第2話 シャワールーム
目を覚ますと、俺は薄暗い洞窟のような場所に突っ立っていた。
『えっと……あれからどうなったんだ?』
声は出ない。体も動かない。ただ、目もないのに視界はあるらしく、周囲の様子を確認できる。基本的には一方向のみなのだが、意識すると全方位を一度に認識することもできるらしい。目とは違う何かで視野を確保しているようだ。
ここがどこかは不明なのだが、岩肌の地面や壁で囲まれていて、いつか見た鍾乳洞を連想させた。比較対照がないのでいまいち規模がわからないが、道幅は五メートルくらいあるのではなかろうか。天井までの高さも同じくらい。
『……女湯に転生って言ってたけど、俺、今はどんな姿になってるんだ?』
意識を外ではなく内側に向けると、自分の造形がぼんやりとわかる。……どうやら、直方体の箱のような姿になっているらしい。あれ? 女湯じゃなかったの? これのどこが女湯なんだ?
『んー……何が何やら……』
もう少し、内側に意識を向けてみる。すると、自分の内側も見ることができた。
ほぼ空っぽだったのだが、天井には明かり、床には小型の収納ボックスがあり、そして壁にシャワーヘッドが掛かっていた。取り外しもできそうな感じだな。
『……んん? この体、もしかして、シャワールームになってるのか?』
レジャー施設とか、被災地で使われるような、一人用の簡易シャワールーム。今の俺は、どうやらそういう類になっていると思われる。
『……これは、女湯の範疇なのか? 想像してたのとだいぶ違うけど……』
女性しか入れないのであれば、一応は女湯の範疇だろうか。女湯レベル1、みたいな?
『もしかして、レベルが上がると、どんどんゴージャスな風呂に姿を変えていくのか? いつか、露天風呂になれたりして?』
あの自称女神の様子から察するに、そういう変な成長をしてもおかしくない気がする。『やっぱ少しずつ成長していく要素がないとつまんねーだろ』とか言いそうだ。
『レベル……あるのかな? ってか、どうやってレベル上げるんだよ。こんな姿じゃモンスターと戦えるわけもないし……。なんか、他にレベルを上げる方法があるのかな……。その前に、自分のステータスとか確認できないかな……。えっと……これでいけるかな……? ステータスオープン!』
ダメ元で唱えてみたら、頭の中にステータスらしきものが現れた。
名前:
性別:無
年齢:1
レベル:1
ジョブ:女湯
形態:簡易シャワールーム
スキル:男子禁制、セーフハウス、着衣不可、戦闘不可、癒しの湯、謎の光、湯煙、シャワー
体力:?
魔力:?
攻撃力:0
防御力:?
筋力:0
俊敏:0
『……ふむ。これ、もっと詳しくわからないかな? 男子禁制ってのは、要するにシャワールームの中に入れるのは女性だけってこと? セーフハウスってのは……?』
セーフハウスという文字に注意を向けると、その内容が確認できた。
セーフハウス:外部からの攻撃、全てを無効化する。常時発動。
『え? これ、すごくね? 俺、無敵ってこと? 防御力とか関係なしで? 破壊不能オブジェクトって感じ?』
これが本当なら、チート級の防御力。俺の中に入れば、誰も内部の人を攻撃できないことになる。そうじゃなくても、俺の陰に隠れることで鉄壁の守りを実現できるかもしれない。最強の盾だ。
『……試してみないと性能はわからないな。えっと、他のは……?』
男子禁制:男性の立ち入りを禁じる。常時発動。
着衣不可:内部での着衣を禁じる。常時発動。
戦闘不可:内部での争いを禁じる。常時発動。
癒しの湯:お湯を身も心も解す癒し効果のある湯に変える。
謎の光:目眩ましとなる謎の光を放出する。
湯煙:視界を奪う湯煙を出す。
シャワー:お湯、もしくは水を出す。
『……なるほどなるほど。とりあえず、あの自称女神、地球のアニメ大好きだろ』
謎の光って……。あの忌まわしき光が、俺のスキルとなってしまったか。使いどころが全く不明だが、たぶんお遊び程度に盛り込んだスキルだろう。深い意味はないに違いない。
『んー、でも、もうちょっと詳しい解説がほしいよなぁ。レベルはどうやって上がるのかとかさぁ……』
解説を出すにはどうすれば良いのだろうか。
うんうん考え込んでいても答えは出ず、無為に一時間ほどが過ぎてしまった。
『はぁ……。誰も通らないし、俺はずっとこのまま突っ立ってるだけなのか?』
せめて人里に配置してくれれば良かったのに。なんでこんなところで放置プレイさせられないといけないのか。あの自称女神だって、このままじゃ何も面白くないだろう。
『動くこともできないし、ただ状況が動くのを待つしか……ん? 今、なんか声が聞こえたか?』
女の子の苦鳴らしきものが聞こえた気がする。
なんとなく察していたが、ここはダンジョン的な何かの内部だと思う。ということは、冒険者的な何かが、モンスター的な何かに襲われている?
『くそっ。体が動けば助けにだっていけるのに! モンスターは倒せなくても、鉄壁の守りがあれば命は助けられるはず!』
どうにかして動こうとするが、筋肉もないのでただ突っ立っていることしかできない。
もどかしい。戦闘音らしきものも聞こえてくる。しかし、まだ視界には入ってこない。
『おーい! 誰かいるのか!? 危ない状況ならこっちに来い! たぶん助けられるぞ!』
声は出ないが、気分の上では叫んでみる。念話のような形で意志の疎通ができれば良いのだが……。
そんな都合良くはいかないか? しかし、あの自称女神のことだから、多少都合良く体を設計してくれている可能性もある。だったら素直に声を出せればとも思うが。
三十秒ほど待つ。すると、通路の角から一人の女の子が走ってきた。その背後には、いかにも凶暴そうな、ミノタウロスのような怪物が一体……。
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