第3話 着衣禁止

 少女の方は、まだ高校生くらいに見える。真紅のロブヘアをたなびかせる姿は幻想的ですらあり、ルビー色の瞳や整った顔立ちも相まって、妖精か何かのようにも感じた。黒を基調としたロングコートのような服を羽織っていて、その下は動きやすそうなパンツスタイル。右手には剣身の紅いロングソードを持っている。


「……何、あれ」


 少女が俺を見て怪訝そうな顔をする。が、それも一瞬のことで、すぐに背後に迫る怪物の方を向く。

 身の丈三メートルはあろうかというミノタウロスのような怪物は、右手に無骨な大剣を持っている。それを力一杯少女に向けて振り下ろすが、少女はひらりと軽やかにかわす。危うげなところはなさそうで、助けなんて必要なかったかもしれない。

 拍子抜けした感覚を覚えたが……いや、少女の方もミノタウロスに剣を振るうが、剣はミノタウロスの強靱な皮膚にあまり効果がないらしい。ほんのりとかすり傷を負わせることができたが、攻撃として有効ではなさそう。

 あの攻撃を繰り返しても、ミノタウロスを倒すことは到底できないだろう。やはり、ピンチなのか。

 少女が一旦距離を取り、それからほんの一秒ほどの溜め。すると、紅の剣身を黒い炎が覆う。


「黒炎!」


 少女が、黒い炎を纏った剣を一閃。この通路全体を覆うほどの黒い炎が放出された。

 ミノタウロスの断末魔が聞こえる。その巨体が黒い炎に焼かれ、やがて倒れる。残ったのは赤黒い石。

 剣ではほとんど傷が付かなかったが、あの黒い炎は有効らしい。


「はぁ……はぁ……はぁ……。あ、もう、やばいかも……」


 今の攻撃で力尽きたのか、少女が膝をつき、剣を杖として辛うじて体勢を保つ。

 このままでは倒れてしまいそう。しかし、どうやらここはモンスターが現れるらしいし、気絶などしてしまったら命はない。


『こっちだ! 俺の中に入れ! 中は安全だ!』


 少女に向けて念じてみる。すると、少女がはっとした顔でこちらを向く。もしかして、聞こえてる?


「今の……何?」

『俺の声が聞こえるのか!? だったら、すぐにこの中に入るんだ! 中はどうやら安全みたいだから、体力が回復するまで休め!』

「あなたが……しゃべってるの? え? 罠……?」


 不信感たっぷりの顔。それはそうだ。ダンジョン? の中に、意味不明のシャワールームがあれば、罠と思うのも自然だ。

 それはそうと、言葉は通じるんだな。言語は違うだろうが、自動翻訳機能でもあるのだろうか。


『罠じゃない! って、こんなこと言うと余計に怪しいかもしれないが、とにかく中は安全だ! たぶん! 助太刀も何もできないけど、君を守ることはできる! このままじゃ、どうせ倒れてモンスターに食われるだけだろう!? だったら、ダメ元でも中に入るんだ! 早く! 君の体力が尽きる前に!』

「……確かに、このままじゃモンスターに食われるだけ……」


 少女が、先ほどやってきた方を見る。微かにモンスターのものらしき気配。


「背に腹変えられない……か。騙されたとしても、死ぬのがちょっと早くなるだけ……」


 少女がだるそうに体を起こし、ゆっくりとこちらに歩いてくる。


「これが……入り口?」


 少女がドアを開け、内部を確認。


「罠っぽくはない、かな……。変な魔力も感じない。けど、安全……?」


 少女が渋っている間にも、通路の角からモンスターがやってくる。今度はサイクロプスのような、一つ目の巨人。ここ、筋肉系の怪物しか出てこないのか?


