東の兄妹③

 ミオンは体を丸めると白い毛が逆立ち、唸り声を上げる。次第にフーフーと息が荒々しくなってきた。

 時折、上下の犬歯を大きく見せるように口を開けて、シャーと声を鳴らす。

 対するアスカは肩を大きく上下させ、呼吸が速くなっていく。

 チラリとシゥランを見たが、すぐにミオンの方を見据えた。

 ミオンとシゥランもお互い見合わせた。

 シゥランも毛を逆立てさせ、唸り声を上げていたが、首を左右に振る。

 ミオンは右手を挙げると、指を軽く丸めて、手首を二回曲げた。

 シゥランは二回頷くと自分の後ろに置いていた、大きな木の桶をチラッと見た。

 アスカとミオンはジリジリと距離を詰めたり、離れたりを繰り返す。

 時に前へ、時に後ろへ、一歩、二歩、また一歩、二歩と警戒し、どのような間合いが最適か測っていく。

 その中で先に動いたのはアスカだった。

 アスカは右足で大地を大きく蹴り、間合いを一気に詰めた。

 右の拳を握りしめて、右腕を真っ直ぐ強く伸ばし、ミオンの顔を貫こうとする。

 ミオンはそれに反応出来た。

 アスカの無防備になった腹部へ、ミオンは潜り込むように、身を屈ませる。

 左五指の第二関節を曲げてから左腕を強く伸ばし、左掌底を叩き込んだ。

 ドフッとしっかり打ち込まれた音はしたが、アスカに通用しないようで動きは止まらない。

 すぐにアスカは右肘を曲げて、ミオンの頭へ肘を落とすと右耳と左耳の間に収まるように打ち込まれてしまう。

 ミオンは頭から尻尾の先まで走った衝撃には耐えられず、二歩、三歩と後ろへよろめいてしまった。

 なんとか頭は守ろうと両手を曲げながら、更に足を踏ん張ってバランスを取ろうとする。

 しかし、思ったよりもダメージは大きく、目が左右に揺れてしまう。

 ミオンだけ世界が上下に揺れてるような感覚に襲われ、その感覚に負けそうであった。

 すかさず、アスカはミオンの腹部を左足で押し蹴った。

 ミオンは右、左と後ろへ退ぎながらもアスカを睨みつける。

 しかし、腹部から背中へ痛みと衝撃が駆け抜けると、胃から何かが出てくるような強い衝動に襲われた。

 胃から食道へ、食道から咽喉や鼻腔へ、それが込み上がってくる。

 脳ではなく、体中が口や鼻からそれを出させようと信号を送った。

 口が自分の意思では無く、こじ開けられるように開き、唾液と胃液が混ざったものが吐き出される。

 鼻も込み上げる勢いのまま、鼻水や胃液が混ざったものが垂れ流していく。

 喉と鼻腔が焼けるような感覚と口の中に酸味が広がり、気分が悪くなっていく。

 それを見たシゥランが近づこうと右足を強く踏み出した。

 しかし、ミオンはそれを右手を真一文字に強く伸ばして、踏み留まるように指示を出した。

 シゥランは踏み留まったが、不満と不安を唸り声と剥き出しにした牙で表す。

 アスカを見ると近づこうとしたシゥランを警戒したようで、体勢が立て直せていないミオンは無視していた。

 すかさず、ミオンは体を丸めた。両大腿をはち切れんばかりに強張らせ、力を解放する。

 大地を蹴り、すぐに膝を抱えて、体をグッと丸く縮こめせる。

 その勢いを使い、体を回転させる。大きな弾丸の如く、風を切っていく音と共にアスカの体へ強くぶつけた。

 ドンッと大きな音がアスカの体の中で衝撃となり、アスカは木にぶつかるまで飛んだ。

 その強烈な衝撃が体の前後を挟み、体全体へ駆け抜けていくとアスカは動かなくなった。




 「私は死んだのか?」と暗闇の中、アスカは誰かに問いかけた。しかし、その誰かはおらず、その問いかけの答えも返って来なかった。。

 すると、アスカの鼻へ何かの匂いが漂って来た。何かが腐っているというか、何かがようであった。

 なるほど、死ぬとこういう匂いが付き纏ってくるのかと一人で納得したが、何か違和感があった。正確には気がした。

 そう、自分が生きているような感覚だ。生きている感覚、なんて変な表現だがそう思えた。

 目は見えないが微かに呼吸が出来た。鼻から空気が出し入れすると、一緒にまたあの匂いも入ってきた。

 指を動かそうとすると、動いた。足も動かせることが出来た。

 更に自分が今の居る場所も何となく分かってきた。アスカは何かの中へ足を曲げて、押し込まれているようであり、棺桶というかは何かの入れ物に入っているという感じであった。

 どうやら、入れ物の中にアスカだけではなく、何か大きい物を入れているようであった。もしかしたら、だろうか? そんな疑問が頭によぎると、口が曲がっていった。

 怒りに身を任せ、立ち上がろうとした。しかし、右の脇腹からの痛みが体中を駆け巡り、足に力を入れることが難しかった。

 ミオンの攻撃された傷が思った以上に残っているようであった。

 両手を伸ばすと蓋のようなものがあり、それは何かで固く固定されているようであった。脇腹の痛みを耐えながらも両足の力も使い、立ち上がった。

 ゴトッと大きな音と共にうっすらと明るくなった。周りを見るとランプが四方に置かれていた。

 アスカは自分の入っていた入れ物から出てから、それを見ると木で出来た丸いであった。そして、今いる部屋はどこかの物置部屋のようで周りにはくわであったり、壊れた剣であったり色々な物が置かれ、大変カビ臭かった。

 すると、ドアが開いた。アスカはどこか隠れるような場所を探したが遅かった。

「誰だ?」

 その声と共に、男が入ってきた。普通の人間のようであった。その男はアスカの姿を見て小さな悲鳴を上げたが、何故か口からは怯えた様子がなかった。

 男はゆっくりアスカに近づく。ただ、男は近づいているだけなのに、アスカの方が恐怖を覚えた。この男は自分にしていると判断したからだ。

「怖くないよ?」

 男の顔は笑っていなかった。

 どうすれば良い? 考えないと、なんとか逃げる方法を……と頭を働かせるが、ダメージが大きく上手く考えが思い浮かばない。ではベルセルクとしての力を使おうとしたが今は出せる気がしなかった。

 遂に男がアスカの両手を掴み、アスカの顔にに来た時だった。後ろから何かの物音がした。

「誰だ?」

 男はアスカから手を離し、音のする方へ行くとさっきの入れ物からだった。そこへ身を屈ませて、覗くとパキャという音と共に男の顔が天井に張り付いた。


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