第5話 反発

『……身の程を弁えてなくても、助けたいと思っちゃったんだろ?』


 自分が前世でしたことを思い出しつつ、ルビリアに話しかける。

 ルビリアがすやすやと眠っている間、俺は前世の最後の記憶を思い出していた。トラックに轢かれそうになっている子供がいて、何故か急に、変な正義感だか義務感だかが沸いてきて、その子供を助けに走ってしまった。

 ただの平々凡々なサラリーマンである俺に、英雄的な行いができるだなんて思ったわけでもなかった。気づいたら体が動いていた。

 愚かなことをしたようにも思うが、同時に、俺も案外やるじゃないかと思う面もある。

 まぁ、地球に残してしまった家族には、申し訳ないとも思うがな……。


「わたしは……助けたいと思った、のかな。そうでもないかもしれない。わたしはただ……反発したかっただけかもしれない」

『反発?』

「息子が行方不明だと、泣いている母親がいた。あの冒険者三人、特にリーダーであるその母親の息子は嫌われていたから、周りの人は冷ややかな態度だった。あの三人のために、危険を冒してダンジョンの深くまで潜るなんてするわけない、と言う反応ばかりだった。

 わたしも、あの三人のことは嫌いだった。でも……なんか、嫌だった。自分だって切り捨てたいと思ってるくせに、周りの人がとても冷酷に見えて、そんな風にはなりたくないと、思ってしまった。

 わたしが救出に来たのは、そんなつまらない反発から。そのせいで命を落とそうとしていたのだから、わたしは本当に愚かだと思う。

 そして、もし死んでしまっていたら、その直前には、自分の行いも悔やんで、あの母親のことも恨んでいたはず。

 わたしは愚かで、善人でもない。しょうもない、反発心だけ持ったただの子供……。情けない……」


 ルビリアが深い溜息を吐く。

 心からの後悔が滲んでいるようで、見ていて心が痛む。

 ルビリアの行いは、確かに英雄的ではない。子供っぽい反発なのかもしれない。

 それでも、その反発を抱いたルビリアのことは、とても好ましく思えた。


『……今回は、確かに失敗だったな。困っている人を助けようとして、自分が窮地に陥ってしまった。

 それに、動機もろくなものではないよな。命を懸けるなら、死んでも後悔しないと思える動機があるべきだとも思う。

 ルビリアは、愚かなことをした。

 今後、同じことはしない方がいい。

 でもさ……今回のこと、全部がダメだったとは思わない。反発なんて言う軽い動機だったとしても、誰かを救うために動いたことは、それだけ見れば決して悪いことじゃなかったと思う。

 ルビリアは、やり方を間違えた。でも、その心は間違ってない。単なる反発であっても、きっと根底にあるのは、ルビリアの優しさだよ。

 だから、ルビリアはその心を誇っていいし、大事にしていい。

 そして……次に何かあれば、行動の仕方を変えてみればいいんじゃないかな。一人で来るんじゃなくて、周りの人に頭を下げて協力をお願いするとか、相応のお金を払うとか? パーティーでの行動ができないスキルであっても、力を温存するためにしばらく守ってくれ、なんて言うこともできたはず。

 一度の失敗で、自分の全部を否定する必要はないし、これからの人生、ずっと自分は愚かで無力だなんて思いこむ必要もない。

 ……と言うことで、あまり落ち込まないでよ。生き残ったんだから、挽回するチャンスはいくらでもある。大丈夫だよ」


 平和な日本でサラリーマンをしていただけの俺に、こんなことを言う資格があるのかは不明だ。ルビリアは、俺よりよほど厳しい環境で戦ってきたのかもしれない。

 けど、一応年の功というべきか、十七歳の子供には見えないものも、多少はあるはずなのだ。きっと。


「……少なくとも、わたしの心は、間違ってなかった、のかな」

『俺はそう思うよ』

「そっか……。それでいいのかな……」

『うん。きっとね』


 俯いていたルビリアが、顔を上げて柔らかな笑顔を見せてくれる。


「ありがとう。少しだけ、元気出た」

『それは良かった』


 しがない俺の言葉が、ルビリアを少しでも上向かせてあげられたのなら、これほど嬉しいこともない。


「……にしても、変な感じ。今日出会ったばっかりの相手なのに、変な弱音吐き出しちゃった」

『相手が人間ですらないからなぁ。心の壁を作るのも忘れちゃったんじゃない?』

「そういうところ、あるのかも……。

 ヤキチ、ありがと。気を取り直して、ご飯、食べる」

『うん。そうしな』


 ルビリアがまたもそもそと食事を再開する。美味しそうではないかな。

 あまり料理は得意じゃないのだが、日本のレシピとか教えたら喜ぶだろうか? と言うか、レベルを上げたら、中で美味しい料理とか作れるようにならないかな? 銭湯だと食事処も併設されてることがあるし、可能性ゼロじゃないよな?

 まだ見ぬレベルアップに思いを馳せつつ、裸のまま食事を続けるルビリアの姿を堪能した。どうしても目が行っちゃうよな……たゆんたゆん。……変態童貞野郎? ふん、そうだよ! 文句あっか!? この状況で、視線を逸らせる男がいるなら見てみたいもんだ!

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