第27話 一緒に

「一緒に、お風呂入ろ?」


 ルビリアに可愛く誘われて、断れるわけもなく。


「ああ、いいよ」


 俺が頷くと、ルビリアがすぐに服を脱ぎ始める。しかし、下着姿になったところで、ふと動きを止める。


「……ヤキチ。先に入ってて」

「お、おお」


 ルビリアの顔が赤い。自分から誘ったことだし、俺に肉体がないときには普通に脱いでいたのに、目の前に立たれると気恥ずかしいようだ。

 俺はもとより素っ裸だったので、さっさと大浴場に入っていく。

 ふむ。

 久々に、風呂だ!

 大抵の日本人がそうであるように、俺も風呂は好きだ。各地の温泉旅館を訪れることもあったし、町の銭湯もよく利用していた。


「しかも、ただ風呂に入るだけじゃなく、美少女も一緒! これは盛り上がらないわけがない!」


 ひとまず、俺は洗い場に行ってバスチェアに座る。

 この感じ、久しぶりだなぁ。あ、そういえば、大抵の銭湯では洗い場に鏡があるが、ここにはまだないんだな。獲得可能な設備の一覧にも載っていた気がする。ルビリアたちは日本の銭湯を知らないから気にならないみたいだが、俺はちょっと気になってしまった。また魔石ポイントが溜まったら、鏡も獲得しよう。

 さておき、ルビリアが来る前に、早速体をシャワーで洗い流す。できたてほやほやの体だから汚れてもいないだろうが、気分だ、気分。

 石鹸も使いつつ、体を洗うことしばし。


「……ルビリア、遅いな」


 下着を脱ぐだけなら一分もかからないだろうに、まだ入ってこない。浴場と脱衣所を隔てるドアは磨り硝子になっているのだが、どうやら人影は見える。しかし、動きがない。


「……脱衣所、どうなってんのかな」


 この体になって、視点が普通の人間みたいになっている。以前ならちょっと意識を向けるだけで内部のどこの様子も確認することができたが……。

 あ、ちょっと意識すると、脱衣所の様子も見られるな。監視カメラの映像でも見ている感じ。

 ルビリアは大浴場入り口に裸で立っているのだが、その手には白いバスタオル。それで体の前を隠していて……。


『警告。タオルで体を隠すことは、着衣と見なされます』


「ど、どうしてもダメなの? タオルくらい……」


『警告。タオルで体を隠すことは、着衣と見なされます』


「うう……。融通が利かない……」


『警告。タオルで体を隠すことは、着衣と見なされます』


「……ヤキチには、ずっと裸も見られてきたけど。いざ人の姿で現れると、なんだかすごく恥ずかしい……」


 なにやら乙女な葛藤をしているらしい。

 女の子が恥じらっている姿が大変可愛らしいなぁ……。おっと、容姿は美形なのに、心は相変わらずおっさんだ。いかんいかん。

 うーん、ルビリアを無理矢理中に招き入れるのもなんだが……。

 俺が悩む間にも、ルビリアは扉に手をかけて固まっている。

 ここは、俺が背中を押してやるかな! べ、別に、早くルビリアの裸を見たいとかじゃなくてね!?

