第6話 レベルアップ
「……にしても、ずっと中にいると暑いね。すごく汗かいた。シャワールームって言ってたけど、水浴びできるってこと?」
食事を終えて、ルビリアが尋ねてきた。シャワールームという言葉がルビリアにどう翻訳されて伝わっているかは不明だが、風呂とかそういう施設だとは伝わっている様子。
『水もお湯も出る、はずだよ。使ったことないけど』
「お湯も? そこから出てくる感じ?」
『そのはずだ。シャワーヘッドにボタンとメモリがついてるだろ? それで操作するんだと思う』
通常のシャワーと違い、レバーがあるわけでもないし、シャワーヘッドからホースが伸びているわけでもない。使い方はお察しするしかない。
「使ってみていい?」
『ああ、もちろん。あ、ちなみに、足下にボックスがあるだろ? 中に着替えとか入れたら濡らさずに済むはずだ』
「わかった」
ルビリアがボックス内に着替えを放り込む。収納ポーチと同じ仕組みなのか、三十センチ四方くらいなのに、余裕で衣服も剣も入った。いっそシャワールームの中も広々としてくれればいいのにな。
「えっと……こう、かな? わっ!?」
ルビリアがボタンを押した途端、水が飛び出してルビリアの顔を濡らした。初めて文明に触れた人みたいな、新鮮な反応。
俺が密かに笑っていると、それが感じ取れたのか、ルビリアがむすっとする。
「……使い方を教えない方が悪い」
『すまんすまん。シャワーに触れたこともない人と接するのは初めてだったからさ。事前の説明が必要だとも思ってなかった』
「……ふん。でも、すごい。水がいくらでも出てくるし、排出する仕組みもあるのか……。この水、どこに行くんだろう……」
床の一角に、排水溝らしきものがある。水はそこに流れていき、どこかに消えている。外に出ているわけではないので、どこに行っているかは不明だ。もう一度中に取り込まれている気もするが細かいことはわからない。
『水の行方は知らないが、たぶん、二つあるメモリで水圧と温度が調節できるんだと思う』
「ん……」
ルビリアがメモリを調整すると、やはり水圧と温度が変わった。程良い水圧と温度のお湯がシャワーヘッドから放出される。
それを全身に浴びて、ルビリアが心地良さそうにする。
むむ……目の前で繰り広げられる美少女のシャワーシーン。眼福すぎるぜ。
濡れた髪が頬に張り付くのも、水が白い肌の上を流れていくのも、柔らかそうなお胸に水滴がつくのも、全方位から全て拝むことができる。はぁ……美しい。
ルビリアの肌に触れたお湯が、排水溝から再び俺の中に取り込まれていく感覚もまた良し。あ? 変態? そうだよ。悪いか。
こんな体になって、こんな光景が繰り広げられたら、変態になるしかないじゃないか。俺が好きで変態になったわけじゃない。悪いのはあの自称女神だ。ありがとう。
なお、どうやら湯気を排出する仕組みもあるようで、中は基本的にクリアなまま。謎の光にも湯煙にも邪魔されない、至福の世界がここにある。
「……気持ちいい。ヤキチの世界では、このシャワーっていうのが一般的に普及しているの?」
『そうだな。各家にだいたいある』
「そう……。いい世界……」
ルビリアがシャワーヘッドを壁にかけ、体を素手で擦っていく。石鹸もシャンプーも置いてないから、完全にただの水洗い。
石鹸にもシャンプーにも邪魔されず、全てが拝めて最高だね! それに、汗が溜まりがちな脇下とか股下とか、ちょっと気恥ずかしそうにしながらもしっかり洗っている姿もグッド! 永遠にシャワーを浴びちゃってくれ!
『あ、そうだ。癒しの湯なんてスキルもあるんだよな。使ってみる?』
「何それ? 使ってみて」
『承知した』
スキルを発動。癒しの湯。
すると、シャワーヘッドから出てくるお湯が淡い緑色になった。
「ほにゃぁぁあああああああああっ」
『な!? ど、どうした!?』
頭から癒しの湯を浴びるエビリアが、不意にだらしない声を発する。よほど癒し効果が高いらしい。癒されているところ悪いけれど、その……すごくえっちぃ感じだ。頬が上気して、目がとろんとしている。おじさん、変な気分になっちゃうよ。気分だけだけど! どうか! 俺に肉体を!
「いい……。これ……いい……っ。すごく……気持ちいいよぅ……んんっ」
ルビリアの声にも熱が籠もる。ちょっと視覚を封印したら、もう最中の声にしか聞こえないかもしれない。そんな誤解をしないよう、俺はばっちりとルビリアを視界に納める。誤解は失礼だもんね!