「……選択の余地はない」


 少女が中に入り、扉を閉める。

 その様子を見ていたサイクロプスがこちらにやってきて、二メートル級の棍棒を俺に向けて振るう。

 ガンッ。

 大きな音はした。

 しかし、音だけだった。

 痛みはないし、全く体が傷つくこともない。

 あれだけ大きな棍棒で殴られたのに、揺れもしなかった。

 どうやら、本当にこの体は圧倒的な防御力を誇るらしい。


「……外の様子がわからない。ねぇ、あのモンスターはどうなった?」

『あ、中からは外が見えないのか。えっと、俺を必死に殴ってるけど、全然効いてない。大丈夫だ』

「本当に? 全然その衝撃が伝わってこない……。この箱、一体どうなってる?」

『んー、ごめん。それは俺にもわからない。あ、って言うか、君がここに留まるとモンスターが集まってくることもあるのかな……』

「それは、大丈夫。もし集まってきたとしても、体力と魔力が回復すれば倒せる」

『そう? なら良かった。それじゃあ、中はやっぱり安全みたいだから、しばらく休んで……』


『五分以内に服を脱いでください。さもなくば、外に放出します』


 俺の意志とは関係なく、内部でアナウンスが流れた。


「……え。服を脱ぐ?」

『ああ……ごめん、これ、一応お風呂なんだ。もう少し正確にはシャワールーム。それで、どうやら内部では着衣禁止らしいんだよ』

「着衣禁止……? 意味がわからないけど、とにかく脱げばいい?」

『うん……。まぁ……』


 とっさのことでとにかく内部に招き入れたが、着衣禁止スキルからすると、この少女には素っ裸になってもらわねばならないのか。なんだこのご褒美スキル。女神様最高かよ。……じゃなくて。なんてハレンチな女神なんだ。もうちょっと設定を考えろよな! プンプン!


「……あなたって、男? 女?」

『男も女もないよ。ステータス上、性別は無だ』


 とか言いつつ、心の性別は男だけどな! で、でも、それを正直に言って、この少女が脱衣を渋って、外に放り出されてしまったら困るじゃないか! なぁ!?


「……どちらかというと男っぽい? けど……放り出されたら死ぬだけだし……。むぅ……」


 少女はひとまずコートを脱ぐ。しかし、それ以上の脱衣には抵抗を見せる。顔を赤くし、ブラウスに手をかけてもじもじしている姿は実に可愛らし……ごほん。


『こんな仕様で申し訳ない。でも、早くしないと命が危ない。こんなところで死なないでくれ』


 俺は少女に死んでほしくないだけ。決して、早く脱げと急かしているわけでも、裸を見せろと要求しているわけでもない。本当だ。三割くらいは。


「……わたしもまだ死にたくない。脱ぐだけで命が助かるなら……悪い交換条件じゃない……」


 少女が溜息を一つ吐き、衣服を脱ぎ始める。

 上下を脱いだら、下着姿になる。どうやらこの世界の下着は地球ほどに発展していないらしく、布製の、シンプルな水着のような形。大事な部分はまだ隠れているが、スラリとした手足やくびれた腰、健康的な腹筋など、大変魅力的な容姿だった。


「……ふぅ。これでもダメ?」

『ああ、ダメみたいだ』


 いつの間にか、入り口のドアにカウントダウンタイマーが表示されている。たぶん、この世界の数字で。そのカウントは止まっていない。


「仕方ない……」


 もう一呼吸をおいて、少女は全ての衣服を脱ぎ捨てた。

 露わになる、意外と大きな乳房、淡い色の先端、そして、ほんのりと紅い茂み。俺の視点は固定されているわけではないので、この少女の裸体を三百六十度全方位から視覚情報として認識することができる。

 うむむ……。なんということだろう。いかなる角度から見たとしても美少女としか思えない。そして、なんというか……なにげに、人生初、生で拝む女性の裸体、だな。

 興奮するなって方が無理な話だ。

 おっさんが年端も行かない女の子に劣情を抱くなとか、そんな正論など考える余裕はない。

 しかし、この肉体には、反応すべきものが備わっていない。

 もしあったとしても、それを刺激するための機能も備わっていない。

 こんなにも官能的なシーンだというのに、俺は精神的な喜びのみで満足せねばならぬらしい。

 なんという焦らしプレイ! あの自称女神め! 次に会ったら絶対文句言ってやる! お礼を言うのはその後だ!


「なんか、全方位から視線を感じるような……」

『……気のせいさ。それより、これでカウントダウンが止まった。君は気が済むまで内部に留まることができる。疲れているのなら、ゆっくり休むといい。横になるスペースもないけど……』

「……ダンジョンの中で、安全に休めるだけで上等」


 少女が腰を下ろす。ふむ……尻の感触がなんとなくわかるような……。痛覚はないが触覚はある、らしいな。いや、それは今は忘れて。


「……膝を抱えてれば、横にもなれるかな」


 少女は体を丸めて、一メートル四方くらいの床にころりと寝転がる。猫みたいで可愛い。

 よほど疲れていたのか、少女はすぐに目を閉じて寝息を立て始める。

 くそぅ。無防備な寝顔を見せやがって。俺に肉体があったら絶対放っておかないぜ。

 はぁ……。ご褒美のような、ある種の生き地獄のような……。

 これから先、ずっとこんな状況が続くのかね? レベルを上げたら、どうにかこうにか人間の姿を取り戻すことはできんかね?

 悶々としながら、しばし少女の安息を見守り続けた。

 あ、ちなみにサイクロプスは懲りずに俺を攻撃しているけれど、だんだん疲れてきた様子も見える。そのうちどっか行きそうだな。

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