 立ち上がり、大浴場の出入り口へ。


「ルビリア、何かあったか?」

「ヤ、ヤキチ!? べ、別に何もないよ!?」

「そうか? ドア、開けていい?」

「ええ!? ちょ、ちょっと、だ、ダメ!」

「なんで? 今更、裸を見られるのが恥ずかしいとか? 今まで散々見られてきたのに?」

「そ、そうだけど、でも……なんか……」

「早くルビリアと一緒にお風呂入りたいなー。ルビリアと一緒だと、気持ちいいだろうなー」

「……ヤキチ。目、閉じて」

「えー? お風呂場で目を閉じるなんて、危なくね?」

「いいから! お願い!」

「……わかったよ。目を閉じてるから、入っておいで」

「本当に? 本当に目を閉じてる?」

「うん。閉じてるよ。大丈夫」


 ルビリアの指示に従い、俺は目を閉じる。

 何も見えない。いや、見ようと思えば目以外で浴場内のものを見ることができるのだが、今は本当に何も見ない。これが大人の気遣いさ。


「嘘だったら……内蔵引きずり出すから」

「急にヤンデレっぽいこと言うなよー」


 苦笑しつつ、待つ。

 ゆっくりと、引き戸になっているガラス戸が開いた。


「……見て、ないよね? 念のため、タオルで目隠ししてよ」

「了解。じゃ、やってくれ」

「ん」


 ルビリアが俺の目にフェイスタオルを巻く。幸いというべきか、目隠しのタオルは着衣に見なされないようで、警告は鳴らなかった。

 ルビリアに手を引かれて、俺は先に湯船に浸かる。ああ……久々の湯船。全身を温いお湯に包まれる感覚、ええなぁ……。


「体洗うから、待ってて。目隠し、取っちゃダメだから」

「おー、わかった」


 ルビリアがひたひたと足音を立てて離れていく。ある意味、こうして目隠しをされた方が、想像力が刺激されて興奮してしまうね。相変わらず反応するモノがないのだけれど。

 少し待つと、体を洗い終えたルビリアも湯船に入ってきて、俺の左隣にぴたりとくっついてくる。


「……ちゃんと、見えてない?」

「見えてないよ。なーんにも」

「……あ、目隠しじゃなくて、目を潰したら良かったのか」

「おいおい。狂気じみたこと言うなよ。怪我が治るかもわかんない体だぞ」

「治らないのは、困る」

「だろー?」

「うん……。その……ごめん。ヤキチになら、別に、裸を見られるくらいどうってことないと思ってたのに……。いざとなったら、急に、恥ずかしくて……」

「それがたぶん、恋って奴じゃないかな」

「……そっか。これが、恋……。恋してるから、恥ずかしい……」

「たぶん、ね」


 お湯の中で、ルビリアの右手が俺の左手に重なる。

 このまま手をぐっと引き寄せて、思い切り抱きしめてやりたい気持ちにもなる。男の体だったら、そうしていたのかな。でも、今はモノがついていない体だから、このささやかな接触でも心が満たされる。


「ヤキチは、恋、してる?」

「そうだなぁ……。うん、恋、しているよ」


 ルビリアの手を引き寄せて、両手で包む。

 ルビリアに触れていると、ドキドキする。胸が熱くなる。心が温もり、幸せな気分になる。

 きっと、ルビリアと同じレベルでドキドキしているわけではないんだろう。ルビリアを思うと胸が一杯になる……とまでは言わない。

 けど、これもきっと恋だよな?


「……ヤキチは、わたしに見られても、恥ずかしくない?」

「俺の心は男だもの。男は、むしろ好きな女の子に見られると、喜んじゃったりするんだよ」

「……そう。でも、ヤキチ、今の体は女の子じゃないの?」

「まだ心は肉体に引っ張られてないんだ。それにこれ、外観は女の子っぽいけど、一応無性の体」

「胸が小さいだけじゃなく?」

「胸もないけど、膣も子宮もないんだってさ」

「ふぅん……。エッチなことをしたい気持ちも、湧いてこない?」

「そうでもない、かな? これでも、ルビリアとキスしたいし、もっと触れあいたい気持ちはあるんだよ」

「キ、キス……」


 ああ、ルビリアがどんな顔をしているのか、直接見てみたいな……。


「ルビリアは、どう? 俺と、キスしたい?」

「……したい。たぶん」

「そっか。じゃあ、しちゃおっか?」

「え、でも……急に……」

「悪い、俺は恋愛経験がほぼゼロだから、いい感じの誘い方とか知らないんだ」

「……そう」

「ま、これからはいつでもできるだろうし、無理して今からキスする必要は……」

「キス、したい」


 俺の言葉を遮って、ルビリアが呟いた。


「……そっか」

「ヤキチが人の体を手に入れたら、しようって思ってた。だから……しよう」

「うん。……なら、少しでいいから、目隠し取ってくれない? 流石に、顔にタオルを巻いてキスするのは情緒がなさすぎるでしょ?」

「……わかった」


 ルビリアが目隠しを取ってくれる。

 ゆっくり目を開けると、ルビリアの真っ赤な顔。俺が見つめると、さらに顔が火照っているように見えた。

 ルビーのような紅い瞳。綺麗で、吸い込まれそう。


「ヤ、ヤキチの顔、反則っ。なんでそんな綺麗な顔にしたのっ」

「ルビリアが喜んでくれると思って」

「……こんなの、ヤキチのイメージと違うっ」

「すまん。選択、やり直すか?」

「……そこまで、しなくていい。でも……なんか……うぅ……」


 ルビリアが視線を逸らす。湯船の中で膝を抱えて、体も隠してしまう。


「……キスは、また今度がいいかな?」

「……キスは、したい」

「そっか」


 ルビリアが落ち着くまで、しばらく待つことにする。

 俺も、平静を装ってはいるけれど、実のところかなり緊張している。

 初めてのキスだし。美少女が隣にいるし。お互いに裸だし。

 ルビリアの裸を見慣れていなかったら、平静を装うこともできなかったかもしれない。

 無言の時間が過ぎる。

 無言なのに、とても心地良い。

 先に口を開いたのは、ルビリアで。


「……ヤキチ」

「ん?」

「こっちを向いて、目を閉じて」

「わかった」


 ルビリアの方を向き、目を閉じる。

 待っていると、ルビリアが近づいてくる気配。

 ちゅ……。

 ほんの一瞬だけ、唇に柔らかいものが触れた。

 ルビリアの気配が、遠ざかる。


「……もう、いいよ」

「ああ……」


 ルビリアは、こちらに背を向けて座っている。

 その表情は見えない。だけど、その後ろ姿があまりにも可愛らしくて、思わず後ろから抱きしめてしまった。


「ひゃうっ」

「……なんだよ。触れられるの、嫌か?」

「嫌じゃ……ない」

「なら、しばらくこうしてていい?」

「……うん。いいよ」

「ルビリア」

「ん」

「好きだよ」

「……わたしも」


 二人で独占する大浴場。なんて贅沢な時間。

 一生、ずっとこうしていたいなんて、冗談でもなく思ってしまった。

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