第29話 ランギルス

 俺が人型を獲得してから、十日が経った。

 現状、俺が人型になれることは、ルビリア以外には内緒にしてある。俺としてはもう人前に姿を現してもいいと思ったのだが、ルビリアがためらった。俺が他の人に盗られるのを恐れているらしい。

 そんな中、俺たちは、朝からカシーナに連れられて中心街のある屋敷にやってきた。随分と立派な家で、ここにいるのがかなりの有力者であることがわかる。


「ここが、ルーファスにおける元冒険者ギルドの長であり、魔法協会の支部長の家だ」

「……偉い人の家。緊張する」

「心配するな。堅苦しい人ではない」

「なら、いいけど」


 俺たちの来訪は察知されていたのか、二メートル大の門扉の前に立つだけで中から人が出てくる。こちらに来て始めてみるメイドさんだった。青い髪と鋭い視線が冷たい印象を与えてくる。


「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」


 丁寧な口調と態度で、中へと招かれる。

 カシーナは気負った様子もないが、ルビリアは緊張の面もち。

 この年頃だと、お偉いさんに会う機会なんてほとんどないはずだからな。俺だって会社のお偉いさんに会うときには緊張したものだから、仕方ない。


『大丈夫だ、ルビリア。お偉いさん相手だって、普通にしていればそう問題も起きないもんだ』


 一応、声かけだけしておいた。ルビリアは、ほんの少しだけ笑ってくれた。

 小規模な前庭を抜けて、俺たちは屋敷の中に入る。案内されたのは、三階の客間だった。

 既に人がいて、カシーナと同じエルフだというのは外見からわかった。しかし……随分と若く見えるな。十四、五歳くらいの幼さが残る顔立ちと体。青みがかった銀髪は腰辺りまで伸びていて、窓から差し込む陽光にきらきらと光っている。


「やぁ! 久しぶりだね、カシーナ! 元気にしていたかい?」


 見た目通りの明るさと気安い笑顔で、その少女がこちらにひらひらと手を振った。


「お久しぶりです。ランギルス様」


 相手の気安さとは裏腹に、カシーナは恭しい態度。


「もー、そんな堅苦しい雰囲気出さないでっていつも言ってるじゃん。様とかいらないしさー」

「……わかった。これからは、普段通りに話そう」

「そうそう。始めからそれでいいんだよ。んで、そっちの子が、黒炎使いのルビリアだね? やっほー、初めまして。あたしはランギルス。ま、気楽にしててよ」

「えっと、初めまして。わたしは、ルビリア……」

「堅いなぁ。もっと気楽にしなよ。ま、そう簡単な話じゃないか。とりあえず座って。あ、キーラ、お茶をお願いねー」

「承知しました」


 メイドのキーラが一旦退出し、カシーナとルビリアが、ランギルスの対面の席に並んで座る。


「噂には聞いているよ、ルビリア。黒炎を使って、冒険者ギルドの連中を支配下においてるんだって?」

「え、そ、そんなこと、してない……」

「そうなん? ルビリアの姿を見ると、皆がひれ伏して道を開けるって話だけど?」

「ち、違う。それ、わたしじゃ、ない」


 ルビリアはかなり真面目に応えているが、ランギルスはニヨニヨしている。


『ルビリア、これはランギルスなりの冗談だから、軽く流して良いぞ』


 俺が声をかけると……ランギルスの視線が、俺の方を向いた、か?

 ここで、メイドのキーラが戻ってきて、人数分のお茶を用意して去っていく。


「まぁ、冗談はさておき。その左腕につけてるのが、ルビリアの見つけた魔法具かい?」

「そう」

「それを使ってお風呂屋さんをやりたいんだってね? ちょっと見せてくれるかい? 大丈夫、変なまねはしないからさ」

「……ん」


 ルビリアが俺をランギルスに手渡す。

 ランギルスは、俺を見つめてふむむと思案顔。


「なんだろうね、これ。そこそこ長く生きてるけど、初めてみる物質と魔法構成。少なくとも、作ったのは人じゃないね」


 一目見てそこまでわかるのか。


「人じゃないとすると、誰が作ったんだ?」


 カシーナの問いに、ランギルスがにたりと笑う。


「さーぁね。少なくとも、この地上の存在ではないだろうさ」

「……やはり、人知を越えた存在が関わっていると?」

「そゆこと。ルビリア、君は面白いものを見つけたね。これ、確かに神器クラスの代物だよ。扱い方を間違えると、普通に戦争が起きる」

「……それは困る」

「あたしだって困るさ。とりあえず、世に知られる前にあたしのところに持ってきてくれたのは感謝だ。……可能なら、存在しなかったものとして闇に葬り去りたいところだけど、それは困るのかな?」

