東の兄妹②
サキュバス……その言葉でミオンの言葉に集中せざるおえなかった。
先程まで気怠そうに頬と眉をさげていたアスカの顔は、口は真一文字にして、眉を吊り上げて、ミオンを見ていた。
「へぇ〜顔色が変わったね……」
ミオンは猫の目が爛々と見開き、唇を開く。どれも鋭い歯であった。
その中でも獣を象徴する大きな犬歯は、剣のように鋭利な輝きを放っていた。
「私がサキュバスであると分かった理由は?」
「ユニコーンの死骸やその周りにあなたの体臭が残っていたの」
「へぇ〜あなたは鼻が良いのね」
「まるでそこにいるかのような強い体臭のおかげでとても追いやすかったわ、でも鼻はあたしよりお兄ちゃんの方が凄いのよ〜」
ミオンはそう言って、左親指を立てて、その他の四指の第一関節を曲げると、兄と呼ぶ男の方へ親指を向けた。
「そういえば、お兄ちゃんの名前言ってなかったね、お兄ちゃんの名前は
シゥランは応えるように、何故か照れながら右手を挙げた。
「ふ〜ん、素敵なお兄さんですね〜」
アスカは目を細めて言った。
「でしょでしょ? でもでも結構ムッツリスケベなんだよ、だから狼なのかな? ってぐらいね〜」
ミオンが兄であるシゥランの話をする時は、表情と声が柔らかくなっていた。
「へぇー」
アスカは興味のなさそうな声であった。すると、アスカはシゥランの位置が自分の服から少し離れた場所に立っていることに気がついた。
服は綺麗に畳んであったのに、何かに触られたようで乱雑に置かれていた。
更に二人がいる場所はその服から遠く、距離にして四十メートル程離れていた。つまり、シゥランは二人から五十メートル程離れていた。
「ところでさ、なんであの変態は私達から離れているの?」
「まさかの変態呼びって……まぁ、良いけど……なんかお兄ちゃん、アスカの匂いを
「なんで?」
「え? なんでって……そりゃあ、アスカの体臭がお兄ちゃんには合わないからだってさ!」
それを聞いたアスカの眉が垂れ下げた。
「いや〜そう言われると落ち込むよね〜ごめんね〜でもあたしもさ、どっちかと言うと体は洗えてる方じゃないからさ〜こんな毛に覆われた体なんだからさ〜ちょっと難しいとこあるじゃん? でもさ、お兄ちゃんからはよくちゃんと洗えとか言われるんだけどね? それって女の子に言うことじゃないよね? でさでさ、聞いてよ? そんな偉そうなことばっかり言っててさ、自分は大して出来てないんだよ? 特に背中とかもう最悪だよ! 不公平だよね〜? アスカもそう思わない?」
ミオンがアスカの顔を見るとアスカの目から涙が流れていた。鼻を赤くして、何度も鳴らす。
唇は薄い桜色に染まった二枚貝が蠢いているようで、震わせて漏れ出てくる声を抑えようとしていた。
ミオンは爛々としていた目から驚きの目に変わり、シゥランを見た。シゥランは両手を大きく使って降ろしてやれ、と言っていた。
ミオンは大きく頷きながら、ゆっくりアスカを下ろす。降ろされたアスカは膝を抱えて、顔を大腿に埋めてる。肩を震わせて、髪から雫が流れ落ちていく。
「あ〜なんか……その〜ごめんね? 悪かったよ〜」
ミオンがアスカの濡れた髪を撫でながら言った。しかし、アスカは顔を上げるどころか何も答えてくれなかった。
「いや、それにそんなことを気にしてて、泣くと思わなかったよ〜」
すると、アスカの震えが止まった。
「……そんなことで?」
「そ、そうだよ! 人生? ん〜サキュ生? まぁ、一生なんてまだまだ先だしさ! あ! それにアスカはまだ十五ぐらいでしょ? これからもっともっと良いことあるから大丈夫だよ〜あたしなんか今年で十八だけど、今まで苦労の連発だったよ? でもね、明るく生きることに決めているんだ! だから! 人生の先輩の言うこと聞いて、明るく笑顔に! ね?」
ミオンは両人差し指を使って自分の口角を上げて、笑顔を作りながら言った。対するアスカは赤くした目を鋭く細めて、ミオンを睨んだ。
「私、今年で二十なんだけど?」
「ん〜それは……人間換算で?」
「……人間換算で」
それを聞いたミオンはシゥランを見て、首を左右に振った。シゥランは右人差し指で地面を示して、ここに連れてくるように合図した。
「ま、まぁ、そういうことだからあたし達と一緒に行こう? ね?」
ミオンが右手でアスカの右手を掴もうとしたら、アスカの左手がミオンの右肘を掴み、すぐに右手を掴んだ。まるで右手を握りつぶすかのような力の入れ方であった。
「あ、恋人に別れの挨拶したかったかな〜? サキュバスに恋人がいるからはわからないけど〜」
「いるわけないじゃない」
アスカは俯きながら立ち上がった。
「え、えぇ〜? サキュバスだよ? あ、分かった! 食料か、大事にしてる食料がいるんだね〜」
アスカの両手の力が強くなっていく。
「……私、男を知らないもん」
「え? あ〜女の人に囲まれて育ったのかな? お父さんのこと知らないとか?」
アスカは顔を上げた。相変わらず、目から涙が流れて、唇が震えていた。しかし、歯を食いしばり、鋭い眼差しでミオンを睨んでいた。
「あ〜お父さんのことも触れてほしくなかったかな〜?」
ミオンが苦笑いしながら言うとアスカの口が開いた。
「私……だもん」
肝心なところで声が小さくなり、聞こえなかった。
「ご、ごめん、もう一度言えるかな?」
「私、処女だもん‼︎」
アスカの大きな叫び声は湖に波紋が波のようになり、対岸まで届き、木々で休んでいた鳥達が一斉に飛んでいった。
シゥランは眉を
「もう……いや! みんな、大嫌い!」
アスカがそう叫ぶとミオンを投げ飛ばした。ミオンの世界が揺れているような感覚の中でなんとか木にぶつからずに、木の幹に両足で着地し、衝撃を抑えることが出来た。
アスカは体を震わせ、呼吸が荒々しくなってきた。
「……まさか?」
ミオンは地面に降りながら、シゥランを見ると、シゥランが強く頷く。目を鋭く光らせ、歯は剥き出しになり、唸っていた。
対するアスカの方へ目をやるとアスカの両目は金色に輝いた。それを見たミオンは静かに呟く。
「ベルセルクでもあったのね」
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