第7話 地上

 ポータブルシャワーヘッドになったら、ルーム部分が消滅し、シャワーヘッドだけの姿になった。重量も、三百グラムくらいになったのではなかろうか。


「これなら持ち運べる。良かった」


 服を着たルビリアは俺をコートのポケットに突っ込み、移動を開始。残念ながら何も見えなくなってしまうが、ここは我慢。戦闘シーンに興味があっても、左手で持っていてくれとも言えない。とっさの動きに支障が出たら困る。

 というわけで、地上まで五時間ほどかかったのだが、俺は基本的に何も見ていない。ルビリアと少し話をしていた程度である。

 その途中でふと気づいたのだが、俺の声は指向性を持たせることもできるらしい。俺からの一方通行だが、ルビリアだけに意思を伝えることが可能だ。町中では重宝しそう。

 と言うのも、地上に来るまでに、俺に意志があり、しゃべることも可能だということは、伏せておこうと決めていた。良からぬ連中に見つかれば、何かの研究の材料にされかねないなどの懸念からだ。

 地上に出たところで、ルビリアが俺をポケットから出してくれる。


「……戻ってきた。ここが、地上」


 俺がいたダンジョンは、内部のイメージと同じで洞窟のような場所らしい。岩壁に穴があいて、地下深くへと続いている。

 ダンジョンと反対方向を見る。どうやらここは森の中にあるらしく、木々に囲まれていた。ただ、このダンジョンに通うものが利用するためか、一本道が整備されている。

 季節は春、かな? この体、温度はなんとなくわかるが、暑い、寒いの感覚がないので、感じている温度にいまいち現実感がない。

 時間帯としては早朝なのだろう、彼方の空がうっすらと白んでいる。

 自然が豊かで良いところ……なんて暢気に考えて良いものかはわからない。森の中はモンスターが出る危険な場所かもしれない。


『町まではどれくらい?』

「んー、もう少し。とりあえず、走る」

『わかった』


 ルビリアが走り出す。

 ダンジョンの復路を共に過ごしてわかったが、ルビリアの体力は地球基準で考えると異常だ。移動中の五時間ほど、ほとんど走り回っているかモンスターと戦闘しているかだったのに、ろくに休憩も取らなかった。人間の体力ではない。きっと魔力とかが関係しているのだろう。

 ルビリアが森を駆けている間、所々からモンスターの気配がした。しかし、ルビリアはそれらは無視していた。

 二十分ほどで町に到着。地平線の彼方まで続きそうな田園風景の中心に、壁に囲まれた町がある。

 農耕などの生産活動は壁の外で行うが、多くの人は壁の中で暮らしているそうだ。可能なら農地も全部壁で囲いたいところだそうだが、そんなのは到底不可能なので今の形に落ち着いているらしい。強力なモンスターが現れたときなど、非常時には、壁の外の住人も内側に逃げ込むのだとか。

 早朝ではあったが、壁の内部に入るための門は開いていた。中年男性の門番もいて、ルビリアの姿を見て少し怯えた顔をした。

 ルビリアが何かカードのようなものを提示すると、門番は黙ってルビリアを中に通した。

 ルビリアの表情が少し寂しげに見えたのは、たぶん気のせいじゃない。


『……さっきのカードは?』

「冒険者証」


 俺にだけ聞こえるような、小さい声でルビリアが返事。


『なるほど。それで……ルビリア、何か怖がられてるのか?』

「……少し。だいぶ?」

『なんでなのか、訊いてもいいか?』

「わたしの黒炎は、一般的には恐ろしいものだから。それに、わたしが一度、トラブルを起こしたせいでもある。詳しくは後で」

『ああ、わかった』


 話を打ち切り、ルビリアが壁の中を歩く。早朝だからか人影は少ないが、煉瓦造りの建物や石畳もあって、この世界では発展している方なのではないかと思う。

 また、この世界には獣人やエルフなどもいるようで、ちらほらそういうのも見かけた。

 十分ほど歩くと、四階建ての堅牢な建物の前に到着。


「ここ、冒険者ギルド。今から入る」

『おう』


 ギルド内部に入ると、既に受付に職員たちが立っているし、冒険者たちの姿も見える。この世界の朝は早いのだな。

 そして、併設された酒場らしきところの椅子に、一人のご婦人が座っていた。

年齢は五十代くらいだろうか。ルビリアを見ると、はっとして、次に悲しそうに顔を歪める。

 まず間違いなく、あれが依頼人。そして、ルビリアが一人で帰ってきたのを見て、全てを察したのだろう。

 ルビリアは、魔法の収納ポーチを出して、そこから遺品を取り出した。

 ブラウンの毛髪と、魔法具だろう金色の腕輪。


「これは、返す」

「……はい」


 婦人が受け取ったものを抱きしめてすすり泣く。

 ……この姿を見ていると、俺も胸が痛む。俺も地球で死んだのだから、きっと、俺の母もこんな風に泣いただろう。

 俺なんて、うだつの上がらない平凡なサラリーマンだった。他人に誇れる立派な息子なんかじゃなかった。それでも、親からすればそんなのはどうでも良くて、死んでしまったらとにかく悲しい……。


「救えなくて、ごめんなさい」


 婦人が首を横に振る。


「……あなたのせいじゃない。あなたは、あのバカ息子のために、自分の命が危険なのにも関わらず、よく頑張ってくれた。本当に、ありがとう……っ」


 こんな風に言えるこの母親は、実に立派だと思う。胸の内では全く別のことを考えているかもしれないが、とにかく、それを抑えて感謝の言葉を口にできた。なかなかできることじゃないだろうな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る