第30話 確認

「綺麗な子!」


 叫んだのはランギルス。そして、一瞬で距離を詰めて俺の肩をがっしりと掴んだ。


「お、おお?」

「え? なになに? この子誰? この神器の人格? めっちゃ綺麗じゃん! 人形さん? っていうか天使!?」

「あ、そのー……」


 俺がどぎまぎしていると、ルビリアが間に割り込んで、ランギルスを引き離した。


「……ヤキチに気安く触らないで」

「むむ? ほほぅ……そういうことなのね? なるほどなるほど。カシーナにも内緒にしてたのはそういうことかぁ。ルビリア……お主も女よのぅ」


 相変わらずのニヨニヨ笑いを浮かべるランギルス。


「そ、そういうこと、って? 何の、話?」

「もう、今更隠さなくていいってぇ。ああ、でも、どこまで進展してるの? 余計なことは言っちゃダメな感じ?」

「ど、どこまでって……」

「俺とルビリアは、もう恋仲、かな。つーことで、ルビリアが嫌がるから、過度な接触は遠慮してくれ」

「ほうほうほう。そこまで進展してるわけね。んでも、君って男? 確か、この中は男子禁制じゃないの?」

「俺は男でも女でもないよ。見てみる?」


 説明するよりも早いと思い、裾をたくしあげて下半身を露出する。浴衣は入手したが下着はないので、大事な部分は丸見えである。……変質者っぽいな。


「あ、ついてない。っていうか、むしろ女じゃない?」

「外見は女性に近いけど、女性としての機能は備わってないんだ」

「へぇ……面白い体ね。ただの胸が小さい女の子に見えるのに」

「他の人には、俺は女の子ってことにしておくよ。説明が面倒臭いし」

「そうね。それがいいと思う。……色んな女性から哀れむような視線を向けられるかもしれないけど、君は気にしないでしょ」

「……うん。大丈夫」


 胸が小さくても、俺は女の子じゃないからいいんだ。気にしないよ。


「それで、君は、自分が何者であるかを知っているのかな?」

「さぁ、それは俺にもよくわからなくて」


 しれっと嘘を吐いてみる。元男というのは言わない方がいいだろう。ただ、女神に作られたということは、もしかしたら言っておいてもいいかもしれない。


「君は、ルビリアよりは誤魔化すのが上手いね」

「それは、どうも」

「細かい追求はしないつもりだったけど……黒炎使いに、意志を持つ神器。この組み合わせは、ちっとばかし厄介かもねぇ……」

「うん? 俺とルビリアの組み合わせ、何かまずいのか?」

「……かつて、世界を滅ぼそうとした災厄の魔女がいた。その魔女は黒炎を使い、そして、意志を持つ神器を所有していたらしい」

「……へぇ、そうなのか」


 黒炎使いは神器とセット、ということか? あの自称女神、俺を適当にこの世界に放り投げた風だったが、あえてルビリアの近くに配置していたのか?


「一説によると、災厄の魔女が世界を敵に回したのは、その神器の影響だったのだとか」

「……ほぅ、それはまた誤解を招きそうだな」

「そうなんだよねぇ。ヤキチから邪悪な気配はまるで感じないんだけど、もしかしたら、危険視する人もいるかもしれない。もっとも、魔女と神器の情報を知る者は多くないのだけれど」

「一般人は特に気にしないか……。にしても、俺はお風呂だぞ? ルビリアが俺を持っていたからって、何かできる? そもそも、その災厄の魔女が持っていた神器ってどんなものだったんだ?」

「あの魔女が持っていたのは剣だった。効果の詳細は不明。無限とも言える魔力を、あの魔女に与えていたのだとか」

「へー、それはすごいなー」


 ……無限の魔力かぁ。俺も、それに似たことはできてしまう。


「ヤキチも、ルビリアに魔力供給ができるんだって?」

「ルビリアがお風呂に入ってくれれば、ね。戦闘中に常に魔力供給をできるわけじゃない」

「そう。ま、色々と聞く限りだと、ヤキチは戦闘の補佐には向いていなさそうだ。その辺はあたしも安心しているよ」

「それは良かった」

「あとは、魔女教団の連中が何か仕掛けてくるか……」

「魔女教団? なんだそれ?」

「災厄の魔女を信奉し、破壊活動をしている厄介者集団。……ある意味、連中をおびき寄せる餌になるか……」

「今、何か不穏なこと言った?」

「あ、ううん、気にしないで」

「すっげー気になる……」


 名前だけでも、ちょっと危うい雰囲気だよな。本当に大丈夫か……?


