第28話 無性

 しばらくして、俺は再び目隠しされることになった。


「……今日は、ずっとそうしてて」


 恥ずかしげに言うルビリアは大変いじらしかった。

 目隠しをしても見ようと思えば見られたのだが、今日のところは何も見ないことにした。

 ただ、ここに至って思い出した。

 俺、湯煙っていうスキルも持っていたな。あれを使えば、ルビリアの大事な部分も隠せるはず。

 ……うん、湯煙のことは、内緒にしておこう。今後、一緒に風呂に入るときはずっと湯煙を使えと言われても困る。どうしても必要になったときに打ち明ければいい。


「ヤキチ」

「ん?」

「こうして実際に触れられて、話せるの、やっぱり嬉しい」

「俺も、ルビリアに触れられるのは本当に嬉しいよ」

「エッチ」

「男は皆そうなんだ。許しておくれ」

「……ヤキチなら、許す」

「それは良かった」


 それから、ルビリアがしばし口を閉ざす。


「今日は少し静かだな」

「……ヤキチが傍にいると、何を話せばいいのか、わからなくなる」

「そう? 俺に人の体がある以外、何も変わってないんだけどなぁ」

「……わたしも、変だと思う」

「まぁ、それも恋だよ。たぶん」

「……そう」

「あ、そういえば、癒しの湯を試してみたいんだけど」

「ダメ」

「……ダメなの?」

「ヤキチが隣にいるのに、だらしない姿を見せるの、恥ずかしい」

「……前から傍にいたんだけどなぁ」

「それとこれとは、話が違う」

「違うのか……。じゃあ、しばらく我慢するしかないな」


 中身おっさんの俺にはわからない乙女心があるのだろう。ここは大人しく従うべし。癒しの湯、体験してみたかったけどなぁ。時間はたっぷりあるし、焦る必要もないか。

 多くはしゃべらず、緩やかな時間を過ごす。一時間くらいは経っただろうか。俺としては随分と長風呂だ。


「そろそろ上がろっか?」

「ん。……ヤキチ、先に上がってて。目隠し、取っていいから」

「了解」


 目隠しを取って、俺は先に大浴場を後にする。

 脱衣所に戻ったら、タオルでさっと体を拭く。本来なら脱衣所に戻る前に軽く体を拭くべきだろうが、タオルを持ち込んでいなかった。この辺のルールも、こっちで改めて普及していく必要がありそうだな。


「……この髪の長さ、初めてだな。乾かすの面倒臭いかも」


 転生前、いつも髪は短くしていた。タオルでわしゃわしゃするだけでだいたい水気もなくなり、いちいちドライヤーを使う必要もなかった。この髪の長さだと、タオルだけでは乾くまで時間がかかる。

 ドライヤーを出現させて、何となくのやり方で髪を乾かしてみる。ドライヤーに不慣れだから、余計に時間がかかってしまいそうだ。

 しばらく待っていると、出入り口のガラス戸が開く。


「ヤキチ。こっち、見ないで」

「わかった」


 ひたひたひた。

 この足音、やっぱり過剰に想像力を掻き立ててくるんだよなぁ。

 ルビリアもそそくさと体を拭いてから服を着て、ようやく俺の視界に入ってくる。


「もう、大丈夫」


 さて、その顔が赤いのは、風呂の余韻か、それ以外の要因か。

 そんなルビリアは、改めて俺の体を上から下までじっくりと眺める。


「……やっぱり、女の子に見える」

「外見上は女性に近いみたいだからな。でも、中身は違うんだと思う。確かめたわけじゃないけど」

「中身……」

「膣も子宮もないって言ってた。だからまぁ……要するに、股間に割れ目はあっても、その奥には何もない、と。見てみるか?」

「えっと……気にはなる、かも」

「自分じゃ上手く見られないし、ちょっと見てみてくれ」

「ん」


 ルビリアが俺の前に座り、ためつすがめつ俺の股間を凝視する。……これ、なんか恥ずかしいな。


「……毛がない」

「みたいだな。そういう設定にしたわけじゃないけど」

「無性だから……?」

「かもしれん」

「……触っていい?」

「ああ、いいよ」


 ルビリアの手が俺の股間に触れる。中身を確認しようと、押し広げてくる。また、何かを確かめるように、割れ目の部分をちょんちょんと突かれる。うう……ますます恥ずかしくなってきた。落ち着け、俺は男だ。裸を見られるのも、触られるのも、大したことではない。心の陰茎だけはまだ削ぎ落としてはいけないぞ。


「……外側は、たぶん女性器によく似てる。でも、確かに奥がない」

「そっか……。ま、俺には必要のない部分だから、それでいいよ」


 俺の心は男なので、そこに男を受け入れるつもりは一切ない。奥など存在しなくて構わない。


「不思議な体……。男とも、女ともつかなくて……でも、綺麗」

「それはどうも」

「ヤキチ、男の子の体にはなれないの?」

「なれる、らしい。でも、特殊なスキルが必要で、満足度ポイントを十万消費するんだって」

「……満足度ポイント、貯まりにくいのに」

「まぁ、利用客がそもそも少ないからな。これから風呂屋をやっていくなら、案外さくっと貯まるのかも」

「確かに」

「……ところで、いつまでそこ見てるのかな?」

「ご、ごめんっ」


 ルビリアが手を離し、立ち上がる。


「まぁ、ちょっと手を洗っておいで」

「……ヤキチもお風呂上がりだから、汚くない」

「そうは言っても、ね。一応洗っておいてよ」


 直感的にできるとわかっていたので、右手にシャワーヘッドを出現させる。浴場へのガラス戸を開け、浴場側に水を流す形でルビリアの手を洗った。


「ところで、俺の服がない。っていうか、そもそも外に出られるのか?」

「え。出られないの?」

「どうだろう?」


 服は着ていないが、どうせ外はルビリアの部屋。

 誰も見ていないのだからと、ドアを開けてみる。外に出ようとするが……。


「あ、ダメだ。外には出られない」

「……ダメなの?」


 見えない壁に阻まれて、俺は外に出ることができない。その様子に、ルビリアが泣きそうな顔をする。


「そんな顔するなよ。そのうち外にも出られるようになるって」

「……本当に?」

「たぶん……。なぁ、俺が外に出るにはどうすればいいんだ?」


 俺とは違う誰かの意志っぽいものがあるとわかっているので、尋ねてみる。


『スキル、温泉街を獲得してください。満足度ポイント、三十万を消費します』


「三十万……。長い道のりだなぁ」

「……っていうか、普通に話してるし。今の、誰?」

「それはわからん。声の感じは、服を脱げってアナウンスしてくる奴だな。定型句しか言わないと思ってたけど、多少は会話をしてくれるようになった」

「ふぅん……」

「ま、あまり気にしなくていいと思う。んじゃ、とにかく、俺が自由に動けるようになるには、やっぱり風呂屋をやって、お客さんに楽しんでもらわないといけないわけだ。頑張ろう」

「……ん。ヤキチと外でも一緒にいたいから、頑張る」


 ふんすと気合いを入れるルビリア。俺も、気合いを入れて頑張ろう。

 いつか男の体も手に入れて……ルビリアと男女の営みを? うーん、イメージがつかないな。まぁその日が本当に来るかはわからないが、とにかく頑張ろう。

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