「それは……困る」

「そう? もしくは、ルビリアとその知り合いだけで使用して、世間には漏らさないってことでもいいけど?」

「それも……ううん……ちょっと、困る」

「そっかそっか。……ルビリア、カシーナにも言ってないこと、結構あるね?」

「え……」


 戸惑うルビリアに、ニヨニヨ顔のランギルス。今の会話でそこまで掴むとはね。何が気になったのだろう?


「別に責めてるわけじゃないよ。友達同士だって秘密はあるもんさ。むしろ、友達なら相手の秘密にしたい気持ちを尊重すべきときも多々ある。

 まぁでも……あたしの庇護を受けたいっていうなら、ちっとばかし秘密を明かしてもらいたいね」

「……えっと、何を」

「あたしが知りたいのは、これが本当に危険のないものなのかどうか。危険がなければ、多少秘密があろうと気にしない」

「危険はない。大丈夫」

「そう? ま、とりあえず、例の大浴場を見せてよ。話はそれからさ」

「……うん」

「そう緊張しないでよ。やばい雰囲気があるとはあたしも思ってない。念のための確認。あ、とりあえずお茶飲んじゃって。それからお風呂タイムと行こう」


 三人ともお茶を飲む。その間、ランギルスは気さくに話しかけてきてくれて、ルビリアも多少は緊張が解けたと思う。

 お茶を飲み終わったら、ルビリアが俺を床に置く。


「形態変化。大浴場」


 シャワーヘッドから姿を変えて、大浴場への入り口に変化する。


「ほほー、面白いね」

「……中、どうぞ」

「ありがとー」


 ルビリアが先頭に立ち、二人を中に招き入れる。

 脱衣所を通り過ぎ、大浴場を見て、ランギルスが歓声を上げる。


「わぉ、綺麗なお風呂! 町の公衆浴場とは大違いだねぇ!」

「……うん」

「ふむふむ。そして、あたしらが入った瞬間からカウントダウンが始まっている、と。……これ、どこの国の時間の単位だろうねぇ。内装は、極東の島の雰囲気。でも、あそこは六十進法を時間の単位に採用していたかなぁ?」


 他の人はあまり気にしていなかったが、ランギルスからすると注目に値する情報らしい。他の人とは知識の量が違う、のかな。

 さらに、ランギルスはきょろきょろと周囲を見回している。


「ルビリア。この子、名前はなんて言うんだい?」

「……この子って?」

「ずっとあたしたちを見ている、この魔法具君。これ、意志のある魔法具だよね?」

「……う」

「え?」


 カシーナは驚き、ルビリアは気まずそうに視線を逸らす。


「一度、ルビリアにも話しかけてたろ? それに、ずっとあたしたちを見つめてる。でしょ?」

「……へぇ、そうだったのか。私は気づかなかったな」

「……ごめん。カシーナに、秘密にしてた」

「責めているわけじゃない。秘密にしたいことがあれば秘密でいいと、以前言っただろう」

「……うん」


 カシーナは穏やかに微笑むが、ルビリアはもじもじしている。カシーナは、本当にできた女性だよ。ルビリアの友達になってくれて良かった。


『……ルビリア。もう、俺も出て行ってもいいんじゃないか?』

「……そうだね。出てきて、ヤキチ」


 許可が出たので、俺も人型で姿を現す。

 今回は素っ裸ではなく、白地に波模様が入った浴衣を着ている。どちらかというと外見が女性的になっているから、この容姿だとよく似合う。……男を忘れてしまわないよう、要注意だな。


「よっ、と。あ、ども。初めまして。ヤキチだよ」


 カシーナとランギルスに向かい、軽く手を挙げる。

 二人の顔が若干赤らんだのは……なんだろうね。

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