第4話 自己紹介
少女は、おそらく二時間ほど眠り続けた。おそらくというのは、正確な時間がわからないせいだ。時計機能もそのうちつくかな?
「……むにゅ。ここは……?」
うっすらと目を開いた少女は、緩慢な動作で軽く首を動かす。見知らぬ密室にいることに不審そうな顔をしたが、すぐに状況を思い出したらしい。
「……そうだった。ここは、あの変な箱の中……」
のっそりと体を起こす。寝ぼけ眼の気怠そうな姿が妙にセクシーだ。素っ裸のままな上、全身がじっとりと汗ばんでいるのも、その魅力に拍車をかけている。
なお、汗をかいているのは、内部に熱が籠もってしまっているからだろう。狭い密室に人が滞在し続ければ、当然そうなるわな。汗ばんだ裸の美少女とか、マジでそそるぜ……。何にも反応するものがないのが実にもったいないね! ちくしょう!
『おはよう。目が覚めた? 体はもう大丈夫?』
「ん……。だいぶ回復した。魔法も少しは使えそう」
『それは良かった。でも、少しで大丈夫?』
「大丈夫とは言えない、かな。ここは新月のダンジョンの地下二十七階層……。地上に戻るのも簡単じゃない」
『ここ、やっぱりダンジョンなのか……。じゃあ、どうやって地上に戻るの?』
「回復のためにもう少し休みたい。あと、ご飯も食べたい。いい?」
『それはもちろん。でも、ご飯なんてあるの?』
「ある」
少女が脱ぎ捨てた黒いコートをごそごそとまさぐる。そして、内ポケットから拳大の小さなポーチを取り出した。
そこに何が入るのかと思えば……中からパン、干し肉、そして水筒を取り出した。水筒と言ってもステンレス製のものではなさそうだが、金属製ではあるらしい。まずは水を一口飲んだ。……水を飲む姿だけでも……ごほん。落ち着け、相手はまだ子供だぜ? むしろ子供だからいいんだ、とかは思うだけにしろよ?
『へぇ、もしかして、魔法の収納ポーチみたいなもの?』
「そう。見た目は小さいけど、これでも通常のリュックの五倍くらいのものが入る。剣も収納可。……高かったけど、冒険者やるなら必需品」
『便利なもんだなぁ。っていうか、やっぱり冒険者なのか』
「うん。ところで、あなたは誰? 人間のような知性を感じるけど、世の中の常識は何も知らないようでもある。不思議」
『えっと、とりあえず俺の名前は
さて、俺は異世界から転生したんだ、と言って信じてもらえるだろうか? そもそも、それを打ち明けてもいいのか? 特に口止めされた覚えもないが……。
少し迷ったが、嘘を吐くのも面倒なので正直に話してみることにした。
前世で死んだこと、自称女神によってこんな姿で転生させられたこと、そして初めて出会った人間が君だったこと。
「転生……。そんなこと、あるんだ……。信じ難いけど、とりあえずそうだと思っておく。わたしの黒炎を見たはずなのに怖がらないし……。って言うか、やっぱり男だった。わたし、裸なんだけど」
少女が申し訳程度に体を隠す。でも、ほとんど隠れていない。余計に扇情的だ。
『う……。それは、すまない。しかし、男とは言っても、男としての機能はついてないんだ。欲情もできないよ』
「そう……。ヤキチがいなかったら、わたしは死んでいた可能性が高い。命の恩人だから、これくらいはもう許す。ささやかなお礼……みたいな」
『それは、どうも。えっと、君の名前も訊いていいかな?』
「わたしはルビリア・ガネーティス。ルビリアが名前だから、そう呼んでくれればいい。わたしもヤキチと呼ぶ」
『わかった。ルビリア』
「ん」
ふふ。女の子を名前で呼んだのなんて初めてかもしれないな。むず痒いね。単に、こっちでは名前呼びが普通なのかもしれないが。
『ちなみに、何歳?』
「十七」
『そっかそっか』
まさに女子高生くらいの年齢なのね。ふむふむ。だからって何かするわけでもないけどな! できないし!
『ルビリアは、一人でこんな危険な場所に来ているのかい? こっちの世界のことはわからないけど、冒険者って、パーティーを組むんじゃないの?』
「普通はそう。でも、わたしはスキルとして黒炎を使う。これは、威力が絶大な代わりに、自分以外の周りにあるもの全てを焼き尽くす危険なもの。攻撃範囲も調整しづらい。
パーティーを組んでも仲間ごと敵を攻撃してしまうから、わたしはソロで活動している」
『そうなのか……。難しいスキルだな。ルビリアはきっと強いんだろうけど、今日は命が危なかったんだよね? 普段からこんな危険なことをしているの?』
「普段は、ちゃんと命の危険がない範囲で活動してる。地下二十五階層より下にはほとんど潜らない。けど、今日は他の冒険者パーティーの救出依頼で来たから、少し無茶をして深くまで潜ってしまった」
『救出……? でも、一人だったってことは……』
「元々予想されていたことだけど、手遅れだった。死体を確認して、遺品だけ少し回収した」
『そっか……』
「冒険者をやっていれば、こんなことはよくある。それに、死んだ三人は、町一番の実力者パーティーではあったけど、よく無茶もする連中だった。身の程を弁えなかった自分たちが悪い」
『そうだな……』
まだ高校生くらいなのに、妙に達観している。基本的に平和な日本とは違うから、この世界の人はこんなものなのかもしれない。
「……わたしも人のことは言えないけど。身の程を弁えない行動をして、危うく死ぬところだった。反省……」
ルビリアは気落ちした様子で俯く。
年端も行かない女の子に、こんな表情はしてほしくないな……。
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