ルビリアは、しばし癒しの湯に打たれ続ける。
水道代とか気にしないでいいから、長々と堪能できていいよな。ってか、お湯っていつまで出続けるんだろう? 魔力が尽きたら水も切れるとか? なんとなく、魔力的な何かが抜けてる感じはあるんだよな。魔力が尽きる感じはないのだけど。
しばし癒しの湯を堪能した後、普通のお湯に切り替える。それでもまだ、ルビリアの吐息が熱を帯びているように思う。
「ねぇ……ヤキチ」
俺の名を呼ぶ声も艶っぽいが、えっちなお誘いを口にするわけじゃないことはわかっている。
『んー?』
「……わたし、そろそろ、地上に戻らないといけないんだけど……」
『ああ、それはそうだよな……』
せっかく知り合えたが、ルビリアはいつまでもここに留まるわけにはいかない。地上に戻り、人の町で暮らしていくのだ。
そして……俺は、ここに取り残されるしかない、のか?
「ヤキチをどにかして地上に連れていけないかな? また、シャワー浴びたい」
『うーん、でも……この巨体だし、持ち運びは無理だよな?』
「たぶん……」
『うーん……。なぁ、レベル上げって、どうやればいいんだろう? レベルを上げたら、何かヒントが見つかるかも』
「……レベルって、何?」
『え? この世界、レベルとかステータスがあるんじゃないの?』
「なんのこと?」
『あれ? もしかして、俺だけレベルがあるのか?』
あの自称女神め……。変な仕様にしやがって……。まぁ、レベルなんてないのが普通だけどな……。
『レベルってのは……ん?』
ピコン。
何か、脳内で変な電子音が響いた。
「どうしたの?」
『なんか、音がした。なんだろう?』
「わたしには聞こえなかった」
『レベルが上がりました』
『おお? レベルが上がったって通知が来た! なんでだ?』
「……レベルがなんのことかわからないけど、わたしがシャワーを浴びてるから何か変化が起きた?」
『あ、そうかも? 女湯としての機能を果たせばレベルが上がる?』
俺は何もしていないけれど、女性に利用してもらえば利用してもらうほどレベルが上がるということか? 何それ、超簡単。そして超眼福。自称女神様ナイス!
『えっと、とりあえずステータスは……?』
前回と変わっていないところや数値はどうでもいいので無視して……。
レベル:2
形態:簡易シャワールーム、ポータブシャワーヘッド(new)
『ポータブルシャワーヘッド?』
形態に新しい項目が追加されていた。詳細を見ると。
ポータブシャワーヘッド:持ち運び可能なコンパクトサイズのシャワーヘッド。使用する際、使用者は裸でなければならない。
『なんとまぁ、都合のいい形態だこと』
ご都合主義というか、あの自称女神の差し金だろうな。自称女神が俺の様子を見て楽しめるよう、この形態になれるようにしたに違いない。
「どうかした?」
『ん。どうやら、なんとかなりそうだ。ポータブルシャワーヘッドって言う形態変化を覚えた』
「何それ?」
『使ってみないとわからないが、とにかく持ち運びが可能になる形態のはずだ』
「本当に? じゃあ、ヤキチを地上に連れていける?」
『ああ、そうみたいだ』
「やったっ。じゃあ、わたし、いつでもシャワー浴び放題?」
『そのようだ』
「良かったぁ。このシャワールーム、すごく気に入った。これからも宜しく!」
『うん。宜しくな』
都合のいい話だが、これで俺はダンジョンに放置されることなく、ルビリアと共に地上を楽しむこともできるわけだ。
自発的に動くことはできなくとも、わくわくしてきたね。
「ヤキチを地上に連れていけるなら……そんなに惜しんでシャワーを浴び続ける必要もないか。体力は回復したし、地上で報告を待っている人もいるし、そろそろ帰ろう」
『ああ、そうだな』
「ちなみに、外にはまだモンスターがいる?」
『いや。サイクロプスもいなくなったし、今は無人だ』
「良かった。囲まれてたらちょっと大変だった」
ルビリアがシャワーを止める。
そこで、タオルなど、体を拭くものがないことに気づく。
『……そういえば、何にも備えがなかったな』
「仕方ない。でも、シャワーを浴びてすごくすっきりした。ありがとう」
『どういたしまして。でも、どうするんだ?』
「……とりあえず水滴を手で払って、乾くまで待つ。そんなに時間はかからないと思う。髪は、もう濡れたままでも仕方ない」
『そうか。わかった』
ルビリアが水滴を払い、しばし待つ。風呂上がりの女の子……いいね! 上気した頬が大変セクシー! って、こんなことばっかり言ってるな。仕方ないけど。
待機する間、ルビリアが言う。
「……ヤキチは決して傷つかないから、ずっと持ち歩いてても問題ないんだよね? ダンジョンの中だろうとさ」
『ああ、そうだな』
「そっか……。なんか、嬉しい。パーティーを組めないスキルだから、いつもソロで活動してた。
それに……色々あって、誰ともあまり関わらないようにしてたから、ダンジョン以外でも独りだった。これからはヤキチが側にいてくれるなら、きっと楽しい」
『おう。俺も、ルビリアとの生活が楽しみだ』
ルビリアが綺麗に笑う。朝露に濡れるアジサイのような笑顔で、年甲斐もなくドキリとしてしまった。
今回のは、ルビリアが裸であることは関係ない。本当だよ?
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