「おほん。えっとだね、ヤキチ。

 改めてだけど、これはしっかり尋ねておこう。君は、何をしに地上に来たの? 願うのは平和? それとも争い?」


 幼い容姿に、気安い態度。それでも、中身は老獪ろうかいな魔女なのだろう。その視線は鋭い。


「……ヤキチは、争いなんて望まない」


 俺が答える前に、ルビリアが強い意志を込めて言った。


「あたしもそうだと思うよ。けど、本人の口から聞きたいんだ」


 ランギルスは、俺だけを見つめている。

 何かしらの魔法なんて使わなくても、全ての嘘偽りを看破してやると言わんばかり。

 見つめられるだけで緊張してしまう。

 俺、ランギルスに警戒されるような一面は、持ち合わせていないのにな。


「……俺がここにいることに、明確な目的なんてないよ。よくわからないままに作られただけ。強いて言えば、俺はたくさんの人が幸せになれる場所を作りたいかな」


 目指すは桃源郷……。などと言っても、上手くは伝わるまい。というか、伝わってはいけない部分もある。

 誤魔化しはあるかもしれないが、俺の性欲を満たすためだけの場所を作りたいわけでもない。多くの人に楽しんでほしいという気持ちも本物だ。


「あと、願うのは平和だな」

「そう……。その言葉に、嘘はなさそうだ。……なら、もういっか。難しいことは考えないで、まずはお風呂に入ろう!」


 ランギルスがぽいぽいっと服を脱ぎ去ってしまう。切り替えが早い。そして、見た目年齢に相応の、控えめな膨らみが目に入る。


「ほらほら、皆も早く入ろうよ。せっかくの綺麗なお風呂だし、堪能しちゃおう!」


 ランギルスはさっさと大浴場へ向かう。残された、俺、ルビリア、カシーナ。

 俺も服を脱ぎつつ、カシーナに視線をやる。


「……ランギルスの話は一旦置いといて。今まで、色々と黙ってて悪かった。ごめんな」

「構わない。ルビリアがどうして秘密にしていたのかもわかっている。そして、災厄の魔女と神器の話は私も初耳だが、ヤキチとルビリアの組み合わせが危険なものだとは到底思えない。平和しか願わなそうな二人を恐れるなんて、私にはできない」

「そう言ってもらえて良かったよ」

「それにしても……本当に綺麗な容姿だな」


 カシーナまで、どこかうっとりした顔で俺を見つめてくる。

 この容姿、選択を間違えたかなぁ……。


「カシーナ。ダメ」


 ルビリアが俺をカシーナから引き離す。強引だったのでバランスを崩してしまうが、ルビリアが軽く支えてくれる。ルビリア、イケメーン。


「おおっと、すまない。別にそういうつもりじゃないんだ」

「……ヤキチに必要以上に近づくの、禁止」

「わかったわかった。……とにかく、私たちも風呂に入ろうか」

「…うん」


 カシーナは、俺がいても特に気にすることなく服を脱ぎ捨てる。俺のこと、男だとは認識していないようだ。肉体が女性寄りだと、警戒心が薄れるみたいだ。

 一方、ルビリアは俺の前で脱ぐことにまだ抵抗がある様子。


「……ヤキチ。あんまりこっち見ないで」

「ああ……わかった」

「……初々しい奴らだなぁ」


 呆れるカシーナはさっさと大浴場へ。


「このシャワー、途中で勝手に止まるんだけど! どうにかならないの!?」


 ランギルスが文句を言っているのも聞こえてきた。節水が必要ないんだから、風呂屋をやる前に蛇口周りの設備は変えた方が良さそうだな。


「ランギルス! 今は我慢して使ってくれ! ……あ、ルビリア。一応言っておくけど」

「ん。何?」


 念のため、大浴場のカシーナたちには聞こえないよう、ルビリアに耳打ち。


「ルビリアは俺の素性も自称女神のことも知ってるから、変な心配はしないと思う。

 ただ、俺はルビリアと二人で世界を滅ぼそうとか考えてないし、ルビリアがそんなことするとも思ってない。俺といると一部で誤解を与えてしまうかもだけど、二人で乗り越えていこうな。二人なら大丈夫さ」


 顔を離すと、ルビリアの頬が真っ赤だった。


「え、ど、どうした?」

「き、急に耳元で囁かないで! ヤキチにそんなことされたら、変にドキドキしちゃうっ」 

「あ、そ、そうか……。すまん……」


 耳元で普通に話しただけでこの反応……。ただしイケメンに限る、って奴だよなぁ……。美形効果、ハンパねぇ……。


「……えっと、とにかく、俺たちも行こうか? あ、俺が先に入っておくから……」

「待って。離れちゃやだ……。でも、こっちも見ないで……」

「……おう」


 視線を逸らし、ルビリアが服を脱ぎ捨てるのを待つ。

 それから、裸になった俺たちは、手を繋いで大浴場へ向かう。

 なんというか、その……ルビリア、超可愛いわ。もう、それだけで全てが肯定される気がするよ。

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