第26話 番台

『性別、年齢、容姿を選択してください』


 おお!? こんなアナウンスが出たということは!?


「ヤキチ、どう?」

『ちょ、ちょっと待ってくれ。もしかしたら……もしかするかもしれん』

「……わかった」


 ええと、性別は、できれば男がいいんだが……。

 内側に向けて念じるように話しかけると、返事がある。


『男子禁制が発動中のため、男性は選択できません。無性、もしくは女性を選択してください』


 ……男性はダメ、と。男性になるにはどうすればいいんだ?


『スキル、休業中を獲得してください。一時的に男子禁制を無効化できます』


 休業中って……。なんだそりゃ。おい自称女神、へんてこなセンスでスキルを決めるんじゃねぇ。

 それで、その休業中ってのは、どうやって獲得するんだ?


『満足度ポイントを十万消費すると獲得できます』


 十万……。確か、満足度ポイントは五千くらいしか貯まってなかったよな。利用者が少ないせいか、なかなか増えない。これから風呂屋をやることで増えるのに期待だ。

 それにしても、素直に色々と教えてくれるんだな。今まで教えてくれなかったのに。


『性別を選択してください』


 ああ、はいはい。わかりましたっと。

 ちなみに、無性と女性の違いは?


『無性の場合、男性と女性の中間のような容姿になります。骨格は女性寄りで、胸の膨らみはなく、陰茎、膣、子宮などもありません。生殖器の外観としては、女性器に近いものになります。

 女性の場合、年齢設定に応じて胸に膨らみがあり、子宮を含む女性器があります』


 女性にすると、妊娠もできるわけ?


『可能です』


 え、マジで? 俺、妊娠できる体にもなれんの?

 ってか、俺の子供ってどんな姿になんの? まさか、シャワーヘッドじゃないよな?


『バカですか?』


 おい、なんか急に人間臭い部分が出たぞ。事務的な会話しかしない仕様じゃないのか。


『性別を選択してください』


 ……はいはい。

 じゃあ、女性ってのもなんだし、ここは無性にしておくよ。


『年齢を選択してください』


 実年齢は三十近いが……ルビリアに併せて、十七歳で。


『若作りですか?』


 だから、ちょいちょい突っ込みいれんなや。

 とにかく、年齢は十七だ。


『容姿を選択してください』


 目の前に、モニターのような画面が現れる。

 そして、顔だちや髪色などを自由に選択できるようになっていた。容姿を選べるゲームみたいな感じだな。

 しかし、自分の容姿を選ぶってのはなかなか迷うな……。どうせなら美形にしちゃいたいところだが、三十手前のおっさんが美形を選択するのも気が引ける。

 平凡で、あまり目立たない外見。それでも良いと思うのだが……。


『なぁ、ルビリア。俺の外見、どんなのがいいと思う?』

「それを訊くってことは、人型になれそうなの?」

『たぶん。それで、容姿を選択できるんだ。どんなのがいいかなって』

「なんでもいい。でも、かっこいい方が嬉しい」

『そうか。そうだよなぁ……』


 容姿ってのは、自分じゃなくて一緒にいる人のために整えるもの。

 ここは、ルビリアの希望を叶えて……。

 髪色なんかも、せっかくだから以前と違うもの……。中性の美形だと、水色とかもいいよな。ルビリアの赤とも対比になっていいかも。

 あ、そういえば、容姿って設定し直すこともできるの?


『魔石ポイントを二万消費で、容姿を再設定可能です。なお、性別の変更については、ポイント消費はありません』


 そうかそうか。なかなか消費が激しいが、容姿変更が不可能じゃないなら、気軽に決めればいい。

 色々と悩んで、容姿が決まった。

 中性的な顔立ちに似合うよう、髪は少し長めのショート。身長は百六十五くらい。男性として見ると女性的で、女性として見ると男性的……だが、どちらかという女性っぽい? 胸に膨らみはないけれど、胸の小さな女の子という印象になりそう。

 ……ふむ。ちょっと麗しくしすぎたかな? おじさん、自分の容姿にちょっと照れちゃうよ?


『いい加減早く決めてください。初デートの服装に迷う中学生ですか?』


 こいつ、一体誰なんだろう。自称女神の使いか何か?


『容姿の設定を完了して宜しいですか?』


 ……ああ、いいよ。完了だ。


『設定を完了しました。出力します』


 お? お?

 俺の意識が、一瞬だけ暗転する。

 それから、目を開けてみると。


「ヤキチ……?」


 上気した表情のルビリアがこちらを見ていた。

 視界が狭い……と思ったら、ちゃんと人間の視点で見ているからだった。今まで視覚とは違う感覚で見ていたから、そっちに慣れてしまったらしい。


「あー、あー。お、声も出る。……えっと、遅くなってすまん。なんか、人型になれたみたいだ。素っ裸でちと恥ずいけど」


 ルビリアがおそるおそる俺に近づき、俺の顔にそっと手を添える。


「……触れる」

「うん。ちゃんと実体があるな」

「綺麗な顔……」

「ルビリアが好きかなって、ちょっと綺麗にしてみた。おっさんがちょっと盛りすぎたって反省もしてる」

「人形みたい……」

「ルビリアも同じくらい綺麗だと思うけどね」

「温かいね」

「そっか。……なんか、心臓も動いてるみたい」

「……好き」

「お、おう」

「外見が綺麗だからっていうわけじゃ、ないけど。わたし、やっぱりヤキチが好き。こうして触れて、わかった」


 ルビリアの目に涙が溜まり、頬を伝って落ちていく。

 ぽたぽた。ぽたぽた。

 俺に触れられたこと、そんなに嬉しかったかな?

 大げさに思うけど、ルビリアはまだ十七歳で、独りの時間も長かった。

 ちょっとしたことで泣いて、笑って、感動するお年頃、なんだよな。


「待たせてすまん。つっても、一ヶ月くらいで人型になれたから、予想よりは早いんだけど」

「……一ヶ月でも、随分待った気がする」

「そっか……」


 おっさんの一ヶ月と、十七歳の一ヶ月は違うよな。

 三年前をつい最近と感じる物差しで、ルビリアの時間感覚を測るわけにはいかない。


「ルビリア。これからも宜しくな」


 ちょっと照れ臭い思いもあるけれど。

 ルビリアの体をぎゅっと抱きしめる。

 モンスターを容易く屠っていく姿からは想像がつかないくらい、その体は華奢で、気軽に折れてしまいそうでもあった。


「……うんっ」


 ルビリアも俺を抱き返してくれる。いやはや、人の姿で女の子に抱きしめてもらえるなんて初めてのことだよ。

 しかし、胸の膨らみがふにゅんってしているところ、結構な興奮ポイントだと思うんだけど、この体には反応すべきものがついてないんだよなぁ……。

 ある意味、それで良かったのかな。ルビリアの体温も、石鹸の香りも、俺には刺激が強すぎる。

 感動の対面って感じのシーンなのに、あれをおっ立てているようじゃ、台無しだ。

 人の体も手に入れて、これからもっと楽しくなりそうだ!

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