より魅力的」

「……だったら、他の女の人の裸なんて見なくていいのに」

「……それは、チョコレートケーキが好きなら一生チョコレートケーキだけ食べてろ、というようなものでね?」

「バカ」


 ルビリアが俺の頬を両手でむにっと掴んで引き延ばす。

 軽く痛いぞ。戦闘禁止スキル、仕事しろ。


「ヤキチ、先行って。わたし、後で行く」

「ああ、わかった」

「わたしがいないからって、ヴェリーシアとイチャイチャするのはダメだから」

「わかってるって」


 ささっと浴衣を脱ぎ、ルビリアに見送られつつ大浴場へ。

 ガラス戸を開けたところ、すぐ近くにヴェリーシアが立って聞き耳を立てていた。


「盗み聞きかよー」

「お二人にした方が、色々と新しい情報が聞き出せるかと思いまして」

「……抜け目のない奴」

「まぁ、お二人がラブラブであることを、突きつけられただけでしたが」

「つまらない情報しか得られなくて残念だったな」

「いえいえ。……お二人の様子を見て、より燃えてきましたから」

「……性格悪い」

「性格の良い女に貴族は務まりません」

「それもランギルスの言葉?」

「いいえ? 単なる私の感想です」

「……苦労してんなぁ」

「貴族ですから」


 ふふ。

 ヴェリーシアの笑顔に、ほんのりとかげりが見えた気がする。

 少々クセのある子のようだが、その中身は、普通の女の子なのかもしれないな。

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