第8話 お礼

「……わたしはもう行く」


 ルビリアが去ろうとするのを、婦人が止める。


「待って。お礼を……」

「成功報酬で十万リンの約束。失敗したから、何もいらない」

「でも……」

「いい。わたしは何もできなかった」


 まだ何か言おうとする婦人のことは無視して、ルビリアがきびすを返す。

 受付に寄り、残りの二人の遺品を提出しているところで、入り口から若く屈強な男性三人が入ってきた。冒険者のパーティーだろう。

 三人は一瞬ぎょっとしたが、すぐに変な笑みを浮かべる。


「ルビリアが帰ってきてるのか。でも、一人ってことは、やっぱダメだったみたいだな」

「ま、そりゃそうだろ。ダンジョン入って五日も帰ってこなかったら、当然そういうことだ」

「だな。明日は我が身。無茶はしないように気をつけよーぜ」


 ここで話が終わってくれれば、良かったのだけれど。


「しっかし、あいつらがいなくなってくれて正直清々するな」

「まぁなぁ。ちっとばかり実力があるからって、流石に威張りすぎだ」

「特にあのリーダー、しょっちゅう揉め事起こしてたもんな。冒険者続けられたのが不思議なくらいだ」

「力が強いだけのクズってのは、本当に厄介だよ」

「これからは気分を害されることなく仕事ができるな」

「死んでくれたことが一番この町に貢献してるってか」

 

 げはは! 下品な笑い声が響く。

 厄介者に対して、悪い感情を持つことは仕方ないことだと思う。俺だってできた人間じゃないから、厄介者を見れば疎ましく思うことはある。

 しかし、息子の死を嘆いている母親の前で言わなくてもいいじゃないか。せめて、母親にはわからないところで愚痴っておけよ。

 婦人も、実に複雑そうな顔で俯いている。

 ああ……もう、あの人の、あんな顔は見たくないのに。


『不快な思いをしたら愚痴りたくなるのは仕方ないさ……。でも、だからって、その愚痴で人を傷つけることが許されるわけじゃない……っ』


 誰にも伝えるつもりはなかった言葉。しかし、ルビリアにはしっかり届いてしまったようで。


「不快な思いをしたら愚痴りたくなるのは仕方ない。でも、だからって、その愚痴で人を傷つけることが許されるわけじゃない」


 ルビリアが呟くと、三人組の冒険者がこちらを向く。そして、リーダーらしき一番長身の槍使いがすごむ。……少し虚勢を張っているようにも見えるが、どうだろうか。


「ああ? なんか言ったか?」

「言った。愚痴を言いたければ余所でやって」

「はぁ? あの母親を庇ってんのか? むしろ、母親には俺たちに謝罪してほしいところだね。あいつが育て方を間違えたせいで、どれだけの人が不快な思いをしたと思ってんだ。一緒に死んで詫びろとまでは言わないが、何を言われたって仕方ねぇくらいの責任はあるだろーよ」


 ルビリアが眉をひそめる。この青年の言うこともわかる、のだろうな。


『……親にどう育てられようが、ひねくれた育ち方をするやつなんていくらでもいるだろうが。お前は親のいいなりに育ってきたのか? 違うだろ?

 親の育て方が悪かったなんてのは、安直すぎる原因追究だ。人がどう育つかなんて、色んな要因が絡みすぎて簡単には理解できないんだよ。

 子育て風景や成長過程を全て見てきたわけでもないのに、決め付けで親に責任を押しつけるな』


 俺の言葉を、少しだけ口調を変えて、ルビリアが口にする。


「はぁ? ぐだぐだうるせぇんだよ!」

「うるさいのは、あなた」

『そして、そうやって大声で圧倒しようとするのは、自分の分が悪いと自分でもわかっている証拠だ』


 俺とルビリアの連携で、青年は苦々しそうに顔を歪める。


「……小娘が生意気なっ」


 青年が拳を握る。それを、ルビリアが冷ややかな目で見つめて。


「……わたしと、戦うの?」


 ルビリアの右手に、黒い炎が生じる。青年がそれを見て拳を下ろした。


「ふん。黒炎がなきゃ、ただのか弱い小娘のくせによ!」


 苦々しそうに吐き捨て、青年はルビリアの横を通り過ぎる。そして、後をついてきた二人と、何かしらの依頼を受注して去っていった。

 その後、ルビリアは婦人の方を振り返る。


「……わたしも、あなたの息子さんを好きだったわけじゃない」

「……そう」

「ただ、彼の実績だけを見れば、この町に大きく貢献していたことは確か。

 特に二年前……ワイバーンの群が町を襲ったとき。彼のパーティーが大多数を退治してくれたおかげで、助かった命がたくさんある。愚痴を言う人がいても、安心してこの町で暮らせたのは、彼のおかげなのかもしれない。

 だから……息子さんを育ててくれて、ありがとう」


 ルビリアが頭を下げて、それからそそくさと足早にギルドを後にする。

 婦人は、ほんの少しだけだが、救われた顔をしていた。

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