第31話 望み……?
各自、洗い場で体を洗ったら、湯船に浸かる。位置としては、ランギルス、カシーナ、ルビリア、俺の順。ルビリアがなるべく俺を皆から遠ざけようとしている配置だ。わかってたけど、ルビリアは独占欲が強いみたい。
「そんなに必死に遠ざけなくても、ヤキチを盗ったりしないってぇ」
ランギルスは愉快そうに言うが、ルビリアは俺をさらに皆から遠ざける。
「……そうだとしても、ヤキチは、わたしのだから」
「はいはい。恋する乙女ちゃんは必死だねぇ。その初々しさ、若い頃を思い出しちゃうよ」
「……そもそも、あなたって何歳?」
「だいたい百五十くらいだよ。エルフの寿命が二百年くらいだから、ルビリアよりあたしの方が先に死ぬだろうねぇ」
「百五十……。にしては、見た目が若い」
「若作りしてんのさ。年寄りだからって、年寄り臭い恰好していると気持ちまで年寄りになっちまう。人は外見に引きずられて内面も変わるもんだから、外見を若くしておくと、案外内面も若くいられるのさ」
「……そう」
「これでも結構偉い立場にあるんだし、ガッチガチに頭の固い老害じゃ困るだろ? この若作りは皆のためでもあるんだ」
「なるほど」
決してただのお気楽な少女ではないが、ランギルスはとても話しやすい人だな。紹介してもらえて良かった。
「それで、だ。噂には聞いてたけど、このお湯は体力回復とかにも使えるんだってね? やってみせてよ」
「……うん」
ルビリアが俺を見る。そういえば、もう俺がコントロールしていることは隠さなくていいのか。
「この場所は、全てヤキチが管理しているのかな?」
「ああ、そうだよ。ルビリアが管理している風に見せてたけど、全部俺の管理下だ」
「なるほど。では、色々と見せてくれ」
「了解。とりあえず……体力の湯、かな」
今使えるのは、体力の湯、魔力の湯、癒しの湯の三つ。満足度ポイントを消費すれば他のスキルも覚えられるが、必要ではないから取得していない。
体力の湯と魔力の湯を体験し、ランギルスが言う。
「なるほどねぇ……。これはやはり規格外の神器だ。体力も魔力もすぐに回復できる。これは、戦争でも大活躍だ。しかも、セーフハウス機能もあるって? 恐ろしい……」
「……戦争での利用はさせないよ」
「ヤキチはそう思うかもしれないけどね? でも、人質を取られて、無理矢理戦争のために働けと言われる可能性だってあるんだ。君の意志だけではどうにもならないこともある」
「……そうだな」
「あたしが生きている間は、まぁいいだろう。あたしが、周りに余計な口出しはさせない。
ただ……あたしが死んだ後にも、ちゃんと管理できる体制は必要だ。その辺、あと五十年くらいでどうにかしなきゃだね」
「五十年あれば、きっと大丈夫さ」
「だと良いけど。あと、癒しの湯ってのもあるんでしょ? それもやってよ」
「ああ、俺はいいけど……」
ルビリアの方を向く。ルビリアは首を振った。
「わたしとヤキチは、一度上がる。それからならいい」
「了解。……じゃ、一旦出るか」
俺とルビリアだけ、湯船から上がる。
「ふむ? よくわからないが、二人だけの決まりがあるようだね?」
「そういうこと。それじゃ、癒しの湯、切り替えるよ」
「うん。やってくれたまえー」
「癒しの湯、発動」
お湯の色が淡い緑に変わる。途端に、ランギルスとカシーナが蕩ける。
「うみゃっ!? にゃ、にゃにこりぇ!? かりゃだが……とけりゅぅ……」
「んんっ。は、はぁ……んっ」
癒しの湯初体験のランギルスは、ちょびっと威厳のあった雰囲気が一気に消え去って、愛欲に溺れるケモノみたいな顔になってしまった。天国までの階段を一足飛びに駆け上がっているような風情で、長く浸かっていると天に召されてしまいそう。
カシーナは、多少は慣れているのかもしれないが、やはりうっとりした顔で何かの快楽に身を委ねている。こぼれる吐息は濡れきっていて、淫猥な香りが漂ってきそうだ。
「……見ちゃダメ」
ルビリアが両手で俺に目隠し。最近、目隠しされることが多いなぁ……。
しかし、見えていなくても、淫らとも思える二人の呻きや吐息は聞こえてしまう。ついていたら絶対タってるね。
「癒しの湯って、そんなに気持ちいいのかね?」
「……ヤキチは入っちゃダメ」
「意地悪だなぁ」
「……ヤキチは、わたしだけ見てればいい」
「へいへい」
なんか話が変わった? まぁいいけど。
十分ほどして、お湯を普通のものに戻す。
「はっ!? い、今のは……? ここではない、どこか遠くの安らかな世界にいたような……?」
「……ふぅ。相変わらず凄まじい癒し……」
良かった。二人とも戻ってきた。
「おい、ヤキチ。……癒しの湯は危険だ。商売では使うんじゃないよ」
ランギルスはまだ荒い吐息を吐きながら、絞り出すように言った。
「わかってる。下手に使うと、あの世まで行っちまう人もいそうだからな」
「それもあるが……今のは少々危険な快楽にも思える。薬物のような依存性はないのだろうけど……それもまた問題だ。比較的安全に得られる強すぎる快楽は、それはそれで人を狂わせる。君たちも、この湯はあまり使わない方がいい」
「……まぁ、そうだよね」
俺も、危険な湯だとは思っていた。あの自称女神め、とんでもないスキルを授けやがって。
「はぁ……年甲斐もなく、みっともない姿を晒してしまった。ルビリアが逃げたのはこのせいか。愛しい者にはちょっと見せられない姿だものなぁ。
ともあれ、君たちのことはだいたいわかった。決して恐ろしいことなど考えていない、ただの初々しい恋仲の男女。
風呂屋をやるなら後ろ盾として守るし、商売にも協力しよう。各所に話も通してやる。ただ……あたしが後ろ盾になったとしても、町のトップとは直接話してもらわないといけないかもね」
「町のトップってことは……」
「ルーファス子爵。この町で、神器なんて使って商売をするなら、当然奴も調査に来るだろう」
出た、子爵。
貴族って奴だよな? 元日本人の俺には貴族の偉さがいまいちわからないのだが……。
「……そいつ、この町の偉い人、だよな?」
「ああ、そうだよ。この町を治めている男。……ま、ここが男子禁制ってのを考えると、やってくるのはルーファス子爵婦人か、ご令嬢かな?」
「ふぅん……」
「なんだ? 微妙な反応だな」
「まぁ……。なぁ、子爵ってどれくらい偉いんだっけ? 俺、貴族の階級ってよくわからなくて」
「そっからかー。子爵はここじゃ一番偉い奴。その次に来るのが、あたしと冒険者ギルドのギルドマスターかな」
「へぇ……。ランギルスって偉いんだな」
「そーだよ。ちなみに。
ここシュピーリア王国で一番偉いのが当然王様。
次に、王家に連なる公爵。
辺境伯は、国境沿いの領地を治めてる奴で、公爵の次くらいに偉い。
伯爵ってのは、ある程度広範囲の領地を治めてる偉い奴。
伯爵の下にいるのが子爵で、現場責任者って感じ?
男爵ってのは、ちっこい村とかを治める貴族。一般市民よりは偉いけど、貴族の中では下層。
あと、騎士爵ってのもあって、領地とかは関係ない。一般市民が何か偉大な功績を成したときとかに、貴族としての地位を与えられる奴。地位は、貴族としては一番下だが、功績によってびみょーに変わる」
「なるほど……」
「ちなみに、一応あたしも騎士爵は持ってる。それを振りかざすことはほぼないけどね」
「あ、そうなのか? ……普通に考えると、俺たちがこうして一緒に風呂に入れる相手じゃないってことか?」
「そーだけど、そういうのは気にしなくていいから。身分階級とかマジで面倒だし、あたしは嫌いなんだよ。生まれで身分が決まるとか、本当にあほくせー」
「……今のセリフ、もしかして余所で言ったら罪に問われたりしない?」
「ああ、問われるから言わない方がいいぞ」
「……おいおい」
「いいじゃないか。あたしは、仲間として認めた奴には率直に色々と言うことにしてるんだよ。余所では黙っておいてくれよー」
「……わかった」
暗に、こっちは本音を言っているんだから、お前もいつか素性を話せよ、と言われている気がしないでもない。
それくらいのことは、計算している人だろうな。
「あ、と。ルビリア」
「ん。何」
「余計なお世話だろうけど、もうちっと主体性を持ってもいいと思うぞ? なんか、全部ヤキチに頼り切りって感じだ。
特に願ったわけでなくても、ルビリアには特別な力がある。ルビリアが望めば、大抵のことは実現できるだろう。せっかくなら、なんか一個くらい、望みを実現してみるといい」
「わたしの、望み……?」
「なんかないの? ヤキチにくっついてれば満足?」
「……満足」
ルビリアが俺に近づき、手を握ってくる。
「おお……。ヤキチ、ルビリアに一体何をしたんだ? どんだけエロいことしたらこんな従順な女の子になるんだよ?」
「なんでエロいことした前提なんだ。俺は普通に接してるだけだよ」
「ふぅん……。まぁいいや。一人じゃ何もできないくせに、二人になると大いに力を発揮するタイプの人間もいる。二人が今後何を成していくのか、見届けさせてもらうよ」
「ああ。せいぜい長生きして、行く末を見届けてくれ」
「君たちの力で、この町が……いや、この世界が、より良い場所になってくれることを願うよ」
真面目な話をして肩が凝った、とばかりに、ランギルスが大きく伸びをする。
この人と出会えたことは、俺とルビリアにとって大いにプラスになるだろう。
幸い、俺は女湯だし、日頃の疲れも癒して、長生きしてもらいたいものだな。
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